婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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「……げふっ、ごほっ……! ここは……天国……? それとも、三途の川の向こう岸かしら……」


私は、冷たい川べりの砂利の上で目を覚ました。


全身が鉛のように重い。服は水を吸って重くなり、髪はワカメのように顔に張り付いている。


どうやら、崖から落ちて濁流に流されたものの、運良く浅瀬に打ち上げられたらしい。


(助かった……。助かったのね、私! あんな激流に飲まれて生きているなんて、奇跡だわ!)


私は、天を仰いで歓喜の涙を流そうとした。


だが、その視界に「それ」が入った瞬間、私の涙は氷結した。


「あら、お姉様。ようやくお目覚めですか? 心配しましたわよぉ」


私のすぐ隣で、岩に腰掛け、優雅に濡れた髪を絞っている美少女。


フローラ様だ。


彼女は、激流に数キロ流された直後だというのに、呼吸一つ乱れていない。


どころか、その足元には、なぜかこの川の主であろう巨大な怪魚が、頭を叩き割られた状態で転がっていた。


「……お、お姉様がお腹を空かせていると思って、ついでに獲っておきましたの。うふふ、新鮮ですわよ?」


「ひ、ひぃいいいいい!! ついでの規模がおかしいでしょぉおお!!」


私は、腰を抜かしたまま這うようにして後ずさった。


崖から飛び降りてまで追ってくるとは思っていたが、水中戦までこなして、さらに食料まで調達して待っているなんて。


この女、サバイバル能力が野生の熊を超えている。


「さあ、お姉様。そんなに怖がらないで。今は邪魔な騎士様もいませんわ。二人きりで、じっくりと『将来』についてお話ししましょう?」


フローラ様が、濡れたドレスの裾を翻して一歩近づいてきた。


その瞳は、獲物を追い詰めた猛禽類のようにギラギラと輝いている。


(ダメだ……。今度こそ捕まる。私の人生、この河原で怪魚の塩焼きを食べさせられながら終わるんだわ……!)


私が絶望のあまり目を閉じた、その時だった。


「――そこまでだ!!」


上流の方から、凄まじい水しぶきを上げて何かが突っ込んできた。


「な、なに!?」


フローラ様が顔をしかめる。


現れたのは、愛馬を失い、自らの足で川を爆走してきたアルベルト様だった。


彼は全身びしょ濡れで、鎧の隙間からは砂利がこぼれ落ちているが、その瞳にはかつてないほどの「男気」が宿っていた。


「ターリア様! ご無事ですか!」


「アルベルト様ぁああ! 盾! 私の盾が流れてきたわぁあああ!!」


私は、彼に向かって必死に手を振った。


アルベルト様は、私の前に立ちふさがると、折れかけた剣を抜き放ち、フローラ様を鋭く睨みつけた。


「……貴様。聖女を名乗りながら、淑女を崖から追い落とし、あまつさえ怪魚で威嚇するとは……。もはや、魔性の類と断定せざるを得ない!」


「……あら。まだ生きていらしたのね、しぶとい騎士様」


フローラ様の声から、温度が消えた。


「お姉様を崖から落とした? 違いますわ。私はお姉様を追いかけて、愛のスカイダイビングをしただけですもの。……それを邪魔した貴方の罪、万死に値しますわよ?」


「抜かせ! ターリア様が自ら激流に身を投じたのは、貴様の魔手から逃れるための『清らかなる決意』だ! その高潔な魂を、私は命に代えても守り抜く!」


(……いや、単に足元が崩れただけなんだけど。でも今はその勘違い、全力で採用するわ!)


アルベルト様は、震える足で一歩前へ踏み出した。


「ターリア様、見ていてください。騎士の誇り……そして、一人の男としての意地を!」


彼は、剣を捨てた。


「……ほう。諦めましたの?」


フローラ様が不敵に笑う。


「いいえ。剣など、貴様のような怪物……いえ、令嬢の前では無力。ならば、私のこの『肉体』こそが、彼女を守る最後の城壁となる!」


アルベルト様は、びしょ濡れのシャツを力任せに引きちぎった。


露わになる、鋼のように鍛え上げられた大胸筋と腹筋。


「……さあ、来るがいい! このアルベルト・グランツ、一歩も引かん!!」


(……え、脱いだ? なんで脱いだの? 男気っていうか、露出狂みたいになってるけど大丈夫!?)


だが、アルベルト様から放たれる凄まじい威圧感(と、物理的な筋肉の輝き)に、フローラ様も一瞬だけ動きを止めた。


「……フッ。いい覚悟ですわ。その無駄に分厚い大胸筋ごと、蝶々結びにして差し上げます!」


「やってみろ、聖女!!」


裸の騎士と、怪魚を担いだ聖女。


月夜の河原で、人類の理解を超えた「男気」と「狂愛」の激突が、再び幕を開けようとしていた。
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