婚約破棄。予言なんて不吉なこと、言わないでいただけます?

ちゅんりー

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「……いい加減にしないと、本当の本当に手遅れになるわ」


私は学園の寮の自室で、鏡に向かって深く溜息をついた。


昨日の「門の自爆事件」以来、学園内での私の呼び名は『予言の聖女』から『因果律を統べる女神』へと格上げされていた。
女神って何。私はただの、物理法則と人間心理に詳しいだけの侯爵令嬢よ。


「今日こそは、皆の目を覚まさせてあげるわ。私がただの『普通の人』であることを証明して回るのよ」


私は固く決意し、まずは学生食堂へと向かった。
そこは、噂の震源地になりやすい場所だ。


「あら、マーリ様! 今日も世界は平和でしょうか?」


席に着くなり、面識のない令嬢たちが目を輝かせて駆け寄ってきた。
私は努めて穏やかに、そして「普通」を装って微笑んだ。


「ええ、平和ですわ。……それより皆様、誤解を解かせてください。私は未来が見えるわけではなく、単に皆様の挙動から予測をしているだけなのです」


「まあ! 『挙動から予測』……つまり、私たちの運命の鼓動を読み取っていらっしゃると!?」


「違います。例えばそちらの貴女、昨夜は深夜まで試験勉強をなさいましたね? 目の下に微かな隈がありますし、指先にインクが薄く残っていますもの」


私は「誰でも気づくこと」を例に挙げた。
これで「なーんだ、そんなことか」と思わせる作戦だ。


しかし、令嬢たちは顔を見合わせ、感動に打ち震え始めた。


「……素晴らしいわ。努力の跡という『過去』を読み取ることで、試験合格という『未来』を祝福してくださったのね!」


「マーリ様! 私、勇気が湧いてきましたわ!」


「……話を聞いてくださる?」


私の意図とは裏腹に、彼女たちは「過去視までできるのか!」と勝手に解釈を広げて立ち去っていった。


ダメだ、食堂は攻略難易度が高すぎる。
次は、一番の被害者(?)であるセドリック様のところへ行こう。


「師匠! 今日こそは俺の『三日後の朝食』を予言してください!」


訓練場で素振りをしていたセドリック様が、汗を飛び散らせながら駆け寄ってきた。


「セドリック様、落ち着きなさいな。……いいですか、私は師匠ではありません。昨日の門の件だって、単に地盤の緩みと殿下の踏み込みが重なっただけ。ただの物理現象なんです」


「物理? ああ、神の理(ことわり)をそう呼ぶのですな! 深い……深すぎるぞ師匠!」


「話を聞けと言っているでしょう! いいですか、私は魔法も使えませんし、奇跡も起こせません。転びそうな人がいたら『転ぶわよ』と言う。それだけの、つまらない人間なんです」


「……なるほど。あえて『つまらない』と自称することで、己の力を誇示しない……その謙虚さ! 俺、一生ついていく決心が固まりました!」


セドリック様は感極まって、訓練場の地面に頭を擦り付けた。
……この筋肉、会話のキャッチボールが成立しないわ。


絶望的な気分で歩いていると、図書室からサイラス様がヌッと現れた。


「やあ、マーリ。今日は各所で『普通の人宣言』をして回っているらしいね。実に見事な大衆扇動術だ」


「扇動なんてしていませんわ! 私は本気で、このバカげた噂を止めたいんですの!」


「その焦燥感、乱れた呼吸……。なるほど、君は『普通』を演じることで、観測者の意識を逸らし、裏でより巨大な因果を操ろうとしているんだね」


サイラス様は、熱心に手帳を走らせている。


「……サイラス様、貴方だけは理性的だと思っていたのに」


「僕は常に理性的だよ。……いいかい、マーリ。君が『私は普通だ』と言えば言うほど、周囲は君の背後に見えない『巨大な真実』を感じ取ってしまう。……ああ、その嫌そうな顔。それこそが真の叡智に至った者の表情だ!」


「もう嫌だ、この学園……!」


私は頭を抱えて走り出した。
どこへ行っても、何を言っても、私の言葉は「神のお告げ」として翻訳されてしまう。


ふと見ると、中庭の端でジュリアン様とリリア様が、怯えたような目で私を見ていた。


「……こ、来るな! 不気味な女め! これ以上、私に呪いをかけるな!」


「殿下……誤解ですわ。私はただ、皆様と普通に接したいだけで……」


「ひぃっ!? 今、私のスカートの裾を見たわね! そこに何か呪いを仕掛けたんでしょう!?」


リリア様は悲鳴を上げて、ジュリアン様の背後に隠れた。
……いや、単に裾が少しほつれているのを指摘しようとしただけなんだけれど。


「……もういいです。勝手になさいな」


私は投げやりに言い捨てて、自分の部屋へと戻った。


翌朝。
学園の掲示板には、さらなる衝撃の噂が張り出されていた。


『マーリ様、慈悲深き沈黙へ。……自らの力を誇示せず、凡夫の振る舞いを見せることで、私たちに「日常の尊さ」を説いてくださった……』


「…………」


私はその掲示を無言で破り捨てた。


もはや、言葉での説得は不可能だ。
この狂った状況を打破するには、もう、あのイベントしかない。


「……園遊会よ」


私は、自室の机に置かれた慰謝料の計算書をギュッと握りしめた。


「あの日、皆の前でジュリアン殿下の不貞とリリア様のペテンを完膚なきまでに暴く。……そうすれば、『聖女』としての評価は地に落ちて、私は『恐ろしい復讐者』になれるはずよ!」


復讐者になれば、誰も私を聖女だなんて呼ばない。
怖がられて、遠ざけられて、私は念願の「独り隠居生活」を手に入れるのだ。


……その「復讐」すらも、周囲には「正義の鉄槌」として崇められる未来が待っていることに、今の私はまだ気づいていなかった。
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