婚約破棄を受け入れる!だってヒロイン様が、怖すぎる

ちゅんりー

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「ターリア! そしてフローラ! 待たせたな、今助けに行くぞ!!」


隠れ家の平和な午後のティータイムを切り裂いたのは、もはや懐かしさすら感じる、あの「無駄に響く良い声」だった。


庭の生垣を強引に突き破って現れたのは、泥と木の葉にまみれ、マントをボロボロにしたユリウス様だ。


彼は、折れた剣の柄を握りしめ、必死に王子としての威厳を保とうとしていた。


「……あ、ユリウス様。まだこの国にいたの?」


私は、冷めた紅茶を啜りながら、死んだような目で彼を見た。


(……せっかくフローラ様との「三メートル境界線」が機能し始めて、精神の安寧を取り戻しかけていたのに)


「『まだいたの』とは失礼な! 君たちの行方を追って、俺がどれだけの山を越え、どれだけのドブを這いつくばったと思っているんだ!」


ユリウス様は、私の前まで歩み寄ると、ビシッ! と私を指差した。


「ターリア! お前がフローラを脅し、洗脳して連れ回しているのは分かっている! さあ、フローラを返せ! そしてお前は、今度こそ地下牢行きだ!」


沈黙が流れた。


正確には、私の後ろで「か弱い乙女(物理の化身)」を演じていたフローラ様の周囲の空気が、ピキピキと凍りついた音だった。


「……殿下ぁ。今、なんとおっしゃいました?」


フローラ様が、ゆっくりとユリウス様の前に進み出た。


「フローラ、安心しろ! この俺が来たからには、もうあの恐ろしい悪女に怯える必要はない!」


「……あの。私とお姉様の『静かな語らい』を邪魔した上に、お姉様を地下牢に入れる……とおっしゃったのですか?」


フローラ様の手元で、彼女が持っていたティーカップ(特注の超強化セラミック製)が、メキメキと音を立てて粉砕された。


「えっ、あ、いや、それは……君を救うためにだな」


「……殿下。今の私は、『か弱さ』の修行中なのです。……ですから、今ここで殿下を空の彼方まで殴り飛ばしてしまったら、私の努力が水の泡になってしまいますわ」


フローラ様は、満面の笑みを浮かべながら、ユリウス様の肩にそっと手を置いた。


その指先が食い込むたびに、ユリウス様の服から「ミシミシ」という嫌な音が響く。


「ひ、ひぃっ……!? フ、フローラ? 手が、手が重いんだが……」


「……お姉様。この『騒がしい置物』、どうしましょうか? このまま首から下だけ地面に埋めて、庭の肥料にして差し上げましょうか?」


(……怖い! 笑顔で提案する内容が、相変わらず猟奇的なのよ!)


私は溜息をつき、椅子から立ち上がった。


「ユリウス様。もういいから、自分の国に帰りなさい。……あなたの婚約破棄、私は一ミリも後悔してないし、むしろ感謝してるわ。おかげでフローラ様の『本当の恐ろしさ』に気づけたんだから」


「な、何を……! 俺とお前は、幼い頃から……!」


「思い出話はいらないわ。……今の私には、私の震えを『高潔さ』だと勘違いしてくれる騎士様と、私の存在自体を『解体対象』として愛してくれる聖女様がいるの。……そこに、あなたの居場所はないわよ」


私は、あえて冷酷に言い放った。


すると、後ろでボコボコにされた顔を冷やしていたアルベルト様が、感動に震えながら立ち上がった。


「……おお! ターリア様! かつての未練を断ち切り、新たな時代を切り拓こうとするその決断! まさに、過去を焼き払う救世主の如き決断力です!」


「……アルベルト様、今は黙ってて」


私はユリウス様に向き直り、最後通告を突きつけた。


「ユリウス様。今すぐ帰るなら、フローラ様の『お見送り(物理的な投擲)』を免除してあげる。……どうする?」


ユリウス様は、フローラ様の万力のような握力と、私の冷徹な視線、そして筋肉質な騎士の威圧感に、ついに心が折れたようだった。


「……わ、分かった。……お前たちがそんなに……そんなに『異常』な集団だったとは、思わなかったんだ……!」


ユリウス様は、情けない声を上げながら、来た道を全速力で逃げ帰っていった。


「……ふぅ。これで、本当の意味で『元婚約者』との縁が切れたわね」


私は、遠ざかる王子の背中を見送りながら、深く、深く息を吐いた。


「……お姉様。今の私、殿下を殴り飛ばさずに我慢できましたわ! どうかしら、少しは『か弱く』見えました?」


フローラ様が、期待に満ちた目で詰め寄ってくる。その衝撃で私の椅子の脚が一本折れた。


「……ええ、そうね。……今のあんたは、世界を滅ぼす魔王が、気まぐれでアリの命を助けてあげた時くらいには、慈悲深く見えたわよ」


「……まあ! お姉様に褒められましたわぁああ!」


フローラ様が喜んで跳ねると、地響きで隠れ家の天井からパラパラと埃が落ちてきた。


王子という「添え物」がいなくなり、この物語はいよいよ、私と、筋肉と、物理の化身による、奇妙で恐ろしい「新生活」へと突入しようとしていた。
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