9 / 28
9
しおりを挟む
「……何だ、この数字は! 説明しろ!」
学園の生徒会室。
ジュリアン殿下の怒号が、壁の肖像画を震わせていた。
彼の目の前には、園遊会に向けた「期待度調査」の集計結果が置かれている。
そこには、無残な現実が刻まれていた。
『真の聖女リリア様の奇跡を見たい:15%』
『予言の聖女マーリ様の宣告を聞きたい:85%』
「殿下……落ち着いてください。これはあくまで、一時的な流行のようなもので……」
側近の一人が震えながらなだめるが、ジュリアン殿下の顔は怒りで青紫色に変色している。
「一時的だと!? 私の婚約者でありながら、不気味な言動で周囲を惑わすあのような女に、これほど多くの期待が集まっているというのか!」
「で、でも殿下。マーリ様のアドバイスで、騎士団の訓練効率が三倍になったとか、魔導師たちが実験の失敗を未然に防げるようになったとか、そんな噂が絶えなくて……」
「それはただの偶然だと言っているだろう! あいつは……あいつは、私の計算をすべて狂わせる!」
ジュリアン殿下は机を叩き、激しく肩を上下させた。
その傍らでは、リリア様が顔を覆って泣き崩れている。
……ように見えるが、ハンカチの隙間から見える瞳は、獲物を狙う蛇のように冷たい。
「ジュリアン様……。私、もう怖くて園遊会に出られませんわ。マーリ様に何をされるか……きっと、私の奇跡を呪いで書き換えてしまうに違いありません……!」
「リリア、泣かないでくれ。君の清らかな祈りが、あのような邪悪な女に負けるはずがない」
ジュリアン殿下は彼女を抱き寄せるが、その腕はかすかに震えていた。
彼もまた、心の奥底では理解し始めていたのだ。
マーリという女の「観察眼」……彼らが予言と呼ぶその力が、もはや無視できない影響力を持ち始めていることを。
「……こうなれば、園遊会を待たずに引導を渡してやる。あいつの『予言』が、単なるペテンであることを衆人環視の中で証明してやるのだ」
ジュリアン殿下は、歪んだ笑みを浮かべて側近に命じた。
「マーリを呼び出せ。中庭の、あの『開かずの門』の前だ。そこで、彼女に神聖な審判を受けさせてやる」
---
「……呼び出し? 殿下が私を?」
私は、差し出された封筒をじっと観察した。
封蝋の形。紙の繊維の毛羽立ち。そして、配達した使いの少年の、不自然に泳ぐ視線。
「マーリ様、行かない方がよろしいかと。あの門の近くは、最近地盤が緩んでいるという噂です」
隣でサイラス様が、興味深そうに私の反応をメモしている。
「地盤ではなく、門の蝶番が錆びきっていて、強い衝撃を与えれば倒れるように細工されているようですわね。……あと、使いの彼。左のポケットに、門を引き倒すためのワイヤーの端を隠していますわ」
「ひっ……!?」
使いの少年が悲鳴を上げて逃げ出していった。
「……相変わらず、容赦ない観察眼だね。罠だと分かっていて、どうするんだい?」
「もちろん、行きますわよ。殿下が直々に、私の隠居資金を増やすための『材料』を提供してくださるというのですから」
私は優雅に立ち上がり、中庭へと向かった。
そこには、ジュリアン殿下とリリア様、そして多くの生徒たちが集まっていた。
どうやら「予言の聖女」の化けの皮を剥ぐという名目で、見物人を集めたらしい。
「来たか、マーリ! そこへ直れ!」
ジュリアン殿下が、古びた大きな石門を背にして立っていた。
「この門は、かつて建国の王が神の託宣を受けたと言われる聖なる門だ。真実を語る者が通れば開かれ、偽り者が通れば……その身を拒むと言われている」
「ただの錆びた門ですわよ、殿下。それより、その背後でワイヤーを握っている騎士の方々に、手を離すよう仰った方がよろしいかと」
「なっ……何をデタラメを! さあ、通ってみせろ! もし門が倒れれば、お前が偽物である証拠。その場で婚約破棄を受け入れ、国外追放を申し渡す!」
私は溜息をつき、一歩、門に向かって踏み出した。
周囲の生徒たちが固唾を呑んで見守る。
リリア様が、隠し持った笛を吹こうと唇を尖らせた。その笛の音こそが、潜伏している騎士たちへの合図だろう。
私は立ち止まり、門の構造と風の向き、そして足元の石畳の角度を計算した。
「殿下。その門を通る前に、一つだけ助言を」
「黙れ! 予言など聞かん!」
「いえ、予言ではなく忠告です。今、貴方の右足が踏んでいる石板……それは門の土台を支える楔(くさび)と連動しています。その位置で大声を出すと、振動で門が――」
「ええい、うるさい! お前は今すぐ消え――」
ジュリアン殿下が力強く地面を踏みしめ、私を指差した瞬間。
ギィィィィィ……。
不気味な金属音が響き、巨大な石門がゆっくりと、しかし確実に傾き始めた。
しかも、私の方ではなく。
「……あ」
「……え?」
ジュリアン殿下が頭上を見上げた。
そこには、自分に向かって倒れてくる数トンの石塊があった。
「で、殿下ぁぁぁーーー!!」
側近たちが絶叫する。
私は無感情に、その結末を眺めていた。
「……あと三秒、右へ飛び退けば助かりますわよ。あ、もう二秒ですわ」
ドォォォォォンッ!!
凄まじい地響きと共に、砂塵が舞い上がった。
「ジュリアン様!?」
リリア様が悲鳴を上げる。
砂埃が晴れると、そこには……。
門の隙間に絶妙に挟まり、服の裾を地面に縫い付けられた状態で、カエルのように這いつくばるジュリアン殿下の姿があった。
「……殿下。だから、そこは地盤が緩んでいると言いましたのに」
私は、塵一つついていないドレスを翻し、呆然とする生徒たちに向かって告げた。
「皆様、ご覧の通りですわ。門は私を拒まず、むしろ殿下を優しく(?)包み込みました。これこそが、神の審判……というものですわね」
「ま、マーリ様……! やはり本物の聖女だ!」
「殿下の身代わりになって、門の怒りを鎮めたんだわ!」
勝手な解釈で、生徒たちが次々と跪いていく。
一方、地面に張り付いたままのジュリアン殿下は、屈辱で顔を真っ赤にしながら震えていた。
「……お、おのれ……マーリ……! 覚えておけよ……!」
「はい。その破れた上着の修理代も、慰謝料に加算しておきますわね」
私は微笑んで、その場を後にした。
焦れば焦るほど、彼は私の手の平の上で踊り続けることになる。
園遊会まで、あと二日。
いよいよ、すべての清算をする時が近づいていた。
学園の生徒会室。
ジュリアン殿下の怒号が、壁の肖像画を震わせていた。
彼の目の前には、園遊会に向けた「期待度調査」の集計結果が置かれている。
そこには、無残な現実が刻まれていた。
『真の聖女リリア様の奇跡を見たい:15%』
『予言の聖女マーリ様の宣告を聞きたい:85%』
「殿下……落ち着いてください。これはあくまで、一時的な流行のようなもので……」
側近の一人が震えながらなだめるが、ジュリアン殿下の顔は怒りで青紫色に変色している。
「一時的だと!? 私の婚約者でありながら、不気味な言動で周囲を惑わすあのような女に、これほど多くの期待が集まっているというのか!」
「で、でも殿下。マーリ様のアドバイスで、騎士団の訓練効率が三倍になったとか、魔導師たちが実験の失敗を未然に防げるようになったとか、そんな噂が絶えなくて……」
「それはただの偶然だと言っているだろう! あいつは……あいつは、私の計算をすべて狂わせる!」
ジュリアン殿下は机を叩き、激しく肩を上下させた。
その傍らでは、リリア様が顔を覆って泣き崩れている。
……ように見えるが、ハンカチの隙間から見える瞳は、獲物を狙う蛇のように冷たい。
「ジュリアン様……。私、もう怖くて園遊会に出られませんわ。マーリ様に何をされるか……きっと、私の奇跡を呪いで書き換えてしまうに違いありません……!」
「リリア、泣かないでくれ。君の清らかな祈りが、あのような邪悪な女に負けるはずがない」
ジュリアン殿下は彼女を抱き寄せるが、その腕はかすかに震えていた。
彼もまた、心の奥底では理解し始めていたのだ。
マーリという女の「観察眼」……彼らが予言と呼ぶその力が、もはや無視できない影響力を持ち始めていることを。
「……こうなれば、園遊会を待たずに引導を渡してやる。あいつの『予言』が、単なるペテンであることを衆人環視の中で証明してやるのだ」
ジュリアン殿下は、歪んだ笑みを浮かべて側近に命じた。
「マーリを呼び出せ。中庭の、あの『開かずの門』の前だ。そこで、彼女に神聖な審判を受けさせてやる」
---
「……呼び出し? 殿下が私を?」
私は、差し出された封筒をじっと観察した。
封蝋の形。紙の繊維の毛羽立ち。そして、配達した使いの少年の、不自然に泳ぐ視線。
「マーリ様、行かない方がよろしいかと。あの門の近くは、最近地盤が緩んでいるという噂です」
隣でサイラス様が、興味深そうに私の反応をメモしている。
「地盤ではなく、門の蝶番が錆びきっていて、強い衝撃を与えれば倒れるように細工されているようですわね。……あと、使いの彼。左のポケットに、門を引き倒すためのワイヤーの端を隠していますわ」
「ひっ……!?」
使いの少年が悲鳴を上げて逃げ出していった。
「……相変わらず、容赦ない観察眼だね。罠だと分かっていて、どうするんだい?」
「もちろん、行きますわよ。殿下が直々に、私の隠居資金を増やすための『材料』を提供してくださるというのですから」
私は優雅に立ち上がり、中庭へと向かった。
そこには、ジュリアン殿下とリリア様、そして多くの生徒たちが集まっていた。
どうやら「予言の聖女」の化けの皮を剥ぐという名目で、見物人を集めたらしい。
「来たか、マーリ! そこへ直れ!」
ジュリアン殿下が、古びた大きな石門を背にして立っていた。
「この門は、かつて建国の王が神の託宣を受けたと言われる聖なる門だ。真実を語る者が通れば開かれ、偽り者が通れば……その身を拒むと言われている」
「ただの錆びた門ですわよ、殿下。それより、その背後でワイヤーを握っている騎士の方々に、手を離すよう仰った方がよろしいかと」
「なっ……何をデタラメを! さあ、通ってみせろ! もし門が倒れれば、お前が偽物である証拠。その場で婚約破棄を受け入れ、国外追放を申し渡す!」
私は溜息をつき、一歩、門に向かって踏み出した。
周囲の生徒たちが固唾を呑んで見守る。
リリア様が、隠し持った笛を吹こうと唇を尖らせた。その笛の音こそが、潜伏している騎士たちへの合図だろう。
私は立ち止まり、門の構造と風の向き、そして足元の石畳の角度を計算した。
「殿下。その門を通る前に、一つだけ助言を」
「黙れ! 予言など聞かん!」
「いえ、予言ではなく忠告です。今、貴方の右足が踏んでいる石板……それは門の土台を支える楔(くさび)と連動しています。その位置で大声を出すと、振動で門が――」
「ええい、うるさい! お前は今すぐ消え――」
ジュリアン殿下が力強く地面を踏みしめ、私を指差した瞬間。
ギィィィィィ……。
不気味な金属音が響き、巨大な石門がゆっくりと、しかし確実に傾き始めた。
しかも、私の方ではなく。
「……あ」
「……え?」
ジュリアン殿下が頭上を見上げた。
そこには、自分に向かって倒れてくる数トンの石塊があった。
「で、殿下ぁぁぁーーー!!」
側近たちが絶叫する。
私は無感情に、その結末を眺めていた。
「……あと三秒、右へ飛び退けば助かりますわよ。あ、もう二秒ですわ」
ドォォォォォンッ!!
凄まじい地響きと共に、砂塵が舞い上がった。
「ジュリアン様!?」
リリア様が悲鳴を上げる。
砂埃が晴れると、そこには……。
門の隙間に絶妙に挟まり、服の裾を地面に縫い付けられた状態で、カエルのように這いつくばるジュリアン殿下の姿があった。
「……殿下。だから、そこは地盤が緩んでいると言いましたのに」
私は、塵一つついていないドレスを翻し、呆然とする生徒たちに向かって告げた。
「皆様、ご覧の通りですわ。門は私を拒まず、むしろ殿下を優しく(?)包み込みました。これこそが、神の審判……というものですわね」
「ま、マーリ様……! やはり本物の聖女だ!」
「殿下の身代わりになって、門の怒りを鎮めたんだわ!」
勝手な解釈で、生徒たちが次々と跪いていく。
一方、地面に張り付いたままのジュリアン殿下は、屈辱で顔を真っ赤にしながら震えていた。
「……お、おのれ……マーリ……! 覚えておけよ……!」
「はい。その破れた上着の修理代も、慰謝料に加算しておきますわね」
私は微笑んで、その場を後にした。
焦れば焦るほど、彼は私の手の平の上で踊り続けることになる。
園遊会まで、あと二日。
いよいよ、すべての清算をする時が近づいていた。
1
あなたにおすすめの小説
旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?
白雲八鈴
恋愛
我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。
離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?
あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。
私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
何か、勘違いしてません?
シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。
マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。
それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。
しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく…
※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。
第一王子様は妹の事しか見えていないようなので、私は婚約破棄でも一向に構いませんよ?
睡蓮
恋愛
ルーザ第一王子は貴族令嬢のミラとの婚約を果たしていたが、彼は自身の妹であるマーマリアの事を盲目的に溺愛していた。それゆえに、マーマリアがミラからいじめられたという話をでっちあげてはルーザに泣きつき、ルーザはミラの事を叱責するという日々が続いていた。そんなある日、ついにルーザはミラの事を婚約破棄の上で追放することを決意する。それが自分の王国を崩壊させる第一歩になるとも知らず…。
これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?
桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。
生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。
(……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)
侯爵様、その溺愛は違います!
みおな
恋愛
私、レティシア・ダイアンサス伯爵令嬢は現在岐路に立たされている。
何故か、王太子殿下から執着され、婚約の打診を受けそうになる。
ちなみに家族は、私よりも妹が相応しいと言ってはいるし、私的には喜んで譲ってあげたい。
が!どうにも婚約は避けられなさそうだし、婚約者のチェンジも無理の様子。
そこで私は、苦肉の策に出ることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる