24 / 28
24
しおりを挟む
「……はぁ。湖の対岸から、不吉な金の刺繍を施した高速馬車が近づいてくるのが見えますわ」
別荘のテラスで、私は優雅に……ではなく、絶望的な気分で遠くの砂煙を眺めていた。
その馬車の紋章、そして御者の焦り方。
間違いなく、王宮からの『公式な謝罪と面倒な勧誘』の使者ですわね。
「師匠! 聞きましたぞ! あの偽聖女リリア、ついに白状したそうですな!」
庭に巨大な落とし穴(本人いわく、敵襲用の防壁)を掘っていたセドリック様が、泥だらけの顔を上げて叫んだ。
「……セドリック様。その穴、掘りすぎて地下水が湧き出していますわよ。あと三秒で、貴方の足元が底なし沼になりますわ」
「なっ……!? ぬおっ、本当だ! 吸い込まれるーーー! 助けてくれ師匠ーーー!」
私は沈みゆく筋肉騎士を無視して、テラスに音もなく着地したサイラス様へと向き直った。
「……サイラス様。王都での尋問結果、貴方の耳には届いているのでしょう?」
「ああ。実に見ものだったよ。リリア……いや、『詐欺師の娘リリィ』は、バインに弱みを握られていただけではなく、自ら進んでこの国を混乱させ、宝石を盗み出そうとしていた」
「……詐欺師の娘、でしたのね。通りで、あの『聖女の奇跡』の仕込みに、妙な生活感があると思いましたわ」
サイラス様は、王宮からの報告書を魔法で私の前に浮かび上がらせた。
「彼女の告白によれば、マーリ、君が指摘した『小細工』はすべて事実だった。……それどころか、君が『何となく予言した』と言っていた数々の不吉な出来事まで、彼女が裏で仕組もうとしていたことと完璧に一致していたそうだ」
「……一致していた、ですって?」
「ああ。彼女が毒を盛ろうとした瞬間に、君が『お茶が濃い』と言ったり、彼女が爆弾を仕掛けた場所で君が『地盤が緩い』と言ったりね。……おかげで、教会と王家は今、君を『邪悪な予知者』ではなく『国を救う真の聖女』として、神聖化しようと躍起になっているよ」
「…………最悪ですわ」
私は頭を抱えた。
私の「観察」は、彼女の「犯罪」を未然に防ぎすぎてしまったらしい。
「リリアは今、地下牢で『あの女は人間じゃない、私の思考を物理的に盗み見ていた!』と発狂しているらしい。……でも、おかげで君の名声は、かつてないほど高まっている」
「……名声なんて、税金と義務が増えるだけのガラクタですわ。……あ、サイラス様。その報告書、端が少し焦げていますわね。王宮で誰かが、君の隣で怒りのあまり魔力を暴走させたのかしら?」
「……正解だ。ジュリアン殿下が、自分の愚かさをリリアに嘲笑されて、火球を放ちそうになっていたよ。……その殿下も、君に直接謝罪するために、今その馬車に乗っているようだね」
対岸から走ってきた馬車が、ついに別荘の門の前に止まった。
「マーリ! マーリ・侯爵令嬢! 中にいるのだろう!?」
馬車の扉を蹴破るようにして出てきたのは、全身を『反省の色』をアピールするための黒一色の衣装に包んだ、ジュリアン殿下だった。
「……殿下。そんなに勢いよく降りると、昨日の雨で緩んだ地面にヒールを……あ、一秒。はい、どうぞ」
ズボッ!!
「……ぐあああっ!? またか! また私の足を、大地が拒むのか……っ!」
「大地が拒んでいるのではなく、殿下の体重移動が下手なだけですわ。……さあ、御者の方。殿下を引きずり出して差し上げて。……あ、殿下。その手裏剣……いえ、宝石付きの勲章を差し出す準備をされているようですが、今の私の心拍数から見て、それは受け取らない確率が百パーセントですわよ」
「な……っ!? 謝罪の印として、君に『国家筆頭聖女』の称号を与えようと思ってきたのに!」
「お断りします。私は、ただの隠居した令嬢ですわ」
私は、ぬかるみにはまった殿下を冷たく見下ろした。
リリアの正体が暴かれ、私の正しさが証明された。
けれど、それは同時に、私の「平穏」に最大の敵――『国家の期待』が襲いかかってくることを意味していた。
「……セドリック様、サイラス様。そこにいる殿下を、全力で『物理的に』追い返してくださる?」
「お任せください、師匠! この泥沼に、さらに水を注入して鉄壁の障壁とします!」
「ふむ。殿下の絶望した顔を観測するのも、悪くない実験だね」
私は、再び騒がしくなった庭を見つめ、深いため息をついた。
「……予言しましょうか。私の隠居生活、これっぽっちも静かにならない予感がしますわ」
物理法則は、いつだって正しい。
そして私の観察によれば、この「ドタバタ劇」という名の因果律は、まだまだ終わりそうになかった。
別荘のテラスで、私は優雅に……ではなく、絶望的な気分で遠くの砂煙を眺めていた。
その馬車の紋章、そして御者の焦り方。
間違いなく、王宮からの『公式な謝罪と面倒な勧誘』の使者ですわね。
「師匠! 聞きましたぞ! あの偽聖女リリア、ついに白状したそうですな!」
庭に巨大な落とし穴(本人いわく、敵襲用の防壁)を掘っていたセドリック様が、泥だらけの顔を上げて叫んだ。
「……セドリック様。その穴、掘りすぎて地下水が湧き出していますわよ。あと三秒で、貴方の足元が底なし沼になりますわ」
「なっ……!? ぬおっ、本当だ! 吸い込まれるーーー! 助けてくれ師匠ーーー!」
私は沈みゆく筋肉騎士を無視して、テラスに音もなく着地したサイラス様へと向き直った。
「……サイラス様。王都での尋問結果、貴方の耳には届いているのでしょう?」
「ああ。実に見ものだったよ。リリア……いや、『詐欺師の娘リリィ』は、バインに弱みを握られていただけではなく、自ら進んでこの国を混乱させ、宝石を盗み出そうとしていた」
「……詐欺師の娘、でしたのね。通りで、あの『聖女の奇跡』の仕込みに、妙な生活感があると思いましたわ」
サイラス様は、王宮からの報告書を魔法で私の前に浮かび上がらせた。
「彼女の告白によれば、マーリ、君が指摘した『小細工』はすべて事実だった。……それどころか、君が『何となく予言した』と言っていた数々の不吉な出来事まで、彼女が裏で仕組もうとしていたことと完璧に一致していたそうだ」
「……一致していた、ですって?」
「ああ。彼女が毒を盛ろうとした瞬間に、君が『お茶が濃い』と言ったり、彼女が爆弾を仕掛けた場所で君が『地盤が緩い』と言ったりね。……おかげで、教会と王家は今、君を『邪悪な予知者』ではなく『国を救う真の聖女』として、神聖化しようと躍起になっているよ」
「…………最悪ですわ」
私は頭を抱えた。
私の「観察」は、彼女の「犯罪」を未然に防ぎすぎてしまったらしい。
「リリアは今、地下牢で『あの女は人間じゃない、私の思考を物理的に盗み見ていた!』と発狂しているらしい。……でも、おかげで君の名声は、かつてないほど高まっている」
「……名声なんて、税金と義務が増えるだけのガラクタですわ。……あ、サイラス様。その報告書、端が少し焦げていますわね。王宮で誰かが、君の隣で怒りのあまり魔力を暴走させたのかしら?」
「……正解だ。ジュリアン殿下が、自分の愚かさをリリアに嘲笑されて、火球を放ちそうになっていたよ。……その殿下も、君に直接謝罪するために、今その馬車に乗っているようだね」
対岸から走ってきた馬車が、ついに別荘の門の前に止まった。
「マーリ! マーリ・侯爵令嬢! 中にいるのだろう!?」
馬車の扉を蹴破るようにして出てきたのは、全身を『反省の色』をアピールするための黒一色の衣装に包んだ、ジュリアン殿下だった。
「……殿下。そんなに勢いよく降りると、昨日の雨で緩んだ地面にヒールを……あ、一秒。はい、どうぞ」
ズボッ!!
「……ぐあああっ!? またか! また私の足を、大地が拒むのか……っ!」
「大地が拒んでいるのではなく、殿下の体重移動が下手なだけですわ。……さあ、御者の方。殿下を引きずり出して差し上げて。……あ、殿下。その手裏剣……いえ、宝石付きの勲章を差し出す準備をされているようですが、今の私の心拍数から見て、それは受け取らない確率が百パーセントですわよ」
「な……っ!? 謝罪の印として、君に『国家筆頭聖女』の称号を与えようと思ってきたのに!」
「お断りします。私は、ただの隠居した令嬢ですわ」
私は、ぬかるみにはまった殿下を冷たく見下ろした。
リリアの正体が暴かれ、私の正しさが証明された。
けれど、それは同時に、私の「平穏」に最大の敵――『国家の期待』が襲いかかってくることを意味していた。
「……セドリック様、サイラス様。そこにいる殿下を、全力で『物理的に』追い返してくださる?」
「お任せください、師匠! この泥沼に、さらに水を注入して鉄壁の障壁とします!」
「ふむ。殿下の絶望した顔を観測するのも、悪くない実験だね」
私は、再び騒がしくなった庭を見つめ、深いため息をついた。
「……予言しましょうか。私の隠居生活、これっぽっちも静かにならない予感がしますわ」
物理法則は、いつだって正しい。
そして私の観察によれば、この「ドタバタ劇」という名の因果律は、まだまだ終わりそうになかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる