婚約破棄。予言なんて不吉なこと、言わないでいただけます?

ちゅんりー

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「……いい。今度こそ、本当の、本当の、本当の……本当のことを話して、すべての誤解を解きますわ」


私は別荘の書斎で、目の前の男に向かって力強く宣言した。


男の名はパスカン。王宮から派遣された記録官だ。
彼は、私が「どうやって奇跡を起こしているのか」を公式記録(正史)に残すべく、羽根ペンを構えて待機している。


「はい、マーリ様。その『叡智の言葉』、一言一句漏らさず書き留めます。さあ、まずは先ほど、飛んできた矢を避けた時の神託からお聞かせください」


「神託ではありませんわ! あちらの茂みからセドリック様が、訓練用矢の弦を引き絞る『ギギギ』という音を立てていたからです。あと、風切り音で速度と角度を計算しただけですわ」


私は必死に、物理的な根拠を並べ立てた。
しかし、パスカンの羽根ペンは、何やらキラキラした文字を紙に刻んでいる。


「……ふむ。『聖女、天からの微かな律動(ギギギ)を聞き取り、因果の矢を無に帰す』。……素晴らしい。実に詩的です」


「詩的にしないで! 事実を書いてくださいな!」


「事実ですよ。貴女が『理(ことわり)』を読み取ったという。……では、次です。サイラス様が床に仕掛けた『不可視の罠』を、目隠しをしながら回避した件について」


私は深いため息を吐き、自分のこめかみを押さえた。


「……あれは、床のワックスの光沢が、そこだけ不自然に『くすんで』いたからです。サイラス様が何かを設置する際、靴の裏の汚れが付着したのでしょう。目隠しをしていても、彼の靴から漂う『古い図書館の埃の匂い』が左側からしたから、そちらに何かあると察しただけですわ」


「……なるほど。『聖女、視覚を封じられてなお、地の汚れ(くすみ)と太古の叡智の香り(埃)を感じ取り、邪悪なる術を退ける』。……これは民衆が泣きますな」


「泣かないで! 私が泣きたいですわ!」


私が机を叩くと、パスカンは「おお、これが聖女の慈悲深き憤りか」と、さらに熱心にペンを走らせた。
もはや、この男の脳内では私の発言すべてが「聖女語」に自動翻訳されているらしい。


「師匠! パスカン殿の記録、順調ですな! 俺も、師匠が毎日食べているクロワッサンの層の数に、国家安泰の秘策が隠されていると証言しておきましたぞ!」


「セドリック様。……余計なことを言わないで。あれは単に、近所のパン屋のおじさんの体調によって、折り込み回数が変わるだけですわ。今日のは層が厚かったから、おじさんの腰痛が少しマシになったのでしょう」


「『パンの層に民の健康を映し出す、慈愛の鏡』……! マーリ、君の観察眼はもはや社会保障の域に達しているね」


窓から逆さまにぶら下がったサイラス様が、感極まったように溜息をついた。


「お二人とも。……いいですか。私は、魔法も、奇跡も、神託も、一切使えません。ただの、よく周りを見ているだけの……少し性格の暗い令嬢なんです。それだけを、国中に伝えてくださる?」


私はパスカンを真っ直ぐに見据えた。
今度こそ、真面目な顔で。


「私は聖女ではありません。ただのマーリです。……もしこの記録に嘘を書くなら、私は一生、別荘の鍵を閉めて引き籠もりますわよ」


パスカンのペンが止まった。
彼は眼鏡を押し上げ、深く頷いた。


「……承知いたしました。マーリ様。貴女のその『真実』を、ありのままに記述いたします」


「……分かってくださったのね?」


私はようやく、胸のつかえが降りるのを感じた。
ああ、これでようやく、普通の令嬢として平穏に暮らせる。


翌週。
王都の掲示板には、パスカンが執筆した『聖女の奇跡・別荘篇』が張り出された。


『聖女、自らを「普通」と称する究極の謙遜を見せる。……その高潔なる魂は、己の力を誇示することなく、ただ「周囲を見る」という至高の愛をもって世界を救わんとす。……全知なるマーリ様、人界に降り立つ……』


「…………」


私は、新聞を握りつぶして湖の底へ投げ捨てた。


「……ねえ、サイラス様。物理的に、あの記録官のペンを折る方法を教えてくださる?」


「無駄だよマーリ。君が否定すればするほど、世界はそれを『新たな奇跡』として補完してしまうんだ。……君という物理法則は、もう誰にも変えられない」


「師匠! 王都からファンクラブの会員が、この湖を聖地巡礼しに来るそうですぞ!」


私の別荘の周りに、物理的な「人の波」という名の巨大な因果が押し寄せてくるのが見えた。


「……予言しましょうか。……私の人生、一生こうやって『勘違い』に追いかけ回されるんですわ。……ああ、もう、勝手になさいな!」


私は、別荘の地下室に「物理的な避難所」を建設するための設計図を広げた。
……もちろん、その設計図すらも、後に『新世界の聖典』として語り継がれることになるのを、今の私はまだ知らなかった。
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