婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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「……はぁ、はぁ、はぁ。……もう、いい加減にしなさいよぉおおおお!!」


アルベルト様の脇に抱えられ、時速マッハに近い速度で運ばれていた私だったが、ついに脳内の何かが「プチン」と音を立てて弾けた。


恐怖。絶望。空腹。寝不足。そして、絶え間なく続くピンク色の包囲網。


それらすべてが混ざり合い、臨界点を超えて、ドロドロとした暗黒のエネルギー……すなわち『逆ギレ』へと変貌したのだ。


「降ろして! アルベルト様、今すぐ私を降ろしなさい!」


「な、何を仰るのですかターリア様! 今止まれば、あの物理の化身に捕まって、骨の髄までスクラブ洗顔されてしまいますぞ!」


「いいから降ろせって言ってるのよぉ! この筋肉ダルマぁ!!」


私はアルベルト様の側頭部をポカポカと殴りつけ、強引に地面に着地させた。


「……あらぁ、お姉様。ついに、私を受け入れる覚悟ができましたのね?」


背後から、悠然と歩み寄ってくるフローラ様。


相変わらずドレスは汚れ一つなく、その顔には聖母のような微笑みが張り付いている。


私は、肩で荒い息をつきながら、ゆっくりと振り返った。


その目は、今までの「恐怖の三白眼」ではない。……「すべてを呪い殺し、末代まで祟ってやるという執念の三白眼」へと進化していた。


「……フローラ・メルヴィル。あんたねぇ……」


「はい、お姉様♡」


「……うるさいわよ、このストーカー女ぁああああああ!!」


私の絶叫が、夜の森を震わせた。


「お、お姉様……?」


フローラ様が、初めて驚いたように足を止めた。


「いい加減にしろって言ってるのよ! 何が『お風呂に入りたい』よ! 何が『一皮剥く』よ! あんたの存在自体が、私の精神衛生上、最大最悪の害悪なのよ!」


私は一歩、また一歩と、自分よりも遥かに強いはずの「怪物」に向かって歩み寄った。


「……ターリア様!? 危ない、生身で近づいては……!」


「黙ってなさいアルベルト! 今、私は最高にキレてるのよ! アドレナリンで痛覚も恐怖心も麻痺してるんだから!」


私はアルベルト様を片手で制し、フローラ様の鼻先に指を突きつけた。


「あんたね、自分がどれだけ怖いか自覚しなさいよ! 馬車と並走する令嬢がどこにいるのよ! 結界をパンチで割る聖女がどこの世界にいるのよ! あんたの『好き』はね、一般人にとっては『死刑宣告』と同じなのよぉおおお!」


「……わ、私はただ、お姉様と仲良く……」


フローラ様が、珍しく気圧されたように後ずさった。


「仲良く!? あんたとの仲良しごっこは、虎の檻に素手で放り込まれるのと同じなのよ! 私がどれだけ震えてたか知ってる!? あんたのピンク色のリボンを見るたびに、私の心臓は一回止まってるんだからね! 私の寿命、もう残り三日くらいしかないわよ!!」


私は息を継ぐ暇もなく、まくしたてた。


「追放されて、やっとせいせいしたと思ったのに! 国境を越えてまで走ってくるとか、どんな執念よ! あんたの脚力は馬を越えて、もはや新幹線(※古代の神速の乗り物)なのよ! そんなに走りたいなら、一生一人でマラソン大会でもやってなさいよぉおおお!」


「……お、お姉様……。そんなに、私のことが……嫌い、なのですか……?」


フローラ様の大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。


普通なら守ってあげたくなるような美少女の涙。……だが、今の私には通用しない。


「嫌いとかそういうレベルじゃないわよ! 怖いのよ! 存在がホラーなのよ! あんたの笑顔は、私にとっては『今から解体ショーを始めます』っていう合図にしか聞こえないのよぉおおおお!!」


「……うっ、うわぁぁぁぁぁん!!」


ついに、フローラ様が声を上げて泣き出した。


彼女が泣いた瞬間、周囲の空気が激しく振動し、近くの木々がバキバキと音を立てて折れた。……泣き声だけでこの破壊力である。


「……おお。……なんという光景だ」


アルベルト様が、茫然と立ち尽くしていた。


「あのような絶対的な強者を相手に、一歩も引かず、むしろ言葉の刃で完膚なきまでに叩きのめすとは。……ターリア様。貴女こそが、この世で最も強く、気高く、そして恐ろしい女性だ……!」


(……だから、そういう勘違いはもういいってば!)


私は、泣きじゃくるフローラ様を冷めた目で見下ろした。


「泣きたいのは私の方よ! いい? もう二度と私の前に現れないで! 現れたら……現れたら、私は今度こそ自分自身の顎を外して、あんたの恐怖を笑い飛ばしてやるんだからね!!」


(……意味不明な脅し文句だが、今の私にはそれが精一杯だった)


フローラ様は「お姉様に嫌われたぁあああ!」と叫びながら、凄まじい速度で森の奥へと走り去っていった。


彼女が通った跡には、一本の巨大な「なぎ倒された道の跡」が出来上がっていた。


「……ふぅ。……終わったわ」


私は、その場に力なく座り込んだ。


逆ギレによるアドレナリンが切れ、一気に脱力感が襲ってくる。


「……ターリア様。貴女の勇姿、一生忘れません」


アルベルト様が、私の前に跪いた。


「あのような怪物を言葉だけで追い払うなど、伝説の聖騎士でも不可能です。……貴女こそ、私の真の主だ」


「……もう、どうにでもして。……とりあえず、お腹空いた。イチゴ以外で、何か食べさせて……」


私はそのまま、アルベルト様の筋肉質な胸の中に倒れ込み、泥のように深い眠りに落ちた。


とりあえず、第一回「ターリアの反乱」は、私の完全勝利(という名の暴言)で幕を閉じたのであった。
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