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「……信じられませんわ。この私が、こんな、漬物臭い部屋で一生を終えるなんて!」
王宮の隅にある、かつては豪華だったはずの客室。
リリアーヌは、色あせたドレスの裾を荒々しく振り回しながら、部屋中に散乱した宝石箱をひっくり返していた。
だが、そこから出てくるのは、借金のカタとして差し押さえられた際に残った、価値の低い模造品ばかりだ。
本物のダイヤやルビーは、すでに財務大臣の手によって「エーリカ様への支払いの一部」として没収されていた。
「ジュリアン様もジュリアン様ですわ! 白目を剥いて倒れている暇があったら、どこからかお金を工面してくるのが王子の務めでしょうに!」
リリアーヌは、唯一差し押さえを免れた(石が小さすぎて見逃された)真珠のネックレスを首に巻き、ベッドの下から大きなトランクを引きずり出した。
「愛があれば大丈夫なんて、あれは嘘ですわ。愛はお金があって初めて輝く、最高級の飾りですもの。お金のない愛なんて、芯だけのキャベツと同じですわ!」
彼女は手際よく、まだ売れそうな絹のハンカチや、銀のスプーンをトランクに詰め込んでいく。
そこへ、部屋の掃除に来た年配の侍女が、冷ややかな視線を投げかけながら入ってきた。
「あら、リリアーヌ様。お出かけですか? 今夜の夕食もキャベツの芯のポタージュですが、召し上がらなくてよろしいので?」
「いりませんわ、そんな家畜の餌! 私はもっと、こう、キラキラした場所へ行くんですの。私のような可愛い女の子を放っておかない、もっと『太い』パトロンを探しにね!」
「そうですか。それは重畳。……あ、そのトランクに入れた銀のスプーン、王家の刻印が入っていますので置いていってくださいね。それもエーリカ様への返済分ですので」
侍女はリリアーヌの手から、無造作にスプーンを取り上げた。
リリアーヌは「キーッ!」と短い悲鳴を上げたが、侍女の背後に控える屈強な衛兵の姿を見て、すぐにしおらしく口を噤んだ。
「……いいわ。スプーンの一本くらい、あげるわよ。私はもっと大きな『金鉱』を見つけに行くだけですもの!」
リリアーヌはトランクを抱え、夜の帳が下りた王宮の裏門へと向かった。
かつては彼女が通るたびに跪いた門番たちも、今は目も合わせようとしない。
むしろ「早く出て行ってくれ」という無言の圧力を感じさせる。
「ふん、見てなさい! 私が新しい王子様を見つけて、この国を買い取ってやるんだから!」
豪語しながら門を出たリリアーヌだったが、一歩外へ出ると、そこには街灯もまばらな暗い夜道が続いていた。
彼女はふと、今まで自分の足で一キロ以上歩いたことがないことを思い出した。
「……タクシー。いえ、馬車。誰か、馬車を呼びなさい!」
叫んでみるが、返ってくるのは野良猫の鳴き声だけだ。
彼女が頼りにしていたジュリアンの権力も、財布の中身も、今は空っぽだった。
一方、その頃。
ようやく意識を取り戻したジュリアンは、枕元にリリアーヌがいないことに気づき、弱々しい声で彼女の名を呼んだ。
「……リリアーヌ。どこだ、リリアーヌ。お腹が空いた。……キャベツじゃない、甘いものが食べたいんだ……」
「殿下、諦めてください。リリアーヌ様は先ほど、トランクを持って全力で夜逃げされましたよ」
傍らにいた書記官が、淡々と事実を告げる。
ジュリアンは一瞬、言葉の意味が理解できないという顔をした。
「よ、夜逃げ? 愛の逃避行ではなく、一人でか?」
「ええ。殿下には価値がないと判断されたのでしょう。……ある意味、彼女はエーリカ様よりシビアに、殿下の『時価』を見極めていたということですね」
ジュリアンは再び、静かに白目を剥いた。
愛に裏切られ、金に捨てられ、残ったのは膨大な借金の明細書と、窓の外から漂ってくるキャベツの腐敗臭だけ。
「……エーリカ。ああ、エーリカ……」
彼が最後に呼んだ名は、皮肉にも、自分が最も無慈悲に切り捨てた、かつての「盾」の名だった。
リリアーヌは暗い街道を、重いトランクを抱えてヨロヨロと歩き続けていた。
彼女の向かう先は、隣国の華やかな社交界。
だが、そこがすでにエーリカとクラウスによって「リリアーヌ・要注意人物リスト」として共有されていることを、彼女はまだ知る由もなかった。
王宮の隅にある、かつては豪華だったはずの客室。
リリアーヌは、色あせたドレスの裾を荒々しく振り回しながら、部屋中に散乱した宝石箱をひっくり返していた。
だが、そこから出てくるのは、借金のカタとして差し押さえられた際に残った、価値の低い模造品ばかりだ。
本物のダイヤやルビーは、すでに財務大臣の手によって「エーリカ様への支払いの一部」として没収されていた。
「ジュリアン様もジュリアン様ですわ! 白目を剥いて倒れている暇があったら、どこからかお金を工面してくるのが王子の務めでしょうに!」
リリアーヌは、唯一差し押さえを免れた(石が小さすぎて見逃された)真珠のネックレスを首に巻き、ベッドの下から大きなトランクを引きずり出した。
「愛があれば大丈夫なんて、あれは嘘ですわ。愛はお金があって初めて輝く、最高級の飾りですもの。お金のない愛なんて、芯だけのキャベツと同じですわ!」
彼女は手際よく、まだ売れそうな絹のハンカチや、銀のスプーンをトランクに詰め込んでいく。
そこへ、部屋の掃除に来た年配の侍女が、冷ややかな視線を投げかけながら入ってきた。
「あら、リリアーヌ様。お出かけですか? 今夜の夕食もキャベツの芯のポタージュですが、召し上がらなくてよろしいので?」
「いりませんわ、そんな家畜の餌! 私はもっと、こう、キラキラした場所へ行くんですの。私のような可愛い女の子を放っておかない、もっと『太い』パトロンを探しにね!」
「そうですか。それは重畳。……あ、そのトランクに入れた銀のスプーン、王家の刻印が入っていますので置いていってくださいね。それもエーリカ様への返済分ですので」
侍女はリリアーヌの手から、無造作にスプーンを取り上げた。
リリアーヌは「キーッ!」と短い悲鳴を上げたが、侍女の背後に控える屈強な衛兵の姿を見て、すぐにしおらしく口を噤んだ。
「……いいわ。スプーンの一本くらい、あげるわよ。私はもっと大きな『金鉱』を見つけに行くだけですもの!」
リリアーヌはトランクを抱え、夜の帳が下りた王宮の裏門へと向かった。
かつては彼女が通るたびに跪いた門番たちも、今は目も合わせようとしない。
むしろ「早く出て行ってくれ」という無言の圧力を感じさせる。
「ふん、見てなさい! 私が新しい王子様を見つけて、この国を買い取ってやるんだから!」
豪語しながら門を出たリリアーヌだったが、一歩外へ出ると、そこには街灯もまばらな暗い夜道が続いていた。
彼女はふと、今まで自分の足で一キロ以上歩いたことがないことを思い出した。
「……タクシー。いえ、馬車。誰か、馬車を呼びなさい!」
叫んでみるが、返ってくるのは野良猫の鳴き声だけだ。
彼女が頼りにしていたジュリアンの権力も、財布の中身も、今は空っぽだった。
一方、その頃。
ようやく意識を取り戻したジュリアンは、枕元にリリアーヌがいないことに気づき、弱々しい声で彼女の名を呼んだ。
「……リリアーヌ。どこだ、リリアーヌ。お腹が空いた。……キャベツじゃない、甘いものが食べたいんだ……」
「殿下、諦めてください。リリアーヌ様は先ほど、トランクを持って全力で夜逃げされましたよ」
傍らにいた書記官が、淡々と事実を告げる。
ジュリアンは一瞬、言葉の意味が理解できないという顔をした。
「よ、夜逃げ? 愛の逃避行ではなく、一人でか?」
「ええ。殿下には価値がないと判断されたのでしょう。……ある意味、彼女はエーリカ様よりシビアに、殿下の『時価』を見極めていたということですね」
ジュリアンは再び、静かに白目を剥いた。
愛に裏切られ、金に捨てられ、残ったのは膨大な借金の明細書と、窓の外から漂ってくるキャベツの腐敗臭だけ。
「……エーリカ。ああ、エーリカ……」
彼が最後に呼んだ名は、皮肉にも、自分が最も無慈悲に切り捨てた、かつての「盾」の名だった。
リリアーヌは暗い街道を、重いトランクを抱えてヨロヨロと歩き続けていた。
彼女の向かう先は、隣国の華やかな社交界。
だが、そこがすでにエーリカとクラウスによって「リリアーヌ・要注意人物リスト」として共有されていることを、彼女はまだ知る由もなかった。
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