婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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「……お姉様。ついに、行き止まりですわね」


月明かりが照らす崖の縁。


背後には、轟々と音を立てて渦巻く濁流。前方には、折れた木の枝を「聖剣」のように構えた、微笑む聖女様。


(……詰んだ。私の人生、ここでチェックメイトだわ)


私は、もはや震えることすら忘れて、乾いた笑みを浮かべた。


「フローラ様……。お願い、一度深呼吸して。あなたは聖女なのよ? 愛と平和の象徴なのよ? その枝で、私の唯一の盾……じゃなくて、騎士様を撲殺するのは、イメージにそぐわないわ!」


「あら、お姉様。私はいつだって平和主義者ですわよ? ただ、お姉様との甘い生活を邪魔する『ゴミ』を、少しだけお掃除したいだけなんですもの」


フローラ様が、手に持った枝を軽く一振りした。


それだけで、ヒュンッ! という空気を切り裂く衝撃波が走り、近くの岩が真っ二つに割れた。


「……お掃除の道具が、岩を断ち割っているんだが。ターリア様、あの方は本当にか弱い令嬢なのですか?」


アルベルト様が、引きつった表情で剣を構え直す。


「違うって言ってるでしょ! あの子は、外見だけ可憐な皮を被った、超重火力型の人型兵器なのよ!」


「……なるほど。外見に惑わされず、本質を見抜けという教えですね。感謝します、ターリア様!」


(感謝してる暇があったら、逃げ道を! 空を飛ぶとか、地面に潜るとか、そういう奇跡を見せてぇええ!)


フローラ様が、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


彼女が足を踏み出すたびに、崖の地面がミシミシと悲鳴を上げている。


「さあ、騎士様。どいてくださる? それとも、お姉様の前で『ひき肉』になりたいのかしら?」


「断る! 私は、彼女を守る盾になると誓ったのだ。貴様のような狂気に満ちた力に、彼女を渡すわけにはいかない!」


「……狂気? 心外ですわ。これは『純愛』ですわよ?」


フローラ様の瞳が、スッと細められた。


その瞬間、彼女の姿が消えた。


「……っ!?」


アルベルト様が反射的に剣を横に薙ぐ。


だが、そこには誰もいない。


「遅いですわね」


アルベルト様の背後。いつの間にか回り込んでいたフローラ様が、手に持った枝を振り下ろした。


「しまっ――」


ドォォォォォン!!


崖全体が、巨大な地震に襲われたかのように激しく揺れた。


アルベルト様は間一髪で回避したが、彼がさっきまで立っていた場所には、深さ一メートルはあろうかという巨大な溝が刻まれていた。


「……はは。木の枝で、地面を割った……」


私は、膝から崩れ落ちた。


「お姉様、そんなに遠くで見ないでくださいな。もっと近くで、私の勇姿を見ていてほしいのに」


フローラ様は、まるで散歩でもしているような軽やかな足取りで、再びアルベルト様へと襲いかかる。


木の枝と鋼鉄の剣がぶつかり合い、火花が散る。


普通、木の方が折れるはずだ。だが、フローラ様の「握力」と「気合い」によってコーティングされた枝は、名剣すらも圧倒していた。


「くっ……なんという重さだ……! 山一つを相手にしているような……!」


アルベルト様が、必死に剣を支える。彼の腕の筋肉が、限界を超えて悲鳴を上げているのがわかった。


(ダメだ……。このままじゃ、アルベルト様が本当に蝶々結びにされちゃう!)


私は、背後の崖下を見下ろした。


濁流。落ちたら、まず助からない。


でも、ここに残れば、フローラ様の「お掃除」が完了した後に、待っているのは地獄の地下室生活だ。


「……お姉様? 何を見ていらっしゃるの?」


フローラ様が、戦いながらも私の視線に気づいた。


彼女の笑顔が、一瞬で凍りつくような冷たさに変わる。


「……まさか。私から逃げるために、そこから飛び降りるつもりではありませんわよね?」


「……え? あ、いや、そんな……」


「……もし、お姉様が死んでしまったら。私、この国も、あっちの国も、全部『更地』にして、お姉様の墓標にして差し上げますわよ?」


(……更地!? この子、今、さらっと世界滅亡を宣言したわよ!)


脅しのスケールが大きすぎて、脳の処理が追いつかない。


その時だった。


激戦の衝撃に耐えきれなくなったのか、崖の縁が大きく崩れ始めた。


「……あっ」


私の足元の地面が、唐突に消失する。


「ターリア様ぁああああ!!」


アルベルト様が叫ぶ。


「お姉様ぁああああ!!」


フローラ様が、目を見開いて手を伸ばす。


私の体は、重力に引かれ、真っ逆さまに濁流へと落ちていった。


空中を舞いながら、私は最後に見た光景。


それは、躊躇なく崖から身を投げ、私を追いかけてくるピンク色の閃光だった。


(……結局、落ちても追ってくるのねぇええええええ!!)


私の絶叫は、激しい水の音にかき消された。
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