婚約破棄。予言なんて不吉なこと、言わないでいただけます?

ちゅんりー

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「……はぁ。湖の対岸から、不吉な金の刺繍を施した高速馬車が近づいてくるのが見えますわ」


別荘のテラスで、私は優雅に……ではなく、絶望的な気分で遠くの砂煙を眺めていた。


その馬車の紋章、そして御者の焦り方。
間違いなく、王宮からの『公式な謝罪と面倒な勧誘』の使者ですわね。


「師匠! 聞きましたぞ! あの偽聖女リリア、ついに白状したそうですな!」


庭に巨大な落とし穴(本人いわく、敵襲用の防壁)を掘っていたセドリック様が、泥だらけの顔を上げて叫んだ。


「……セドリック様。その穴、掘りすぎて地下水が湧き出していますわよ。あと三秒で、貴方の足元が底なし沼になりますわ」


「なっ……!? ぬおっ、本当だ! 吸い込まれるーーー! 助けてくれ師匠ーーー!」


私は沈みゆく筋肉騎士を無視して、テラスに音もなく着地したサイラス様へと向き直った。


「……サイラス様。王都での尋問結果、貴方の耳には届いているのでしょう?」


「ああ。実に見ものだったよ。リリア……いや、『詐欺師の娘リリィ』は、バインに弱みを握られていただけではなく、自ら進んでこの国を混乱させ、宝石を盗み出そうとしていた」


「……詐欺師の娘、でしたのね。通りで、あの『聖女の奇跡』の仕込みに、妙な生活感があると思いましたわ」


サイラス様は、王宮からの報告書を魔法で私の前に浮かび上がらせた。


「彼女の告白によれば、マーリ、君が指摘した『小細工』はすべて事実だった。……それどころか、君が『何となく予言した』と言っていた数々の不吉な出来事まで、彼女が裏で仕組もうとしていたことと完璧に一致していたそうだ」


「……一致していた、ですって?」


「ああ。彼女が毒を盛ろうとした瞬間に、君が『お茶が濃い』と言ったり、彼女が爆弾を仕掛けた場所で君が『地盤が緩い』と言ったりね。……おかげで、教会と王家は今、君を『邪悪な予知者』ではなく『国を救う真の聖女』として、神聖化しようと躍起になっているよ」


「…………最悪ですわ」


私は頭を抱えた。
私の「観察」は、彼女の「犯罪」を未然に防ぎすぎてしまったらしい。


「リリアは今、地下牢で『あの女は人間じゃない、私の思考を物理的に盗み見ていた!』と発狂しているらしい。……でも、おかげで君の名声は、かつてないほど高まっている」


「……名声なんて、税金と義務が増えるだけのガラクタですわ。……あ、サイラス様。その報告書、端が少し焦げていますわね。王宮で誰かが、君の隣で怒りのあまり魔力を暴走させたのかしら?」


「……正解だ。ジュリアン殿下が、自分の愚かさをリリアに嘲笑されて、火球を放ちそうになっていたよ。……その殿下も、君に直接謝罪するために、今その馬車に乗っているようだね」


対岸から走ってきた馬車が、ついに別荘の門の前に止まった。


「マーリ! マーリ・侯爵令嬢! 中にいるのだろう!?」


馬車の扉を蹴破るようにして出てきたのは、全身を『反省の色』をアピールするための黒一色の衣装に包んだ、ジュリアン殿下だった。


「……殿下。そんなに勢いよく降りると、昨日の雨で緩んだ地面にヒールを……あ、一秒。はい、どうぞ」


ズボッ!!


「……ぐあああっ!? またか! また私の足を、大地が拒むのか……っ!」


「大地が拒んでいるのではなく、殿下の体重移動が下手なだけですわ。……さあ、御者の方。殿下を引きずり出して差し上げて。……あ、殿下。その手裏剣……いえ、宝石付きの勲章を差し出す準備をされているようですが、今の私の心拍数から見て、それは受け取らない確率が百パーセントですわよ」


「な……っ!? 謝罪の印として、君に『国家筆頭聖女』の称号を与えようと思ってきたのに!」


「お断りします。私は、ただの隠居した令嬢ですわ」


私は、ぬかるみにはまった殿下を冷たく見下ろした。


リリアの正体が暴かれ、私の正しさが証明された。
けれど、それは同時に、私の「平穏」に最大の敵――『国家の期待』が襲いかかってくることを意味していた。


「……セドリック様、サイラス様。そこにいる殿下を、全力で『物理的に』追い返してくださる?」


「お任せください、師匠! この泥沼に、さらに水を注入して鉄壁の障壁とします!」


「ふむ。殿下の絶望した顔を観測するのも、悪くない実験だね」


私は、再び騒がしくなった庭を見つめ、深いため息をついた。


「……予言しましょうか。私の隠居生活、これっぽっちも静かにならない予感がしますわ」


物理法則は、いつだって正しい。
そして私の観察によれば、この「ドタバタ劇」という名の因果律は、まだまだ終わりそうになかった。
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