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「……ターリア様。あの日、河原で貴女をお守りすると誓ってから、私の心は決まっていました」
夕暮れ時。アルベルト様が、新しく借りた屋敷の庭で、私の手を取って真剣な眼差しを向けてきた。
「私は、一人の男として、貴女を一生支えたい。……私と、結婚を前提にこの国で暮らしてはいただけませんか?」
(……プロポーズ! ついに来たわ、乙女ゲームならハッピーエンドのクライマックスシーン!)
本来なら、ここで頬を染めて頷くのが正解なのだろう。
だが、私の視界の隅では、庭の巨大な石像――アルベルト様が訓練用に置いたはずの、重さ数トンの彫刻――が、微かに「左右に揺れて」いた。
「……ねえ、アルベルト様。あの石像、前からあんなに躍動感あったかしら?」
「……? ああ、私の愛の情熱が、周囲の静物をも動かしているのかもしれませんね」
(……違うわよ! あの中に誰か入ってるでしょ! あるいは、あの中身そのものが、ピンク色の髪の怪物に置き換わってるのよ!)
私は石像の背後から感じる「じっとりとした視線」に、背筋を凍らせた。
「お、お受けしたいのは山々なんだけど……。でも、私たち、二人きりになれる時間なんて、一生来ない気がするの」
私が震える声で言うと、案の定、石像の中から「シュバッ!」と何かが飛び出してきた。
「おめでとうございますわ、お姉様ぁああああ!!」
石像を内側から粉砕して現れたのは、拍手喝采を贈るフローラ様だった。
「ひ、ひぃっ! やっぱりいた! 潜伏してたわ、この女!」
「あら失礼ね。私はただ、お姉様の幸せな瞬間を『最前列』で記録したかっただけですの。……ねえ、騎士様。結婚されるのは構いませんけれど、もちろん私も『同居』させていただきますわよね?」
フローラ様は、粉々になった石像の破片を、まるで花吹雪のように空へ放り投げながら言った。
「……同居? 聖女殿、新婚生活に他人が入り込む隙など……」
「隙なら作りますわ。……お姉様と貴方の寝室の『壁の中』に、私専用の観測スペースを掘りましたから」
「……壁の中に観測スペース!? 忍者かあんたは!!」
私は、自室の壁をドンドンと叩いた。……確かに、妙に空洞のような音がする。
「お姉様が夜中にうなされていないか、私が一晩中、壁の隙間から見守って差し上げますわ。……あ、騎士様。お姉様に少しでも指一本、不潔な触れ方をしたら……その腕、根元から『逆方向』に曲げて差し上げますから、安心してくださいね♡」
(……全然安心できない!! 監視どころか、全方位からの牽制じゃないのよ!)
「……なるほど。寝ている間も不逞の輩から守ってくれるというわけか。……なんと心強い護衛だ! ターリア様、これで私たちの愛の巣は鉄壁ですよ!」
アルベルト様が、ガシッと私の肩を抱いた。
「……鉄壁っていうか、監獄よ。ピンク色の看守が常駐する、逃げ場のないプリズンだわ……」
「お姉様、そんなに喜んでいただけて光栄ですわ! ……さあ、結婚式の準備を始めましょう? ウェディングドレスは、私が素手で紡いだ『超高密度防弾シルク』で作って差し上げますわね!」
「……防弾!? 結婚式で、誰が私を狙撃するって言うのよ!」
「お姉様の美しさに嫉妬した、世界の物理法則ですわ♡」
(……もう、突っ込む気力も残ってないわ……)
私は、アルベルト様の筋肉質な腕と、背後で「壁」になりきろうとしているフローラ様の殺気の間で、遠い目をしながら呟いた。
これが、私の望んだ「平穏」なのかしら。
いや、違う。これは、死ぬまで終わらない「全力の追いかけっこ」が、一つの屋根の下に収まっただけなのだ。
「……ふふ。お姉様。……一生、離しませんわよ?」
フローラ様が、私の首筋に鼻を近づけて、クスクスと笑った。
私の結婚(?)生活。それは、世界で最も物騒で、世界で最も「物理」に支配された、地獄のような楽園の始まりだった。
夕暮れ時。アルベルト様が、新しく借りた屋敷の庭で、私の手を取って真剣な眼差しを向けてきた。
「私は、一人の男として、貴女を一生支えたい。……私と、結婚を前提にこの国で暮らしてはいただけませんか?」
(……プロポーズ! ついに来たわ、乙女ゲームならハッピーエンドのクライマックスシーン!)
本来なら、ここで頬を染めて頷くのが正解なのだろう。
だが、私の視界の隅では、庭の巨大な石像――アルベルト様が訓練用に置いたはずの、重さ数トンの彫刻――が、微かに「左右に揺れて」いた。
「……ねえ、アルベルト様。あの石像、前からあんなに躍動感あったかしら?」
「……? ああ、私の愛の情熱が、周囲の静物をも動かしているのかもしれませんね」
(……違うわよ! あの中に誰か入ってるでしょ! あるいは、あの中身そのものが、ピンク色の髪の怪物に置き換わってるのよ!)
私は石像の背後から感じる「じっとりとした視線」に、背筋を凍らせた。
「お、お受けしたいのは山々なんだけど……。でも、私たち、二人きりになれる時間なんて、一生来ない気がするの」
私が震える声で言うと、案の定、石像の中から「シュバッ!」と何かが飛び出してきた。
「おめでとうございますわ、お姉様ぁああああ!!」
石像を内側から粉砕して現れたのは、拍手喝采を贈るフローラ様だった。
「ひ、ひぃっ! やっぱりいた! 潜伏してたわ、この女!」
「あら失礼ね。私はただ、お姉様の幸せな瞬間を『最前列』で記録したかっただけですの。……ねえ、騎士様。結婚されるのは構いませんけれど、もちろん私も『同居』させていただきますわよね?」
フローラ様は、粉々になった石像の破片を、まるで花吹雪のように空へ放り投げながら言った。
「……同居? 聖女殿、新婚生活に他人が入り込む隙など……」
「隙なら作りますわ。……お姉様と貴方の寝室の『壁の中』に、私専用の観測スペースを掘りましたから」
「……壁の中に観測スペース!? 忍者かあんたは!!」
私は、自室の壁をドンドンと叩いた。……確かに、妙に空洞のような音がする。
「お姉様が夜中にうなされていないか、私が一晩中、壁の隙間から見守って差し上げますわ。……あ、騎士様。お姉様に少しでも指一本、不潔な触れ方をしたら……その腕、根元から『逆方向』に曲げて差し上げますから、安心してくださいね♡」
(……全然安心できない!! 監視どころか、全方位からの牽制じゃないのよ!)
「……なるほど。寝ている間も不逞の輩から守ってくれるというわけか。……なんと心強い護衛だ! ターリア様、これで私たちの愛の巣は鉄壁ですよ!」
アルベルト様が、ガシッと私の肩を抱いた。
「……鉄壁っていうか、監獄よ。ピンク色の看守が常駐する、逃げ場のないプリズンだわ……」
「お姉様、そんなに喜んでいただけて光栄ですわ! ……さあ、結婚式の準備を始めましょう? ウェディングドレスは、私が素手で紡いだ『超高密度防弾シルク』で作って差し上げますわね!」
「……防弾!? 結婚式で、誰が私を狙撃するって言うのよ!」
「お姉様の美しさに嫉妬した、世界の物理法則ですわ♡」
(……もう、突っ込む気力も残ってないわ……)
私は、アルベルト様の筋肉質な腕と、背後で「壁」になりきろうとしているフローラ様の殺気の間で、遠い目をしながら呟いた。
これが、私の望んだ「平穏」なのかしら。
いや、違う。これは、死ぬまで終わらない「全力の追いかけっこ」が、一つの屋根の下に収まっただけなのだ。
「……ふふ。お姉様。……一生、離しませんわよ?」
フローラ様が、私の首筋に鼻を近づけて、クスクスと笑った。
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