婚約破棄ですか? 結構です。慰謝料代わりに「魔物が湧く不毛の地」をください。

ちゅんりー

文字の大きさ
10 / 29

10

しおりを挟む
「ひ、ひぃぃぃッ! な、なんだこの化け物はぁッ!?」

リゾートの正門(建設中)の前で、情けない悲鳴が上がった。

声の主は、小太りの男だ。

脂ぎった額に汗を浮かべ、腰を抜かしている。

彼の目の前に立ちはだかっているのは、我がリゾートの警備主任、フレイムボアのトンカツだ。

ただし、今の彼はただの魔物ではない。

首元に、私が余ったカーテンの布で作った「蝶ネクタイ」を装着しているのだ。

「ブヒッ(ようこそ、パスポートを見せな)」

トンカツが鼻を鳴らし、男の顔を覗き込む。

「た、食べられる……! 私は食べられるために来たんじゃない! ランカスター公爵家の使いだぞ!」

男がわめき散らしているところに、私とリュカが到着した。

「おや、騒がしいですね。トンカツ、お客様を怖がらせてはダメよ。笑顔、笑顔」

「ブヒィ(ニィッ)」

トンカツが器用に牙を剥き出しにして笑う(威嚇にしか見えない)。

男はさらに顔を青くして後ずさった。

「し、シスイ様……!? 生きておられたのですか!?」

男が私を見て、ぎょっとしたように目を剥いた。

私は扇子を優雅に広げ、口元を隠した。

「あら、どなたかと思えば。実家に出入りしていた御用商人のガストンではありませんか。お久しぶりですわね」

「ば、馬鹿な……。そのドレス、その肌艶……。野垂れ死んでいるという報告とはまるで違う……」

ガストンは信じられないものを見る目で私を凝視した。

無理もない。

今の私は、先ほどのエステ効果で肌が発光せんばかりに輝いている。

ドレスも、マジックバッグに隠しておいた勝負服だ。

荒野の難民キャンプを想像していただろう彼にとって、私の姿は幽霊よりも現実味がなかったらしい。

「それで? 父が私に何の用でしょう? まさか、今更『帰ってこい』なんて泣き言ではないでしょうね?」

「い、いえ! 滅相もない!」

ガストンは慌てて立ち上がり、揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべた。

「公爵閣下は、シスイ様がこの不毛の地で飢えているのではないかと、慈悲深いお心で心配されておりまして……。もし生活にお困りなら、この土地の権利書と引き換えに、帰りの馬車賃くらいは恵んでやれと」

「ほう」

隣で聞いていたリュカから、氷点下の殺気が漏れた。

ガストンが「ひっ」と縮み上がる。

「り、リュカ公爵閣下!? なぜここに!?」

「俺はこの土地の共同経営者だ。……おい、シスイ。こいつ、斬っていいか? 不快だ」

リュカが剣の柄に手をかける。

私はそれを扇子で制した。

「待ってください、閣下。斬るのはタダですが、死体処理にコストがかかります。それに、彼は『お客様』ですよ?」

私はにっこりと笑い、ガストンに向き直った。

「父の『慈悲』、痛み入りますわ。ですが、見ての通り生活には困っておりませんの」

「そ、そんな馬鹿な! ここは草一本生えない死の荒野でしょう!? 水は!? 食料は!?」

「百聞は一見に如かず。せっかくですから、ご案内いたしますわ。トンカツ、ゲートオープン!」

「ブヒィッ!」

トンカツが頭突きで仮設ゲートを押し開けた。

その向こうに広がる光景に、ガストンは絶句した。

「な……なんだ、これは……」

整然と敷き詰められた石畳の道。

左右には、美しく手入れされた(魔法で強制成長させた)植栽。

そして奥には、湯煙を上げる巨大な露天風呂と、建設中の壮麗なログハウス群。

「こ、ここが……荒野……?」

「ええ、私の楽園『リゾート・エデン』です。ちょうどプレオープンの準備中でしたの」

私はガストンを中へ招き入れた。

作業中の騎士たちが「いらっしゃいませー!」と元気よく挨拶をする。

スライムのプルンが、ぷるぷると跳ねながらお冷(レモン水)を運んでくる。

「ヒッ! スライム!?」

「スタッフです。襲いませんよ」

私はガストンをテラス席に座らせた。

そこからは、荒野の絶景と、湧き出る温泉が一望できる。

「さて、ガストン。あなたは商人として、この場所の価値がお分かりになりますよね?」

「……し、信じられん。温泉だと? それに、あの建物……希少な木材と石材をふんだんに使っている……」

ガストンの目が、商人のそれに変わった。

計算高い光。

「……シスイ様。公爵閣下には『シスイ様は悲惨な生活を送っていた』と報告しておきましょう」

「あら、なぜ?」

「その代わり、この温泉の独占販売権を私に……」

「お断りします」

私は即答した。

「えっ?」

「あなたは勘違いをしています。私はあなたと交渉をしているのではありません。『命令』をしているのです」

私はテーブルに肘をつき、ガストンの目を覗き込んだ。

「あなたは王都に戻り、ありのままを報告なさい。『シスイ様は、王族も羨むような優雅な生活を送っておられました』と」

「な、なぜです!? そんなことを言えば、公爵閣下や王太子殿下が黙っていないでしょう! 兵を差し向けてくるかもしれませんぞ!」

「それが狙いです」

私はニヤリと笑った。

「彼らが悔しがり、怒り狂い、そして『自分の目で確かめてやる』とここに来る。……それが、私の最高の宣伝(プロモーション)になるのですから」

王太子や高位貴族が動けば、世間の注目が集まる。

彼らがここに来て、私のリゾートの素晴らしさに圧倒されれば、その噂は瞬く間に国中に広がるだろう。

悪名は無名に勝る。

アンチこそが、最大の顧客になり得るのだ。

「……あ、悪魔だ。あなたは本物の悪魔だ……」

ガストンが震えながら呟いた。

「最高の褒め言葉です。さて、用件は済みましたね。お帰りはこちらです」

私は出口を指差した。

「ま、待ってください! せっかく来たのです、何か土産話でも……」

「ああ、そうでした。タダで帰すのもあれですね」

私は手を叩いた。

トンカツが、背中に大きな木箱を背負って現れた。

「これは、当リゾート特製の『荒野の温泉まんじゅう(試作品)』と『美肌の泥パックセット』です。特別価格、金貨十枚でお譲りしましょう」

「き、金貨十枚!? ぼったくりだ!」

「嫌なら買わなくても結構です。……ただし、帰りの道中、トンカツが『見送り』についていきますが、彼はお腹が空くと凶暴になる癖がありまして」

「ブヒィィィ……(グルルル)」

トンカツが、よだれを垂らしながらガストンの太ももを見つめた。

「か、買います! 買わせていただきますぅぅ!」

ガストンは泣きながら財布を取り出し、金貨を並べた。

「毎度あり。領収書は必要ですか? 『接待交際費』として落とすといいですよ」

「いりませんッ! 二度と来るかこんな所ッ!」

ガストンは木箱をひったくり、逃げるように馬車に飛び乗った。

砂煙を上げて去っていく彼を見送りながら、私は重くなった財布を振った。

「チャリーン。……よし、今日のランチ代ゲット」

「……お前、本当に容赦ないな」

一部始終を見ていたリュカが、呆れ半分、感心半分といった顔で呟いた。

「敵の偵察に来た相手から、金を巻き上げ、さらに宣伝マンとして利用するとは」

「資源の有効活用です。彼、良い顔でビビってくれましたから、王都での報告会も迫真の演技が期待できますよ」

私はリュカを見上げた。

「さあ閣下、これで賽は投げられました。王都の連中が動き出すのは時間の問題です。……迎撃(おもてなし)の準備を急ぎましょう」

「ああ。……望むところだ」

リュカが不敵に笑った。

その笑顔は、かつての冷徹な「氷の公爵」のものではなく、共犯者としての頼もしい相棒のものだった。

王都からの刺客を撃退(搾取)し、私たちは再び建設作業へと戻った。

リゾート完成まで、あとわずか。

そして、運命の「プレオープン」の日が近づいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛令嬢の学生生活はとことん甘やかされてます。

しろねこ。
恋愛
体の弱いミューズは小さい頃は別邸にて療養していた。 気候が穏やかで自然豊かな場所。 辺境地より少し街よりなだけの田舎町で過ごしていた。 走ったり遊んだりすることができない分ベッドにて本を読んで過ごす事が多かった。 そんな時に家族ぐるみで気さくに付き合うようになった人達が出来た。 夏の暑い時期だけ、こちらで過ごすようになったそうだ。 特に仲良くなったのが、ミューズと同い年のティタン。 藤色の髪をした体の大きな男の子だった。 彼はとても活発で運動大好き。 ミューズと一緒に遊べる訳では無いが、お話はしたい。 ティタンは何かと理由をつけて話をしてるうちに、次第に心惹かれ……。 幼馴染という設定で、書き始めました。 ハピエンと甘々で書いてます。 同名キャラで複数の作品を執筆していますが、アナザーワールド的にお楽しみ頂ければと思います。 設定被ってるところもありますが、少々差異もあります。 お好みの作品が一つでもあれば、幸いです(*´ω`*) ※カクヨムさんでも投稿中

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

婚約破棄されて自由になったので、辺境で薬師になったら最強騎士に溺愛されました

有賀冬馬
恋愛
「愛想がないから妹と結婚する」と言われ、理不尽に婚約破棄されたクラリス。 貴族のしがらみも愛想笑いもこりごりです! 失意どころか自由を手にした彼女は、辺境の地で薬師として新たな人生を始めます。 辺境で薬師として働く中で出会ったのは、強くて優しい無骨な騎士・オリヴァー。誠実で不器用な彼にどんどん惹かれていき…… 「お前が笑ってくれるなら、それだけでいい」 不器用なふたりの、やさしくて甘い恋が始まります。 彼とのあたたかい結婚生活が始まった頃、没落した元婚約者と妹が涙目で擦り寄ってきて―― 「お断りします。今さら、遅いわよ」

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)

悪魔憑きと呼ばれる嫌われ公爵家の御令嬢になりましたので、汚名返上させて頂きます

獅月@体調不良
恋愛
フィッダ•リュナ•イブリース公爵家。 冷酷な北領土主である、 悪魔憑きと呼ばれる一族。 彼等は皆、色素の薄い白髪に血のような赤い瞳を持ち、 死者の如く青白い肌をしている。 先祖が悪魔と契約した事で、人離れした魔力を待ち、 魔法に優れた彼等は… 森深くの屋敷で暮らしていた。 …なんて、噂されていますけど。 悪魔憑きでは無く、悪魔と言うか吸血鬼ですし、 冷酷と言われますが家族愛が重い程の、 優しい人達ばかりですの。 そんな彼等を知らないなんて、 勿体無いお人間さん達ですこと。 フィッダ•リュナ•イブリース公爵家の 御令嬢として、汚名返上させて頂きますわ!! 表紙•挿絵 AIイラスト ニジジャーニー エブリスタにも公開してます

【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。

【完結】ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 前世持ちのファビアは、ちょっと変わった子爵令嬢に育っていた。その彼女の望みは、一生ケーキを食べて暮らす事! その為に彼女は魔法学園に通う事にした。  継母の策略を蹴散らし、非常識な義妹に振り回されつつも、ケーキの為に頑張ります!

【完結】無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます!ー新たなる王室編ー

愚者 (フール)
恋愛
無意識 悪役公爵令嬢は成長途中でございます! 幼女編、こちらの続編となります。 家族の罪により王から臣下に下った代わりに、他国に暮らしていた母の違う兄がに入れ替わり玉座に座る。 新たな王族たちが、この国エテルネルにやって来た。 その後に、もと王族と荒れ地へ行った家族はどうなるのか? 離れて暮らすプリムローズとは、どんな関係になるのかー。 そんな彼女の成長過程を、ゆっくりお楽しみ下さい。 ☆この小説だけでも、十分に理解できる様にしております。 全75話 全容を知りたい方は、先に書かれた小説をお読み下さると有り難いです。 前編は幼女編、全91話になります。

処理中です...