婚約破棄? 喜んで! ついでにこれも返却しますね?

ちゅんりー

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「……信じられませんわ。この見積書、一体どなたが作成しましたの?」

シュヴァルツ・シュロスの執務室に、エーリカの凛とした声が響き渡った。
彼女の目の前には、城の儀礼担当たちが三日三晩不眠不休で作り上げた『辺境伯閣下・婚礼の儀 実施計画書』が置かれている。

「は、はい! 私、儀礼官のハンス(同名ですが別人の若手)でございます! 閣下から『予算は無限、エーリカ様が世界で一番輝く最高の式を』との命を受け、持てる知識をすべて注ぎ込みました!」

「無限。……その言葉が一番いけませんわ。予算に上限がないということは、コストパフォーマンスの概念が消失していると同義です。見てごらんなさい、この装飾花の輸送費。隣領からわざわざ運ぶより、我が領の温室を魔力で強化して自給自足した方が、三割は安く、かつ鮮度も維持できますわ」

エーリカは羽ペンを抜き取ると、電光石火の勢いで計画書に赤を入れていく。
その動きには一切の迷いがない。

「いいですか、婚礼とは単なる儀式ではありません。ハインリヒ領の威信を国内外に示す『大規模な政治的・経済的プレゼンテーション』なのです。招待客の配置、料理の提供順序、さらには当日の馬車の動線。これらすべてが完璧に噛み合ってこそ、領民は安心し、他国は畏怖するのですわ」

「は、はいぃっ! 勉強になります!」

エーリカはパチリと指を鳴らした。

「ハンス(老僕の方)、例のボードを持ってきてちょうだい!」

「承知いたしました。お嬢様特製の『工程管理表(ガントチャート)』でございますな」

執務室に運び込まれた巨大な板には、挙式当日までのスケジュールが分単位でびっしりと書き込まれていた。
資材調達、会場設営、警備計画、そして新婦の美容プラン。
それらすべてが網の目のように関連付けられ、一目で進捗が分かるようになっている。

そこへ、休憩を促しに来たクラウスが足を踏み入れた。

「エーリカ、まだ根を詰めているのか。ドレスの採寸は終わったのだろう? 後は私と部下たちに任せて、君はゆっくり……」

「閣下、ちょうど良いところに来てくださいましたわ。この警備配置図の第四セクター、ここの人員を二名減らして、給仕のサポートに回してください。貴族の方々は、安全よりも『ワインが届く速度』で式の良し悪しを判断しますから」

「……。エーリカ、君は今、最高に生き生きとした顔をしているな。挙式の主役というより、総司令官のようだ」

クラウスは呆れつつも、愛おしそうに彼女の横顔を見つめた。
エーリカは無意識に、ペンをくるくると回しながら不敵に微笑む。

「当然ですわ。自分の結婚式を他人の不完全な計画に委ねるなんて、事務方の末代までの恥ですもの。私は、この式を『大陸史上最も効率的で無駄のない、かつ華麗な披露宴』として歴史に刻んでみせますわよ!」

「ははは! 頼もしい限りだ。だが、一つだけ忘れないでくれ。当日、君が私の隣で微笑んでくれること。それがこの計画における、唯一にして最大の『成功報酬』なのだから」

クラウスがそっとエーリカの肩を抱き寄せると、彼女は一瞬だけ赤面し、視線を計画書に戻した。

「……そ、そんなことは、計算に入れるまでもなく確定事項ですわ。ほら、閣下も突っ立っていないで、この招待状の封蝋(ふうろう)を手伝ってくださいな。閣下の筋力なら、一分間に六十通はこなせますでしょう?」

「……。新妻に筋力を期待されるのも、悪くないな。よし、やってやろうじゃないか」

かつて「氷の騎士」と呼ばれた英雄と、国を支えた「有能令嬢」。
二人がかりで取り組む結婚準備は、もはや一つの国家プロジェクトのような熱量を帯びていた。

周囲のスタッフたちは、爆速で処理されていく書類の山を見ながら、「これなら当日は、予定より一時間早く終わるかもしれない」と、エーリカへの崇拝の念をさらに深めていたのである。
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