婚約破棄。予言なんて不吉なこと、言わないでいただけます?

ちゅんりー

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「……何だ、この数字は! 説明しろ!」


学園の生徒会室。
ジュリアン殿下の怒号が、壁の肖像画を震わせていた。


彼の目の前には、園遊会に向けた「期待度調査」の集計結果が置かれている。
そこには、無残な現実が刻まれていた。


『真の聖女リリア様の奇跡を見たい:15%』
『予言の聖女マーリ様の宣告を聞きたい:85%』


「殿下……落ち着いてください。これはあくまで、一時的な流行のようなもので……」


側近の一人が震えながらなだめるが、ジュリアン殿下の顔は怒りで青紫色に変色している。


「一時的だと!? 私の婚約者でありながら、不気味な言動で周囲を惑わすあのような女に、これほど多くの期待が集まっているというのか!」


「で、でも殿下。マーリ様のアドバイスで、騎士団の訓練効率が三倍になったとか、魔導師たちが実験の失敗を未然に防げるようになったとか、そんな噂が絶えなくて……」


「それはただの偶然だと言っているだろう! あいつは……あいつは、私の計算をすべて狂わせる!」


ジュリアン殿下は机を叩き、激しく肩を上下させた。


その傍らでは、リリア様が顔を覆って泣き崩れている。
……ように見えるが、ハンカチの隙間から見える瞳は、獲物を狙う蛇のように冷たい。


「ジュリアン様……。私、もう怖くて園遊会に出られませんわ。マーリ様に何をされるか……きっと、私の奇跡を呪いで書き換えてしまうに違いありません……!」


「リリア、泣かないでくれ。君の清らかな祈りが、あのような邪悪な女に負けるはずがない」


ジュリアン殿下は彼女を抱き寄せるが、その腕はかすかに震えていた。
彼もまた、心の奥底では理解し始めていたのだ。


マーリという女の「観察眼」……彼らが予言と呼ぶその力が、もはや無視できない影響力を持ち始めていることを。


「……こうなれば、園遊会を待たずに引導を渡してやる。あいつの『予言』が、単なるペテンであることを衆人環視の中で証明してやるのだ」


ジュリアン殿下は、歪んだ笑みを浮かべて側近に命じた。


「マーリを呼び出せ。中庭の、あの『開かずの門』の前だ。そこで、彼女に神聖な審判を受けさせてやる」


---


「……呼び出し? 殿下が私を?」


私は、差し出された封筒をじっと観察した。
封蝋の形。紙の繊維の毛羽立ち。そして、配達した使いの少年の、不自然に泳ぐ視線。


「マーリ様、行かない方がよろしいかと。あの門の近くは、最近地盤が緩んでいるという噂です」


隣でサイラス様が、興味深そうに私の反応をメモしている。


「地盤ではなく、門の蝶番が錆びきっていて、強い衝撃を与えれば倒れるように細工されているようですわね。……あと、使いの彼。左のポケットに、門を引き倒すためのワイヤーの端を隠していますわ」


「ひっ……!?」


使いの少年が悲鳴を上げて逃げ出していった。


「……相変わらず、容赦ない観察眼だね。罠だと分かっていて、どうするんだい?」


「もちろん、行きますわよ。殿下が直々に、私の隠居資金を増やすための『材料』を提供してくださるというのですから」


私は優雅に立ち上がり、中庭へと向かった。


そこには、ジュリアン殿下とリリア様、そして多くの生徒たちが集まっていた。
どうやら「予言の聖女」の化けの皮を剥ぐという名目で、見物人を集めたらしい。


「来たか、マーリ! そこへ直れ!」


ジュリアン殿下が、古びた大きな石門を背にして立っていた。


「この門は、かつて建国の王が神の託宣を受けたと言われる聖なる門だ。真実を語る者が通れば開かれ、偽り者が通れば……その身を拒むと言われている」


「ただの錆びた門ですわよ、殿下。それより、その背後でワイヤーを握っている騎士の方々に、手を離すよう仰った方がよろしいかと」


「なっ……何をデタラメを! さあ、通ってみせろ! もし門が倒れれば、お前が偽物である証拠。その場で婚約破棄を受け入れ、国外追放を申し渡す!」


私は溜息をつき、一歩、門に向かって踏み出した。


周囲の生徒たちが固唾を呑んで見守る。
リリア様が、隠し持った笛を吹こうと唇を尖らせた。その笛の音こそが、潜伏している騎士たちへの合図だろう。


私は立ち止まり、門の構造と風の向き、そして足元の石畳の角度を計算した。


「殿下。その門を通る前に、一つだけ助言を」


「黙れ! 予言など聞かん!」


「いえ、予言ではなく忠告です。今、貴方の右足が踏んでいる石板……それは門の土台を支える楔(くさび)と連動しています。その位置で大声を出すと、振動で門が――」


「ええい、うるさい! お前は今すぐ消え――」


ジュリアン殿下が力強く地面を踏みしめ、私を指差した瞬間。


ギィィィィィ……。


不気味な金属音が響き、巨大な石門がゆっくりと、しかし確実に傾き始めた。
しかも、私の方ではなく。


「……あ」


「……え?」


ジュリアン殿下が頭上を見上げた。
そこには、自分に向かって倒れてくる数トンの石塊があった。


「で、殿下ぁぁぁーーー!!」


側近たちが絶叫する。
私は無感情に、その結末を眺めていた。


「……あと三秒、右へ飛び退けば助かりますわよ。あ、もう二秒ですわ」


ドォォォォォンッ!!


凄まじい地響きと共に、砂塵が舞い上がった。


「ジュリアン様!?」


リリア様が悲鳴を上げる。
砂埃が晴れると、そこには……。


門の隙間に絶妙に挟まり、服の裾を地面に縫い付けられた状態で、カエルのように這いつくばるジュリアン殿下の姿があった。


「……殿下。だから、そこは地盤が緩んでいると言いましたのに」


私は、塵一つついていないドレスを翻し、呆然とする生徒たちに向かって告げた。


「皆様、ご覧の通りですわ。門は私を拒まず、むしろ殿下を優しく(?)包み込みました。これこそが、神の審判……というものですわね」


「ま、マーリ様……! やはり本物の聖女だ!」


「殿下の身代わりになって、門の怒りを鎮めたんだわ!」


勝手な解釈で、生徒たちが次々と跪いていく。
一方、地面に張り付いたままのジュリアン殿下は、屈辱で顔を真っ赤にしながら震えていた。


「……お、おのれ……マーリ……! 覚えておけよ……!」


「はい。その破れた上着の修理代も、慰謝料に加算しておきますわね」


私は微笑んで、その場を後にした。
焦れば焦るほど、彼は私の手の平の上で踊り続けることになる。


園遊会まで、あと二日。
いよいよ、すべての清算をする時が近づいていた。
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