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アルベルト様の屋敷に案内された私は、豪華なゲストルームで震えていた。
窓の外には平和な庭園が広がっている。だが、私には茂みの陰からピンク色の髪が飛び出してくる幻覚が見えて仕方がなかった。
「失礼します、ターリア様。お着替えをお持ちしました」
入ってきたのは、初老の落ち着いた侍女さんだった。
彼女が差し出したのは、絹のように滑らかで、見事な刺繍が施されたドレスだった。
「……これ、私が着るの? もっと、こう……麻の袋みたいな、地味な服はないかしら?」
「まあ、冗談を。貴女様のような高貴な方が、そのようなものを着られるはずがございませんわ」
侍女さんはクスクスと笑いながら、手際よく私を着替えさせていく。
(……違うのよ。私は目立ちたくないの。フローラ様のレーダーに引っかからないように、地面に同化したいのよ)
鏡の中に映った私は、見違えるほど美しい令嬢に仕上がっていた。
だが、恐怖と寝不足のせいで、その目はいつも以上に据わっている。……完全に「これから誰かを呪い殺しに行く魔女」のツラ構えだ。
「……完璧だ。これほどまでにドレスを着こなす女性が、他にいるだろうか」
部屋の外で待っていたアルベルト様が、私を見て深く溜息をついた。
「アルベルト様、あの。やっぱりこの服、目立ちすぎだと思うんだけど……」
「いいえ。貴女の放つ凄まじい覇気には、それ相応の装いが必要です。さあ、国王陛下がお待ちです。参りましょう」
「……陛下? 今から?」
「はい。貴女のような逸材を他国に奪われるわけにはいかないと、陛下も大層お急ぎでして」
私は引きつった笑いを浮かべた。
逸材って、私のどこが? 婚約破棄された元・悪役令嬢よ?
王城へと向かう豪華な馬車の中で、私はアルベルト様に必死に訴えた。
「あのね、アルベルト様。私は本当に、ただの大人しい、平凡な人間なのよ? あっちの国では、聖女様に嫌がらせをしたって言われてたのよ?」
「フッ……。貴女が嫌がらせ? 笑えない冗談だ」
アルベルト様は窓の外を見つめながら、確信に満ちた声で言った。
「貴女ほどの御方が、そんな姑息な真似をするはずがない。おそらく、その『聖女』とやらの正体を暴こうとして、逆に嵌められたのでしょう?」
(……惜しい! 正体を暴こうとしたんじゃなくて、正体を知りすぎて逃げただけなの!)
「その震える手を見ていればわかります。貴女は今も、祖国に残してきた虐げられた民のことを思って、怒りに身を焦がしているのですね?」
「……いや、これはただの低血糖、じゃなくてフローラ様への恐怖で……」
「なんと慈悲深い。自分の身も危ういというのに、他者のために怒れるとは。その高潔さ、心に刻みます」
……ダメだ、この人。私の言葉が全部「英雄のセリフ」に翻訳されて届いてる。
ほどなくして、馬車は白亜の王城に到着した。
クローデル王国の王、エドワード陛下は、玉座で頬杖をつきながら私を待ち構えていた。
「……ほう。そいつがアルベルトの言っていた、『亡命してきた不屈の令嬢』か」
王様の鋭い視線が私を射抜く。
私は緊張のあまり、顔面が完全に凝固した。
(やばい、不敬罪で即処刑されたらどうしよう……。いや、死ぬのはいいけど、フローラ様に捕まるのだけは……!)
恐怖で心臓がバクバク鳴る。私の呼吸は荒くなり、殺気(と本人は思っている恐怖)が全身から漏れ出す。
「……ほう」
陛下が身を乗り出した。
「この余を前にして、これほどまでに堂々と立ち振る舞うとは。一歩も引かぬその闘志、噂以上だな」
(……引いてる! 腰が引けてて、今にも膝から崩れ落ちそうなのを必死で耐えてるだけなのよ!)
「ターリア・フォン・バルトシュ。貴様、我が国で何を望む?」
私は必死で声を絞り出した。
「……安全を。何者にも邪魔されない、平和な暮らしを望みます」
(翻訳:フローラ様が来ないシェルターをください)
「……クハハハ! 面白い! 『安全』とは、つまり我が国が貴様を守るに値するかどうか試しているというわけか!」
陛下は豪快に笑い、立ち上がった。
「良いだろう! その不敵な面構え、気に入った! 貴様を我が国の特別客分として迎えよう。アルベルト、貴様が責任を持ってこの女の面倒を見ろ」
「御意。命に代えても」
……あれ? なんだかトントン拍子に話が進んでる?
私は首の皮一枚繋がった安堵感で、その場にヘナヘナと座り込みそうになった。
だが、その瞬間だった。
「失礼いたします、陛下!」
一人の伝令が、血相を変えて謁見の間に飛び込んできた。
「隣国の使者……いえ、使者を名乗る女性が、現在、国境の警備隊を『素手』でなぎ倒しながらこちらへ向かっております!!」
私の心臓が、一度止まった。
「な、なぎ倒す? 使者がか?」
「はい! 『お姉様に忘れ物を届けに来ましたぁ!』と叫びながら、凄まじい速度で接近中とのことです!」
私は、ゆっくりとアルベルト様の裾を掴んだ。
「……アルベルト様」
「どうされました、ターリア様? そんなに顔を青くして……」
「……逃げましょう。今すぐ。この国ごと移動しましょう」
「……はい?」
私の絶望的な予感は、いつだって百発百中で当たるのだ。
窓の外には平和な庭園が広がっている。だが、私には茂みの陰からピンク色の髪が飛び出してくる幻覚が見えて仕方がなかった。
「失礼します、ターリア様。お着替えをお持ちしました」
入ってきたのは、初老の落ち着いた侍女さんだった。
彼女が差し出したのは、絹のように滑らかで、見事な刺繍が施されたドレスだった。
「……これ、私が着るの? もっと、こう……麻の袋みたいな、地味な服はないかしら?」
「まあ、冗談を。貴女様のような高貴な方が、そのようなものを着られるはずがございませんわ」
侍女さんはクスクスと笑いながら、手際よく私を着替えさせていく。
(……違うのよ。私は目立ちたくないの。フローラ様のレーダーに引っかからないように、地面に同化したいのよ)
鏡の中に映った私は、見違えるほど美しい令嬢に仕上がっていた。
だが、恐怖と寝不足のせいで、その目はいつも以上に据わっている。……完全に「これから誰かを呪い殺しに行く魔女」のツラ構えだ。
「……完璧だ。これほどまでにドレスを着こなす女性が、他にいるだろうか」
部屋の外で待っていたアルベルト様が、私を見て深く溜息をついた。
「アルベルト様、あの。やっぱりこの服、目立ちすぎだと思うんだけど……」
「いいえ。貴女の放つ凄まじい覇気には、それ相応の装いが必要です。さあ、国王陛下がお待ちです。参りましょう」
「……陛下? 今から?」
「はい。貴女のような逸材を他国に奪われるわけにはいかないと、陛下も大層お急ぎでして」
私は引きつった笑いを浮かべた。
逸材って、私のどこが? 婚約破棄された元・悪役令嬢よ?
王城へと向かう豪華な馬車の中で、私はアルベルト様に必死に訴えた。
「あのね、アルベルト様。私は本当に、ただの大人しい、平凡な人間なのよ? あっちの国では、聖女様に嫌がらせをしたって言われてたのよ?」
「フッ……。貴女が嫌がらせ? 笑えない冗談だ」
アルベルト様は窓の外を見つめながら、確信に満ちた声で言った。
「貴女ほどの御方が、そんな姑息な真似をするはずがない。おそらく、その『聖女』とやらの正体を暴こうとして、逆に嵌められたのでしょう?」
(……惜しい! 正体を暴こうとしたんじゃなくて、正体を知りすぎて逃げただけなの!)
「その震える手を見ていればわかります。貴女は今も、祖国に残してきた虐げられた民のことを思って、怒りに身を焦がしているのですね?」
「……いや、これはただの低血糖、じゃなくてフローラ様への恐怖で……」
「なんと慈悲深い。自分の身も危ういというのに、他者のために怒れるとは。その高潔さ、心に刻みます」
……ダメだ、この人。私の言葉が全部「英雄のセリフ」に翻訳されて届いてる。
ほどなくして、馬車は白亜の王城に到着した。
クローデル王国の王、エドワード陛下は、玉座で頬杖をつきながら私を待ち構えていた。
「……ほう。そいつがアルベルトの言っていた、『亡命してきた不屈の令嬢』か」
王様の鋭い視線が私を射抜く。
私は緊張のあまり、顔面が完全に凝固した。
(やばい、不敬罪で即処刑されたらどうしよう……。いや、死ぬのはいいけど、フローラ様に捕まるのだけは……!)
恐怖で心臓がバクバク鳴る。私の呼吸は荒くなり、殺気(と本人は思っている恐怖)が全身から漏れ出す。
「……ほう」
陛下が身を乗り出した。
「この余を前にして、これほどまでに堂々と立ち振る舞うとは。一歩も引かぬその闘志、噂以上だな」
(……引いてる! 腰が引けてて、今にも膝から崩れ落ちそうなのを必死で耐えてるだけなのよ!)
「ターリア・フォン・バルトシュ。貴様、我が国で何を望む?」
私は必死で声を絞り出した。
「……安全を。何者にも邪魔されない、平和な暮らしを望みます」
(翻訳:フローラ様が来ないシェルターをください)
「……クハハハ! 面白い! 『安全』とは、つまり我が国が貴様を守るに値するかどうか試しているというわけか!」
陛下は豪快に笑い、立ち上がった。
「良いだろう! その不敵な面構え、気に入った! 貴様を我が国の特別客分として迎えよう。アルベルト、貴様が責任を持ってこの女の面倒を見ろ」
「御意。命に代えても」
……あれ? なんだかトントン拍子に話が進んでる?
私は首の皮一枚繋がった安堵感で、その場にヘナヘナと座り込みそうになった。
だが、その瞬間だった。
「失礼いたします、陛下!」
一人の伝令が、血相を変えて謁見の間に飛び込んできた。
「隣国の使者……いえ、使者を名乗る女性が、現在、国境の警備隊を『素手』でなぎ倒しながらこちらへ向かっております!!」
私の心臓が、一度止まった。
「な、なぎ倒す? 使者がか?」
「はい! 『お姉様に忘れ物を届けに来ましたぁ!』と叫びながら、凄まじい速度で接近中とのことです!」
私は、ゆっくりとアルベルト様の裾を掴んだ。
「……アルベルト様」
「どうされました、ターリア様? そんなに顔を青くして……」
「……逃げましょう。今すぐ。この国ごと移動しましょう」
「……はい?」
私の絶望的な予感は、いつだって百発百中で当たるのだ。
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