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「……アルベルト様。なんだか、空気が重くないかしら? 物理的に、こう、重力が増しているような……」
私は隠れ家の庭で、荷造りの手を止めて空を見上げた。
「……いえ、ターリア様。これは重力ではありません。凄まじい密度の『殺気』……いえ、これは『執念』が空間を歪めているのです」
アルベルト様が、引きちぎられたシャツ(の予備)を脱ぎ捨て、再び上半身裸になって剣を構えた。
「……来ますよ。昨夜の今日で、もう立ち直ったというのか。あの化け物は」
森の奥から、ゆっくりと。
本当に、弱々しく、今にも倒れそうな足取りで、一人の少女が現れた。
「……お、お姉様ぁ……。ごめんなさい、私……」
フローラ様だった。
だが、様子がおかしい。いつもならマッハで突っ込んでくる彼女が、今日は一歩歩くたびに「よろっ」とよろけ、目に涙を浮かべている。
「……え? 何、そのキャラ変。新手の精神攻撃?」
「……うぅ。お姉様に嫌われて、私、ショックで……力が、入らないんですの……。ほら、見てください、このか弱そうな指先を……」
フローラ様が、プルプルと震える指を私に差し出してきた。
その指が、偶然触れた庭の巨石が、メキョッ……と音を立てて陥没した。
「……どこがか弱いのよぉおお!! 指圧だけで岩をバターみたいに凹ませてるじゃないの!!」
私はアルベルト様の背後に猛スピードで隠れた。
「……お姉様。私、反省しましたの。……私は、強すぎたんですわね。だから、今は全神経を使って、自分の筋力を九割九分、封印していますの。……今の私は、蝶々一匹殺せない、か弱い乙女ですわ……」
彼女が溜息をつくと、その吐息の風圧で、庭の木々が激しくしなった。
「……ターリア様。これはいけません。彼女、力を抑えようとして逆に『エネルギーの奔流』が外に漏れ出しています。このままだと、彼女がくしゃみをしただけで、この村が消し飛びますぞ」
アルベルト様が、冷や汗を流しながら進言してくる。
「……フローラ様! わかった、わかったから! 一回落ち着いて! そこで座って、動かないで!」
私は、これ以上の物理的被害を防ぐため、意を決して叫んだ。
「……お姉様。お話しして、くださるのですか?」
フローラ様が、期待に満ちた目で(その視線だけで地面が少し焦げた)私を見た。
「条件があるわ! アルベルト様を仲介人にして、私とあんたの間で『不可侵条約』を結ぶのよ!」
「……不可侵条約?」
「そうよ! まず第一に、私の許可なく半径三メートル以内に近づかないこと! 第二に、馬車と並走しないこと! 第三に、お風呂は別々に入ること!」
私は指を立てて、必死に訴えた。
フローラ様は、ショックを受けたように顔を伏せたが、アルベルト様が重々しく口を開いた。
「……聖女殿。ターリア様の仰ることは尤もだ。貴殿の『愛』は、今のままでは彼女を物理的に破壊してしまう。……本当に彼女を大切に思うなら、その溢れ出す出力をコントロールする術を学ぶべきだ」
「……出力を、コントロール……?」
「そうだ。このアルベルト・グランツが、貴殿の教育係……いや、リミッター役を引き受けよう。ターリア様の平穏のためならば、この身を貴殿の『八つ当たり用サンドバッグ』に捧げても構わん!」
アルベルト様が、ビシィッと格好いいポーズで宣言した。
(……え、いいの? アルベルト様、本当に蝶々結びにされちゃうわよ?)
「……わかりましたわ。……お姉様に、いつか『怖くない』と言ってもらえる日まで。私、この騎士様を相手に、力の加減を練習しますわ」
フローラ様は、しぶしぶといった様子で頷いた。
こうして、前代未聞の「力関係の確定」が行われた。
フローラ様は、私の許可がある時だけ、遠くから私を眺めても良いこと。
その代わり、彼女の溢れるパワーはすべてアルベルト様が(物理的に)受け止めること。
「……ふふ。お姉様。いつか必ず、指先一つ触れるだけで、お姉様を幸せな気持ちにさせて差し上げますからね」
「……その『指先一つ』で、私の肋骨が全部折れないことを祈ってるわよ」
私は、ようやく少しだけ遠のいた「死の気配」に安堵し、地面にへたり込んだ。
だが、ふと見ると、アルベルト様がフローラ様に「まずは全力で私を殴ってみろ!」と無茶な修行を申し出ていた。
ドォォォォォン!!
という地響きと共に、アルベルト様が水平線の彼方へ消えていくのを見て、私は「やっぱり南の島へ行こう」と固く心に誓ったのだった。
私は隠れ家の庭で、荷造りの手を止めて空を見上げた。
「……いえ、ターリア様。これは重力ではありません。凄まじい密度の『殺気』……いえ、これは『執念』が空間を歪めているのです」
アルベルト様が、引きちぎられたシャツ(の予備)を脱ぎ捨て、再び上半身裸になって剣を構えた。
「……来ますよ。昨夜の今日で、もう立ち直ったというのか。あの化け物は」
森の奥から、ゆっくりと。
本当に、弱々しく、今にも倒れそうな足取りで、一人の少女が現れた。
「……お、お姉様ぁ……。ごめんなさい、私……」
フローラ様だった。
だが、様子がおかしい。いつもならマッハで突っ込んでくる彼女が、今日は一歩歩くたびに「よろっ」とよろけ、目に涙を浮かべている。
「……え? 何、そのキャラ変。新手の精神攻撃?」
「……うぅ。お姉様に嫌われて、私、ショックで……力が、入らないんですの……。ほら、見てください、このか弱そうな指先を……」
フローラ様が、プルプルと震える指を私に差し出してきた。
その指が、偶然触れた庭の巨石が、メキョッ……と音を立てて陥没した。
「……どこがか弱いのよぉおお!! 指圧だけで岩をバターみたいに凹ませてるじゃないの!!」
私はアルベルト様の背後に猛スピードで隠れた。
「……お姉様。私、反省しましたの。……私は、強すぎたんですわね。だから、今は全神経を使って、自分の筋力を九割九分、封印していますの。……今の私は、蝶々一匹殺せない、か弱い乙女ですわ……」
彼女が溜息をつくと、その吐息の風圧で、庭の木々が激しくしなった。
「……ターリア様。これはいけません。彼女、力を抑えようとして逆に『エネルギーの奔流』が外に漏れ出しています。このままだと、彼女がくしゃみをしただけで、この村が消し飛びますぞ」
アルベルト様が、冷や汗を流しながら進言してくる。
「……フローラ様! わかった、わかったから! 一回落ち着いて! そこで座って、動かないで!」
私は、これ以上の物理的被害を防ぐため、意を決して叫んだ。
「……お姉様。お話しして、くださるのですか?」
フローラ様が、期待に満ちた目で(その視線だけで地面が少し焦げた)私を見た。
「条件があるわ! アルベルト様を仲介人にして、私とあんたの間で『不可侵条約』を結ぶのよ!」
「……不可侵条約?」
「そうよ! まず第一に、私の許可なく半径三メートル以内に近づかないこと! 第二に、馬車と並走しないこと! 第三に、お風呂は別々に入ること!」
私は指を立てて、必死に訴えた。
フローラ様は、ショックを受けたように顔を伏せたが、アルベルト様が重々しく口を開いた。
「……聖女殿。ターリア様の仰ることは尤もだ。貴殿の『愛』は、今のままでは彼女を物理的に破壊してしまう。……本当に彼女を大切に思うなら、その溢れ出す出力をコントロールする術を学ぶべきだ」
「……出力を、コントロール……?」
「そうだ。このアルベルト・グランツが、貴殿の教育係……いや、リミッター役を引き受けよう。ターリア様の平穏のためならば、この身を貴殿の『八つ当たり用サンドバッグ』に捧げても構わん!」
アルベルト様が、ビシィッと格好いいポーズで宣言した。
(……え、いいの? アルベルト様、本当に蝶々結びにされちゃうわよ?)
「……わかりましたわ。……お姉様に、いつか『怖くない』と言ってもらえる日まで。私、この騎士様を相手に、力の加減を練習しますわ」
フローラ様は、しぶしぶといった様子で頷いた。
こうして、前代未聞の「力関係の確定」が行われた。
フローラ様は、私の許可がある時だけ、遠くから私を眺めても良いこと。
その代わり、彼女の溢れるパワーはすべてアルベルト様が(物理的に)受け止めること。
「……ふふ。お姉様。いつか必ず、指先一つ触れるだけで、お姉様を幸せな気持ちにさせて差し上げますからね」
「……その『指先一つ』で、私の肋骨が全部折れないことを祈ってるわよ」
私は、ようやく少しだけ遠のいた「死の気配」に安堵し、地面にへたり込んだ。
だが、ふと見ると、アルベルト様がフローラ様に「まずは全力で私を殴ってみろ!」と無茶な修行を申し出ていた。
ドォォォォォン!!
という地響きと共に、アルベルト様が水平線の彼方へ消えていくのを見て、私は「やっぱり南の島へ行こう」と固く心に誓ったのだった。
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