婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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月夜の河原。上半身裸の騎士と、怪魚を担いだ聖女が睨み合っている。


私は、そのあまりにシュールな光景を、岩陰から震えながら見守っていた。


「……騎士様。貴方のその、無駄に鍛えられた筋肉。正直、視界の邪魔ですわ」


フローラ様が、手に持っていた怪魚(推定一メートル)を地面にドサリと捨てた。


「邪魔だと? これこそが、ターリア様をお守りするために積み上げてきた、不落の城壁だ!」


アルベルト様が、月光を浴びてテカテカと輝く大胸筋をピクピクと動かした。


「……ふふ。不落、ですか。……お姉様。少しだけ、お話ししてもよろしくて?」


フローラ様が、急に戦う構えを解き、しおらしい表情で私に視線を送ってきた。


(……嫌よ! 絶対、ろくでもない話に決まってるわ!)


「……な、何よ。聞くだけなら、聞いてあげるわよ。そこから一歩も動かないならね!」


私が岩の陰から顔を出すと、フローラ様はパァァッと顔を輝かせた。


「お姉様! 私、悲しいんですの。……どうして、私の『純粋な願い』を、そんなに邪険になさるのですか?」


「……純粋な、願い?」


「そうですわ。……私、ただ、お姉様と一緒にお風呂に入りたいだけなんですもの」


……。


…………は?


河原に、夜風の音だけが虚しく響いた。


「……お風呂? それだけのために、馬車を粉砕して、結界を素手で割って、ここまで追いかけてきたの?」


「ええ。お姉様のその、透き通るような白い肌を、私が隅々まで磨き上げて……、最後には真っ赤に染まるまで温めて差し上げたいんですわ♡」


(……ヒッ、ヒギィイイイイイ!! やっぱり、釜茹でにして殺す気じゃないのぉおおお!!)


私には聞こえる。彼女の言葉を翻訳すると「逃がさないように皮を剥いで、煮え滾る大釜に叩き込んでやるわ」という殺害予告にしか聞こえない。


「……聞いたか、ターリア様! 恐ろしい……恐ろしすぎる計略だ!」


アルベルト様が、滝のような汗を流しながら叫んだ。


「お風呂と称して貴女の警戒を解き、その無防備な体に『熱』という名の拷問を加えるつもりか……! なんと残虐な、地獄の番人のような発想だ!」


「……お、お黙りなさい、騎士様! 私はただ、仲良く背中を流し合いたいと言っているだけですわ!」


フローラ様が、苛立ちを隠せない様子で地面を蹴った。


それだけで、彼女の足元の岩が粉々に砕け散った。


「背中を流す? ……そうやって、私の脊髄を引っこ抜くつもりでしょ! 知ってるんだから! 聖女の皮を被った解体職人さん!」


「……解体……職人……」


フローラ様の顔が、みるみるうちにどす黒い表情に染まっていく。


「……ふふ。あはははは! そう。そうですわね。お姉様がそこまで仰るなら……、無理矢理にでもお風呂場(処刑場)へお連れしなくてはなりませんわね」


「来た! 本性が出たわよ、アルベルト様!」


「お任せください! ……ハァァァァァ!!」


アルベルト様が、魔力を全開にして吠えた。


彼の周囲の空気が、筋肉の熱気で陽炎のように揺らめく。


「肉体こそが最強の魔導具! これぞ、グランツ家秘伝……『剛力・不動の構え』!!」


「……鬱陶しいですわね。そのお肉、まとめてミンチにして差し上げますわ!」


フローラ様が、凄まじい踏み込みでアルベルト様の懐に飛び込んだ。


ドォォォォォン!!


拳と腹筋が激突し、河原に衝撃波が吹き荒れる。


「……ぐ……っ! 効かん……! 今の私には、守るべきお方が背後にいるのだから!」


「あら、いい音が鳴りますわね。もっと叩いたら、どんな声で鳴くのかしらぁあ!」


肉体と狂気が正面からぶつかり合う、この世のものとは思えない光景。


私は、もはや理解の範疇を超えた二人の戦いを見ながら、心底思った。


(……お風呂。普通のお風呂に入りたいだけなのよ、私は。一人で、静かに、入浴剤とか入れて……)


だが、この世界に「普通」などという言葉は存在しなかった。


戦いは泥沼化し、河原の地形が刻一刻と変形していく。


そして、私は気づいてしまった。


フローラ様の視線が、戦っている最中も、一度たりとも私から逸れていないことに。


彼女は、アルベルト様を「叩き潰すべき障害物」として処理しながら、その瞳でじっくりと、私の全身を舐めるように、入浴の準備(解体)を進めていたのだ。
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