婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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「開けて! 開けなさいよ! この門を今すぐ開けなさい!!」


私は馬車の窓から身を乗り出し、国境の検問所で門番に絶叫していた。


夜明け前の薄暗い空気の中、眠そうに目をこすっていた門番の兵士が、私の顔を見て「ひっ」と短い悲鳴を上げた。


無理もない。今の私は、夜会用のドレスはボロボロ、髪は振り乱し、さらには極限の恐怖で血走り、鋭い三白眼がいっそう険しくなっているはずだ。


「な、なんだ貴様……いや、失礼。どちらの令嬢……いや、亡霊で?」


「失礼ね、これでも公爵令嬢よ! いえ、今はもうただの追放者だわ! とにかく通して! 後ろから『ナニカ』が来てるのよ!」


「ナニカ……? 賊でも追ってきているのか?」


門番が怪訝そうに街道の先を見る。


私の視線も、つられて後方の暗闇へと向いた。


そこには――。


ゴゴゴゴゴ……という、地鳴りのような音が響いていた。


そして、暗闇の中からキラリと光る二つの眼光。


「お、お姉様ぁぁああああ!! 待ってぇえええええ!!」


「……ひっ!?」


来た。来ちゃった。


時速五十キロは出ていそうな猛追。しかも、彼女が踏みしめる地面からは、景気よく土煙が舞い上がっている。


「お、おい、あれはなんだ!? 人間か!? いや、あんな速度で走る人間がいるわけが……」


「いいから開けて! これ、国外追放の許可証よ! さっき王子が投げつけてきたやつ!」


私はユリウス様から叩きつけられた(実際には床に落ちていたのを拾い上げた)追放命令書を門番の顔面に押しつけた。


門番は慌てて書類を確認する。


「ええと、バルトシュ公爵家嫡男……いや、嫡女ターリア。罪状、聖女への不敬……確かに本物だ。だが、身分証もなしに隣国へ行くのは……」


「いいから! 死にたくなかったら開けなさいよぉおお!」


私が門番の胸ぐらを掴んで揺さぶったその時。


ドォォォォン!!


街道沿いの大木が一本、なぎ倒された。


フローラ様が、曲がり角を曲がりきれずに激突したらしい。


だが、彼女は平然と立ち上がり、ドレスについた土をパッパとはたくと、再び満面の笑みでこちらへ走り出した。


「お姉様! そのドアノブ、実は私の部屋のじゃなくて、お姉様の部屋のドアノブでしたわ! うふふ、うっかりさん!」


「知るかぁああああ!!」


私は門番を突き飛ばし、自ら門のレバーを力任せに引いた。


「ハンス! 行って! 死ぬ気で馬を走らせて!!」


「応よぉおおお!!」


馬車が急発進し、検問所のゲートを強引に通り抜ける。


「あ、こら! まだ手続きが――」


門番の声を背後に、私たちは国境の橋を駆け抜けた。


背後を振り返ると、国境のラインギリギリのところで、フローラ様がピタリと足を止めていた。


彼女は橋の手前で、残念そうに、しかしどこか愛おしげにこちらを見つめている。


「あら……。あそこから先は、他国の領土ですわね」


彼女は、手に持っていたドアノブを大事そうに胸に抱いた。


「ふふ、ふふふ……。お姉様ったら、あんなに必死に逃げるなんて。そんなに私と鬼ごっこがしたかったのですね?」


彼女の呟きは、風に乗って私の耳に届いた。


「待っていてくださいね。すぐに、迎えに行きますから……」


フローラ様は優雅に一礼し、闇の中へと消えていった。


「……助かった。助かったわ、私」


私は馬車の床にへたり込んだ。


心臓が口から飛び出しそうだ。全身の力が抜け、指先がピリピリと痺れている。


「お嬢様……。なんとか国境を越えられましたな」


ハンスも、額の汗を拭いながら安堵の息を吐いている。


ここはもう、隣国クローデル王国の領土だ。いくら聖女様といえど、他国の領土に勝手に押し入ることは……。


……いや、あの子ならやりかねない。


「……ハンス、油断しちゃダメよ。あの子は、物理法則すら無視して追いかけてくるタイプなんだから」


「お嬢様、それはいくらなんでも考えすぎですよ。さあ、夜も明けてきました。どこか近くの街で休みましょう」


ハンスに言われ、私はようやく顔を上げた。


朝日が昇り、周囲の景色が黄金色に染まっていく。


見知らぬ土地。見知らぬ空気。


私は、たった一晩で公爵令嬢から「住所不定の追放者」に成り下がったのだ。


「……これから、どうしようかしら」


ドレスのポケットを弄るが、中にはさっきの追放命令書と、護身用の小さなナイフ、そして夜会の時にひっそり持ち出した数枚の金貨しかない。


「絶望だわ……」


「お嬢様、前向きになりましょうよ。命があるだけマシです」


「そうね、あの女に捕まって『解剖』されるよりは、野垂れ死ぬ方がマシだわ」


そんな後ろ向きすぎる会話をしながら、馬車はトボトボと街道を進んでいった。


すると、前方に数騎の騎士たちが立っているのが見えた。


隣国の国境警備隊だろうか。


その中心にいる、ひときわ背の高い男が、私たちの馬車に手を上げた。


「止まれ。怪しい馬車だ」


低く、落ち着いた声。


ハンスが馬車を止めると、その騎士が近づいてきた。


銀髪に、鋭いが知的な輝きを宿した瞳。騎士服を完璧に着こなしたその姿は、いかにも「冷徹なエリート」といった風情だ。


彼――アルベルトは、馬車の窓から顔を出している私を、じっと見つめた。


私は、反射的にいつもの「威嚇モード」になってしまう。


怖い時ほど、私の目つきは鋭くなり、傲岸不遜な態度に見えてしまうのだ。


「……なによ。文句があるなら王子に言ってちょうだい」


私が精一杯の虚勢を張ると、アルベルトという騎士は、意外そうに眉を寄せた。


そして、私の「震える指先」をじっと見つめ、次に私の「険しい顔」を見た。


「……貴女は」


「ええ、追放者よ。文句ある?」


「……いえ。これほどまでに『誇り高く』、それでいて『死を恐れぬ』瞳をした女性を、私は初めて見ました」


「……は?」


何を言っているんだ、この男は。


私は今、世界一「死(フローラ)」を恐れているというのに。


アルベルトは、馬から降りると、私の前に跪いた。


「私はクローデル王国近衛騎士、アルベルト・グランツ。貴女のような気高き魂を持った方が、なぜこのようなボロボロの姿で……」


「……いや、あの、気高くなんて」


「隠さずとも結構。その震えは、不当な扱いに抗う怒りですね? その鋭い視線は、運命に屈しない意志ですね?」


(違う、全部違う。武者震いじゃなくて恐怖の震えだし、目つきが悪いのは生まれつきよ!)


言いたかったが、彼があまりにも真っ直ぐな瞳で私を見てくるので、言葉が詰まってしまった。


「行き先がないのであれば、私が保護しましょう。我が国は、志ある者を拒みません」


「……本当? フローラから守ってくれる?」


「フローラ? ……存じ上げぬ名ですが、このアルベルト、命に代えても貴女を守り抜くと誓いましょう」


こうして、私は思わぬ形で「守護者」を手に入れた。


だが、この時の私はまだ知らなかった。


この騎士アルベルトの「勘違い」が、後にさらなるカオスを引き起こすことになるということを。
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