27 / 27
27
しおりを挟む
雲一つない快晴。ハインリヒ領の空は、エーリカの新しい門出を祝うかのように、透き通った青色に染まっていた。
シュヴァルツ・シュロスの大聖堂。
そこには、エーリカが秒単位で組み上げたスケジュール通り、整然と招待客が並んでいた。
「……お嬢様。これほどまでに滞りのない結婚式、私は長い人生で初めて見ましたぞ」
純白のウェディングドレスに身を包んだエーリカの背後で、ハンスが感極まったように鼻をすすった。
エーリカは鏡の前で、最後の手袋のシワを微調整しながら、ふふんと鼻を鳴らす。
「当然ですわ、ハンス。受付の混雑解消、聖歌隊の音量調整、さらには空調の魔力配分まで、すべて私の計算通りです。不測の事態など、この式典において発生する余地はありませんわ」
そう言い切るエーリカの瞳は、かつて王宮の予算を管理していた時と同じ……いや、それ以上に力強く、そして輝いている。
そこへ、扉が開き、正装を纏ったクラウスが現れた。
「――エーリカ」
彼の声は、わずかに震えていた。
普段はどんな戦場でも眉一つ動かさない「氷の騎士」が、目の前の婚約者の美しさに、言葉を失って立ち尽くしている。
「あら、閣下。予定より三十秒ほど早いですわ。……どうかしました? そんなに口を半開きにして」
「……あぁ、いや。美しすぎて、心臓が停止するかと思った。君という存在を、こうして正式に妻として迎えられる幸せを、いま改めて噛み締めているところだ」
クラウスは歩み寄り、エーリカの前に跪いた。
そして、彼女の細い指先に、壊れ物を扱うかのような手つきで触れる。
「エーリカ。君がこの領に来てから、私の世界は一変した。数字で埋め尽くされた君の思考も、不器用な優しさも、すべてが愛おしい。……生涯をかけて、君を幸せにすると誓おう」
「……。閣下、本番前にそんな台詞を言わないでくださいまし。私の完璧なスケジュールのなかに、『新婦の涙によるメイク直し』の時間は含まれておりませんのよ?」
エーリカは顔を赤らめ、必死に扇子で仰いだ。
しかし、その瞳には溢れんばかりの幸福が湛えられている。
オルガンの音が、壮大に鳴り響いた。
扉が開き、二人は腕を組んで、白い大理石のバージンロードを歩み始める。
列席した隣国の重鎮たちや、かつてアステリア王国から逃げてきた事務官たちは、そのあまりの神々しさに息を呑んだ。
そこには「悪役令嬢」と呼ばれた女の姿はない。
有能さゆえに愛され、自らの手で幸せを掴み取った「一人の美しい女性」がいた。
司祭の前に立ち、誓いの言葉が交わされる。
「……健やかなるときも、病めるときも、そして帳簿の数字が合わないときも。私は、エーリカ・フォン・アステリアを愛し、共に難題を解き明かすことを誓います」
「閣下、誓いの言葉に余計なものを混ぜないでくださいな。……私も、あなたがどんなに筋肉で解決しようとしても、それを論理的に軌道修正し、一生支え続けることを誓いますわ」
会場から、温かな笑いと拍手が巻き起こった。
そして、クラウスがゆっくりと、エーリカのベールを上げた。
「エーリカ。二度と、君を一人にはしない」
「ええ。……私も、二度とあなたをブラックな職場環境には戻しませんわ」
二人の唇が、優しく重なった。
それは、かつての「婚約破棄」という絶望から始まった物語が、真実の愛へと辿り着いた瞬間だった。
(……あぁ。私、本当に自由になったのね)
キスの余韻の中で、エーリカはふと思った。
仕事に追われ、誰にも理解されなかった孤独な日々は、もう終わった。
これからは、隣にいるこの不器用で熱烈な男と共に、新しい「最高の効率」を、そして「最高の愛」を築いていける。
「――さあ、奥様。次は披露宴だ。君が指揮を執った『伝説の祝宴』を、皆に見せつけてやろうじゃないか」
「もちろんですわ! 閣下、まずは入場の一歩目の歩幅から意識してちょうだい!」
「承知した!」
幸せの鐘が、高く、高く鳴り響いた。
元悪役令嬢のエーリカは、いま、世界で一番有能な……そして世界で一番愛される「奥様」となったのである。
シュヴァルツ・シュロスの大聖堂。
そこには、エーリカが秒単位で組み上げたスケジュール通り、整然と招待客が並んでいた。
「……お嬢様。これほどまでに滞りのない結婚式、私は長い人生で初めて見ましたぞ」
純白のウェディングドレスに身を包んだエーリカの背後で、ハンスが感極まったように鼻をすすった。
エーリカは鏡の前で、最後の手袋のシワを微調整しながら、ふふんと鼻を鳴らす。
「当然ですわ、ハンス。受付の混雑解消、聖歌隊の音量調整、さらには空調の魔力配分まで、すべて私の計算通りです。不測の事態など、この式典において発生する余地はありませんわ」
そう言い切るエーリカの瞳は、かつて王宮の予算を管理していた時と同じ……いや、それ以上に力強く、そして輝いている。
そこへ、扉が開き、正装を纏ったクラウスが現れた。
「――エーリカ」
彼の声は、わずかに震えていた。
普段はどんな戦場でも眉一つ動かさない「氷の騎士」が、目の前の婚約者の美しさに、言葉を失って立ち尽くしている。
「あら、閣下。予定より三十秒ほど早いですわ。……どうかしました? そんなに口を半開きにして」
「……あぁ、いや。美しすぎて、心臓が停止するかと思った。君という存在を、こうして正式に妻として迎えられる幸せを、いま改めて噛み締めているところだ」
クラウスは歩み寄り、エーリカの前に跪いた。
そして、彼女の細い指先に、壊れ物を扱うかのような手つきで触れる。
「エーリカ。君がこの領に来てから、私の世界は一変した。数字で埋め尽くされた君の思考も、不器用な優しさも、すべてが愛おしい。……生涯をかけて、君を幸せにすると誓おう」
「……。閣下、本番前にそんな台詞を言わないでくださいまし。私の完璧なスケジュールのなかに、『新婦の涙によるメイク直し』の時間は含まれておりませんのよ?」
エーリカは顔を赤らめ、必死に扇子で仰いだ。
しかし、その瞳には溢れんばかりの幸福が湛えられている。
オルガンの音が、壮大に鳴り響いた。
扉が開き、二人は腕を組んで、白い大理石のバージンロードを歩み始める。
列席した隣国の重鎮たちや、かつてアステリア王国から逃げてきた事務官たちは、そのあまりの神々しさに息を呑んだ。
そこには「悪役令嬢」と呼ばれた女の姿はない。
有能さゆえに愛され、自らの手で幸せを掴み取った「一人の美しい女性」がいた。
司祭の前に立ち、誓いの言葉が交わされる。
「……健やかなるときも、病めるときも、そして帳簿の数字が合わないときも。私は、エーリカ・フォン・アステリアを愛し、共に難題を解き明かすことを誓います」
「閣下、誓いの言葉に余計なものを混ぜないでくださいな。……私も、あなたがどんなに筋肉で解決しようとしても、それを論理的に軌道修正し、一生支え続けることを誓いますわ」
会場から、温かな笑いと拍手が巻き起こった。
そして、クラウスがゆっくりと、エーリカのベールを上げた。
「エーリカ。二度と、君を一人にはしない」
「ええ。……私も、二度とあなたをブラックな職場環境には戻しませんわ」
二人の唇が、優しく重なった。
それは、かつての「婚約破棄」という絶望から始まった物語が、真実の愛へと辿り着いた瞬間だった。
(……あぁ。私、本当に自由になったのね)
キスの余韻の中で、エーリカはふと思った。
仕事に追われ、誰にも理解されなかった孤独な日々は、もう終わった。
これからは、隣にいるこの不器用で熱烈な男と共に、新しい「最高の効率」を、そして「最高の愛」を築いていける。
「――さあ、奥様。次は披露宴だ。君が指揮を執った『伝説の祝宴』を、皆に見せつけてやろうじゃないか」
「もちろんですわ! 閣下、まずは入場の一歩目の歩幅から意識してちょうだい!」
「承知した!」
幸せの鐘が、高く、高く鳴り響いた。
元悪役令嬢のエーリカは、いま、世界で一番有能な……そして世界で一番愛される「奥様」となったのである。
25
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
婚約破棄されてイラッときたから、目についた男に婚約申し込んだら、幼馴染だった件
ユウキ
恋愛
苦節11年。王家から押し付けられた婚約。我慢に我慢を重ねてきた侯爵令嬢アデレイズは、王宮の人が行き交う大階段で婚約者である第三王子から、婚約破棄を告げられるのだが、いかんせんタイミングが悪すぎた。アデレイズのコンディションは最悪だったのだ。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
恋の締め切りには注意しましょう
石里 唯
恋愛
侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。
幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。
最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。
そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、
「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。
その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。
虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい
みおな
恋愛
何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。
死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。
死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。
三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。
四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。
さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。
こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。
こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。
私の怒りに、神様は言いました。
次こそは誰にも虐げられない未来を、とー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる