婚約破棄? 喜んで! ついでにこれも返却しますね?

ちゅんりー

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シュヴァルツ・シュロスの門前に、一台の派手な馬車が猛スピードで突っ込んできた。
それはアステリア公爵家の紋章が入った、紛れもなくエーリカの実家の馬車である。

「止まりなさい! そこを退いてちょうだい! 私は、私は悲劇のヒロインなのですわよ!」

馬車から転がり落ちるようにして現れたのは、泥と涙で顔をぐちゃぐちゃにしたリリアーヌだった。
かつてのふわふわとしたドレスは見る影もなく、キャベツの葉がどこかに引っかかっている。

エーリカはクラウスと共に、冷ややかな視線をその「自称ヒロイン」へと向けた。

「あら、リリアーヌ様。公爵家の馬車を無断で拝借して、どちらへピクニックですの? 随分とアグレッシブな移動手段をお選びですわね」

「エーリカ様ぁ! ひどいですわ、ひどすぎますわ! ジュリアン様ったら、お金がないからって私に宝石を売れだなんて仰るの! 挙句の果てに、夕食が毎日キャベツの芯のソテーなんですのよ!? あんなの人間が食べるものじゃありませんわ!」

リリアーヌは地面に伏して泣き喚くが、その声に同情する者は一人もいない。
城の騎士たちは、むしろ「これがあの国を滅ぼしかけている元凶か」と興味深げに眺めている。

「それで、なぜここへ? 私にキャベツの新しいレシピでも教わりに来たのかしら」

「違いますわ! ジュリアン様を説得して、元のキラキラした王子様に戻してほしいんですの! あの方がまともにお仕事をして、私を贅沢させてくれないと困りますわ! 元はと言えば、エーリカ様がいきなりいなくなるからいけないんですもの!」

エーリカは深々とため息をついた。
この期に及んで他力本願、かつ責任転嫁。その鋼のメンタルだけは、ある意味で尊敬に値する。

「お聞きなさい、リリアーヌ様。私はもう、あなたの、ましてやあのおバカ王子の乳母ではありません。……ですが、ちょうど良かったですわ。あなたという『配達員』が来てくれたおかげで、手間が省けました」

エーリカはハンスに目配せをした。
ハンスが差し出したのは、百科事典ほどもある分厚い、革綴じの書類の束だった。

「それは……なんですの? ジュリアン様への愛の手紙かしら?」

「いいえ。私が三年間、王宮でこなしてきた『全業務の代行費用』および『精神的苦痛に対する慰謝料』、そして『未払いの残業代』の請求明細書ですわ」

リリアーヌが呆然とする中、エーリカは優雅に書類の束をパラパラとめくって見せた。

「計算は完璧ですわよ。第一王子の執務代行、一件につき金貨三枚。夜会での失言フォロー、一回につき金貨五枚。休日返上の緊急対応、時給換算で金貨二枚。これに深夜手当と、婚約破棄による解雇予告手当を加算しまして……」

エーリカの指先が、最終ページの合計金額を叩いた。

「合計、金貨八十五万枚。あ、今なら端数はサービスしてあげてもよろしくてよ?」

「き、きんか、はちじゅう……? そんなの、この国を三回売っても足りませんわ!」

「ええ、そうですわね。ですから、この請求書をジュリアン殿下に叩きつけて差し上げてください。支払えない場合は、王家の直轄地および王宮内の動産を差し押さえさせていただきます。もちろん、法務局への手続きは先ほど済ませておきましたわ」

リリアーヌの顔から、一気に血の気が引いていく。
彼女が求めていたのは「面倒な仕事を押し付けられる便利な女」であって、「国家予算を超える請求書を突きつけてくる借金取り」ではない。

「そ、そんなの受け取れませんわ! 私、逃げてきたんですもの!」

「逃がしませんわよ。……閣下、お願いしてもよろしい?」

エーリカが隣のクラウスを見上げると、彼は待っていましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。

「あぁ。我が領の高速馬車を用意させよう。リリアーヌ殿、君にはこの『愛の重み(請求書)』を抱えて、今すぐ王宮へ戻ってもらう。安心しろ、我が騎士団が国境まで全力で護送してやる」

「嫌ですわ! 帰りたくありませんわ! キャベツの芯はもう嫌っ!」

リリアーヌの悲鳴は、屈強な騎士たちによって速やかに馬車の中へと押し込められた。
窓から放り込まれた分厚い請求書の束が、彼女の膝の上に重くのしかかる。

「さようなら、リリアーヌ様。ジュリアン殿下によろしくお伝えください。もし支払いが遅れるようなら、次は私が直接、軍隊を引き連れて『集金』に伺いますわ、と」

エーリカは最高に美しい、そして最高に冷徹な「悪役令嬢」の微笑みを浮かべて手を振った。

馬車が埃を上げて走り去っていく。
静寂が戻った城門の前で、クラウスがエーリカの肩を抱き寄せた。

「実に壮快な逆襲だったな、エーリカ。八十五万枚とは、少々控えめだったのではないか?」

「あら、あれは『第一期分』ですわよ。利息は日歩で計算しておりますから、一ヶ月後には倍になっていますわ」

「ははは! やはり君を敵に回すべきではないな。……さて、厄介払いも済んだことだ。今夜こそ、仕事の話もキャベツの話もしない、静かな夕食を楽しもう」

「ええ。……でも閣下、その前に一つだけ。あの請求書のコピーを、父様にも送っておいていただけます? きっと、大喜びで追撃の準備を始めますわよ」

二人は顔を見合わせて笑い、夕闇に包まれ始めた城内へと戻っていった。
有能な令嬢の反撃は、まだ始まったばかり。
そして彼女の新しい人生は、かつてないほどの輝きと、少しばかりの「数字の暴力」に彩られていた。
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