ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……もう、マリアさんを標的にするしかないわ」

私は自室で、紅茶を飲みながら決意を固めた。

アラリック様は、もはや手遅れだ。
あの男の脳内は、私の言動をすべて「至高の愛」に変換する不治の病に侵されている。

でも、マリアさんはどうかしら?
彼女はもともと、この物語における「ヒロイン」のはず。
今はあんなに私を慕っているけれど……きっと、裏では野心を燃やしているに違いないわ!

「お嬢様、また物騒な顔をされていますね。今度はマリア様に何をされるおつもりで?」

アンナが、慣れた手つきで私の髪を整えながら尋ねた。

「ふふ……。彼女を今日、この公爵邸の茶会に招いたわ。そこで、彼女が隠し持っている『本性』を暴いてやるのよ!」

「本性、ですか。……期待はしないでおきますね」

しばらくして、マリアさんがやってきた。
彼女は今日も、小動物のような愛くるしい笑顔で私に駆け寄ってくる。

「ルト様! 公爵邸にお招きいただけるなんて、私、感激で心臓が止まりそうです!」

「落ち着きなさい、マリアさん。今日は、あなたとじっくり『お話』がしたくてね」

私はあえて冷たい視線を送り、彼女を庭園のテーブルへと促した。
作戦はこうだ。
彼女が席を外した隙に、彼女がいつも大事そうに抱えている「カバン」の中身をチェックする。
そこには、きっと王子をたぶらかすための秘薬や、私を陥れるための計画書が入っているはずよ!

「あら……。マリアさん、そのハンカチに汚れがついているわよ。今すぐアンナに洗わせなさいな」

「えっ!? あ、本当だわ! すみません、ルト様に失礼なものを……!」

マリアさんは慌てて席を立ち、アンナと共に屋敷の方へ向かった。
今よ!

私は素早く、彼女が椅子に置いていったカバンを手に取った。
ずっしりと重い。
これは……大量の「証拠」が入っている証拠だわ!

「(……見つけた! 一番奥に、分厚い革表紙の帳簿がある!)」

私は震える手で、その帳簿を取り出した。
表紙には何も書かれていない。
これこそ、極秘の「悪女日記」に違いない!

私は周囲を警戒しながら、そのページを捲った。

『○月×日。今日のルト様。
朝一番の登校シーン。あえて馬車から降りる際に、御者の手を借りずにお一人で降りられた。その凛としたお姿……まさに孤高の月! 尊すぎて、私は物陰で三回拝んだ。』

「……は?」

私は自分の目を疑った。
次のページを捲る。

『○月△日。今日のルト様。
昼食時、嫌いなピーマンをさりげなくアラリック殿下の皿に放り投げられた。その自由奔放な振る舞い! 殿下も幸せそうに食べていらした。世界は平和だ。』

「(……何を書いてるのよ、この女!!)」

さらにページを捲る。
そこには、私の隠し撮り……いえ、精密なスケッチまで添えられていた。
「怒った時のルト様(可愛い)」「考え事をしている時のルト様(神々しい)」「寝癖がついている時のルト様(奇跡)」……。

「……マリアさん。あなた、一体何を……」

「ああっ!! ルト様、それだけは見ないでくださいまし!!」

戻ってきたマリアさんが、悲鳴を上げながら私に飛びついてきた。
彼女は顔を真っ赤にして、私の手から帳簿を奪い取る。

「……マリアさん。今の帳簿、何かしら?」

「あ、あの、これは……。私の、その、命の源というか……日々の癒やしというか……!」

「……私のストーカー日記じゃないの」

「違います! 『ルト様・観察・聖典』です!!」

マリアさんは鼻息を荒くして、帳簿を胸に抱きしめた。

「ルト様は、ご自身の美しさに無自覚すぎます! 私は、その尊さを後世に残す義務があるんです! あ、でもご安心ください。殿下との密会記録もちゃんとありますよ!」

「……密会? そっちが本命ね。見せなさい」

私は再び帳簿を奪い、後半のページを開いた。
そこには、こう記されていた。

『殿下との協議事項:
1.ルト様がいかにして「悪女」の演技に苦心されているか。
2.その演技が空回りして、逆に可愛くなってしまっている現状をどう保護するか。
3.ルト様が、いつか本当に自分を嫌いになってしまわないよう、二人で全力を尽くすこと。』

「……」

「ルト様! 殿下も私も、ルト様が大好きなんです! だから、ルト様がどんなに悪い女のふりをしても、私たちはその裏にある『純真な魂』を全力で守り抜きます!」

マリアさんの瞳には、濁りのない、真っ直ぐな敬愛の光が宿っていた。

「(……全滅だわ)」

私は、テーブルに突っ伏した。
悪事を暴くどころか、自分がどれだけ「愛の包囲網」に閉じ込められているかを再確認させられただけだった。

「ルト様、どうなさいました? あ、もしや、私のスケッチが実物より美しくないと怒ってらっしゃるのですか!? 描き直します! 今すぐ、百枚くらい!!」

「……もういいわ。勝手にしなさい」

「はい! ルト様からの『許可』、いただきましたぁぁ!!」

マリアさんの喜びの叫びが、秋の空に虚しく響いた。
私の「あら探し大作戦」は、またしても「信者の増殖」という最悪の結果に終わったのである。
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