婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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クローデル王国の王都へと向かう馬車の中。


私はふかふかのシートに身を沈めながら、隣に座るアルベルト様を盗み見ていた。


(……この人、本当に信じていいのかしら)


銀髪の端正な顔立ち。鋼のように鍛え上げられた体躯。


彼はクローデル王国の近衛騎士で、なかなかの地位にあるらしい。


そんな彼が、ボロボロの私を「気高き魂の持ち主」だと言って保護してくれたのだ。


「……お疲れのようですね、ターリア殿下。いえ、今はターリア様とお呼びすべきでしょうか」


アルベルト様が、気遣わしげに声をかけてくる。


「あ、ええ。もう殿下なんて身分じゃありませんから、呼び捨てで構わないわ」


「それはできません。貴女が祖国でどのような不当な扱いを受けたか、その瞳を見ればわかります」


(……いや、だから目つきが悪いだけだってば)


私は心の中でツッコミを入れつつ、なるべく優雅に見えるように(実際はただ体が強張っているだけだが)頷いた。


「……不当、ね。まあ、婚約破棄されて、公爵家からも除名されて、国外追放を命じられたんだから、客観的に見ればそうなのかもしれないわね」


「なんと……! そこまで過酷な仕打ちを。それなのに貴女は、一滴の涙も見せず、むしろ清々しい顔をしている」


アルベルト様が、感動に声を震わせている。


「……ええ。だって、本当に嬉しかったんですもの」


「……えっ?」


「追放されるって聞いた時、私、心の底から『ありがとうございます!』って叫んじゃったわ。あんなに幸せな瞬間はなかった」


私の言葉に、アルベルト様が絶句した。


(しまった。正直に言いすぎたかしら)


「……なるほど。腐敗した王室や、自分を正当に評価しない環境。それらすべてを投げ打つ自由を手に入れたことへの、歓喜。……なんと強靭な精神力だ」


「え、いや、そういう深い意味じゃなくて……」


「わかっています。多くを語る必要はありません。その潔さ、ますます尊敬に値する」


アルベルト様の中で、勝手に私の評価が「不屈のジャンヌ・ダルク」的な何かに変換されていく。


便利だけど、なんだか申し訳なくなってくるわね。


「それで、アルベルト様。私はこれからどうなるの?」


「まずは我が家で身を清め、休息をとってください。その後、国王陛下にお会いし、貴女の保護を正式に申請します」


「王様に会うの!? そんな大事にしなくていいわ。私はその辺の畑で芋でも植えて静かに暮らせればそれで……」


「何を仰いますか! 貴女のような傑出した人物を、野に埋もれさせるなど国家の損失です。我が王も、きっと貴女を歓迎するでしょう」


(……話がどんどん大きくなっていくわ。怖い。でもフローラ様よりはマシよね)


そんなことを考えていると、ふいに馬車が大きく揺れた。


「……っ!?」


私は反射的にシートの下に潜り込もうとした。


「どうされました、ターリア様!?」


「い、今の音! 何!? もしかして、追手が来たの!? ピンク色の髪をした、笑顔の可愛い、でも腕力がおかしい悪魔が来たの!?」


「……? いえ、ただの石を跳ねた音ですよ。追手など、私が一歩も近づけさせません」


アルベルト様が優しく私の肩に手を置く。


「……あ、そう。そうよね。ごめんなさい、ちょっと神経が過敏になっていて」


「当然です。あれほどの経験をすれば、誰だってそうなります。安心してください、ここにはもう、貴女を苦しめる者はいない」


(……本当にそうかしら。あの子、国境の壁をパンチで壊して入ってきたりしないかしら)


トラウマというのは恐ろしい。


風が吹くだけで「お姉様ぁあ!」という幻聴が聞こえ、道端に咲くピンクの花を見るだけで心停止しそうになる。


しばらくして、馬車は立派な屋敷の前に止まった。


「着きました。ここが私の屋敷です」


馬車の扉が開かれ、アルベルト様が私に手を差し出す。


「ようこそ、クローデル王国へ。ここが、貴女の新しい人生の始まりです」


私は彼の手を取り、馬車を降りた。


眩しい太陽の光。王都の賑わい。


たしかに、ここはあの国とは違う。


空気に「フローラ指数」が含まれていない気がする。


「……ふふ。ふふふふ……」


「ターリア様?」


「……自由だわ。私、本当に自由になったのね! やったぁあああ!」


私は思わず、屋敷の前でバンザイをした。


周囲の家臣たちが驚いた顔をしているが、構うものか。


「……おお。絶望の淵から這い上がり、高らかに勝利を宣言するその姿。まさに鳳凰の如し」


アルベルト様が、また背後で勝手に感極まっていたが、今の私にはそれすら心地よいBGMだった。


しかし、屋敷の中へ案内された直後。


「……あ、あの」


出迎えてくれた侍女の手元を見て、私は凍りついた。


彼女が持っていたトレイの上には、ピンク色の可愛らしい「手作りクッキー」が並んでいたのだ。


「……ひっ!」


「ターリア様!? 顔色が真っ青ですよ!」


「……クッキー。クッキーが私を殺しに来たわ……!」


「落ち着いてください! これはただの菓子です!」


私の平穏な生活への道のりは、まだまだ遠そうだった。
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