婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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鳥のさえずりが聞こえる。


私は、柔らかいベッドの上で目を覚ました。


(……あ、生きてる。私、まだ生きてるわ)


ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す。そこは、アルベルト様が確保してくれた、王都の外れにある小さな隠れ家だった。


昨夜の記憶が、濁流のように脳内に蘇る。


そうだ。私は、あの「物理の化身」ことフローラ様に向かって、思いの丈を……というか、溜まりに溜まった暴言をぶちまけたのだ。


「……お姉様に嫌われたぁあああ!」と叫びながら走り去った、あのピンク色の残像。


「……勝った。私、ついに勝ったのね」


私は、朝日を浴びながら小さくガッツポーズをした。


「お目覚めですか、ターリア様。……いえ、我が魂の導き手よ」


……ドアが開くと同時に、アルベルト様が仰々しく跪いて入ってきた。


彼は銀のトレイに乗せた朝食――イチゴが一切入っていない、質素だが美味しそうなパンとスープ――を運んできた。


「アルベルト様、おはよう。……あと、その呼び方はやめてちょうだい」


「それは無理な相談です。昨夜、貴女が見せたあの『咆哮』。神をも恐れぬ不条理な存在を、ただの言葉で退けたあの御姿……。私は、一生ついていくと決めました」


アルベルト様が、キラキラとした瞳で私を見つめる。


「……いや、あれはただの逆ギレで」


「謙遜なさるな。貴女は、暴力という力に対し、精神という至高の力で勝利したのです。今や、我が国の騎士たちの間では『沈黙の聖母ターリア』として伝説が広まりつつあります」


(勝手に伝説を作らないで! 隠居したいって言ってるでしょ!)


私はスープを啜りながら、今後の計画を立てることにした。


フローラ様があれほどショックを受けていたのだ。しばらくは姿を見せないだろう。この隙に、さらに遠く、海の向こうの島国へでも高跳びすれば……。


――その頃。


森の奥深く、フローラ様は一本の巨岩(重さ数トン)に腰掛け、深いため息をついていた。


「……ひっ、ひっ、うぅ……。お姉様に『ホラー』だなんて言われてしまいましたわ……」


彼女がハンカチで涙を拭うたびに、その摩擦だけでハンカチが発火し、灰になっていく。


「……でも、気づきましたの。私、お姉様を愛するあまり、自分の『か弱さ』をアピールするのを忘れていましたわ」


フローラ様は、ふと泣き止み、アメジスト色の瞳を怪しく光らせた。


「お姉様は、私のことが『怖い』と仰いました。それはつまり、私が『強すぎる』からいけないのですわね?」


彼女は、立ち上がると、近くにいた凶暴な魔物(グレートウルフ)の頭を無造作に撫でた。それだけで魔物の頭蓋骨がミシミシと音を立てたが、彼女は気にしない。


「……次は、もっと『守ってあげたくなるような可憐な少女』として、お姉様の前に現れなくては。……そうですわ、弱々しく、今にも消えてしまいそうな儚さを演出するのです!」


フローラ様は、自分の拳をじっと見つめた。


「まずは、この『加減を知らない筋肉』を、気合いで眠らせなくてはなりませんわね」


彼女が「ふんぬっ!」と短く気合を入れると、彼女の周囲の地面が半径十メートルにわたって陥没した。


「……よし。これで、少しは出力が抑えられたはずですわ。……お姉様、待っていてくださいね。次は、本当の意味で『手を取り合って』お風呂に入りましょうね……♡」


彼女の背後に、どす黒い……いや、ドロドロに煮詰まった「愛」のオーラが立ち上る。


一方その頃、私はそんな不吉な決意を知る由もなく。


「……アルベルト様、私、決めたわ。南の島で、ヤシの実でも拾いながら余生を過ごすことにするわ!」


「……素晴らしい! あえて文明を捨て、自然の驚異と戦いながら己を磨く……。そのストイックな生き方、どこまでも供いたします!」


……会話は相変わらず噛み合っていなかったが、私は一時の平穏を噛み締めていた。


だが、窓の外の木々が、微かに「ピンク色」に染まり始めていることに、私はまだ気づいていなかった。
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