8 / 28
8
「……もう、正面から挑むのはやめたわ」
私は自室で、怪しく揺らめく紫色の液体を見つめていた。
アラリック様は「愛のフィルター」で私の嫌がらせを無効化し、マリアさんは私の「ストーカー」として覚醒してしまった。
もはや、常識的な手段では彼女を悪女に仕立て上げることはできない。
「お嬢様、またそうやって怪しい液体を自作して……。今度は何ですか? まさか、本当の毒ではありませんよね?」
アンナが、遠巻きに私を監視しながら言った。
「失礼ね。これは、飲めば口の中がしばらく真っ青になるという、着色料の塊よ! これを、今日のお茶会で出すケーキにたっぷり仕込むの」
「着色料、ですか……」
「そうよ! 彼女の美しい顔が、私の出したケーキのせいで真っ青に染まるの! 人前でそんな恥をかかせれば、さすがに彼女だって私を恨むはずだわ!」
私は今日、再びマリアさんを茶会に呼び出した。
ターゲットを陥れる準備は万端。
テーブルの上には、見た目だけは最高に美味しそうな「ベリーのタルト」が置かれている。
その中身には、私の執念(着色料)が凝縮されているのだ。
「ルト様! 連日のようにお招きいただき、私、もう心臓が持ちません!」
マリアさんが、今日も今日とてキラキラした瞳でやってきた。
「ふふ……。今日は特別に、私が『手作り』したタルトを用意したの。さあ、遠慮せずに召し上がれ」
「えっ!? ルト様の手作り!? あ、あの、それって私が食べてしまってもよろしいのですか? 国宝として博物館に寄贈すべきでは……!」
「いいから食べなさい。溶ける前にね」
私はあえて傲慢な口調で命じた。
マリアさんは「ひっ!」と喜び(?)の声を上げ、震える手でフォークを取った。
「(さあ……食べなさい! そして口の中を真っ青に染めて、絶望するのよ!)」
マリアさんがタルトを一口、大きく頬張った。
その瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。
「(来たわ……!)」
彼女の唇の間から、予想通り青い液体がじわりと漏れ出す。
顔色も、みるみるうちに変わっていく。
「……っ!!」
「どうかしら、マリアさん? そのタルト、お味は?」
私が勝ち誇って問いかけると、マリアさんは「ごふっ」と咽せながらも、目を大きく見開いた。
「……ルト様。これ、凄いです。この青色は、もしや……『古代の秘薬』に使われる伝説のハーブですか!?」
「……は?」
「わかります、わかりますわ! 食べた瞬間、口の中に広がるこの刺激的な……科学的な……! これは、ルト様が私の『内面の汚れ』を浄化するために、あえてこの色を選んでくださったのですね!?」
マリアさんは青く染まった唇で、満面の笑みを浮かべた。
ホラー映画のような惨状なのに、その瞳には一点の曇りもない。
「見てください! 私の口が、ルト様の瞳のような気品ある青色に染まりました! 私、一生このままの色でいたいです!!」
「やめて。鏡を見てきなさい。ただの不審者よ」
「いいえ! これはルト様からの『洗礼』です! 私、この喜びを今すぐ殿下に報告して参ります!」
マリアさんは青い口のまま、ドレスを翻して走り去ろうとした。
そこへ、案の定アラリック様が通りかかる。
「やあ、楽しそう……うわっ!? マ、マリア嬢、その口元はどうしたんだい?」
さすがの殿下も、青い口のマリアさんには驚きを隠せなかったようだ。
よし、殿下! 今こそ私が彼女を虐待したと怒りなさい!
「殿下! ルト様が、私のために特製の浄化タルトを! 私の体調を気遣って、解毒作用のある着色料を……!」
「……解毒作用?」
アラリック様は一瞬困惑したが、すぐに私の方を見て、深く感銘を受けたように頷いた。
「なるほど。ルト……君は、マリア嬢が最近、王宮の古い空気に当たって咳き込んでいたのを気にしていたんだね。だから、あえてショック療法として、視覚的にも『毒を出す』という演出を加えたのか」
「……」
「君の演出力には、いつも脱帽するよ。まるで、愛の魔法使いだね」
アラリック様が私の手を取り、うっとりと見つめてくる。
「(……魔法使いじゃなくて、ただの嫌がらせよ!)」
「ルト。君のその献身的な姿勢に応えるために、僕も決めた。明日から、王宮の全職員の制服を、君の好きなその『青色』に新調しよう。君の優しさを、国中に広めるために」
「……迷惑だから本当にやめて。税金の無駄遣いよ」
私の必死の訴えも、アラリック様の「謙虚な婚約者への称賛」に飲み込まれて消えた。
結局、マリアさんは「ルト様色」に染まった自分に酔いしれ、アラリック様は私の「慈悲深さ」に酔いしれるという、地獄のような幸せ空間が完成しただけだった。
「(……もう、何をしても『良い話』にされる。私、この国で一番の『善人』にされちゃうわ……!)」
私の断罪計画は、青い着色料と共に、虚しく胃の中に消えていった。
私は自室で、怪しく揺らめく紫色の液体を見つめていた。
アラリック様は「愛のフィルター」で私の嫌がらせを無効化し、マリアさんは私の「ストーカー」として覚醒してしまった。
もはや、常識的な手段では彼女を悪女に仕立て上げることはできない。
「お嬢様、またそうやって怪しい液体を自作して……。今度は何ですか? まさか、本当の毒ではありませんよね?」
アンナが、遠巻きに私を監視しながら言った。
「失礼ね。これは、飲めば口の中がしばらく真っ青になるという、着色料の塊よ! これを、今日のお茶会で出すケーキにたっぷり仕込むの」
「着色料、ですか……」
「そうよ! 彼女の美しい顔が、私の出したケーキのせいで真っ青に染まるの! 人前でそんな恥をかかせれば、さすがに彼女だって私を恨むはずだわ!」
私は今日、再びマリアさんを茶会に呼び出した。
ターゲットを陥れる準備は万端。
テーブルの上には、見た目だけは最高に美味しそうな「ベリーのタルト」が置かれている。
その中身には、私の執念(着色料)が凝縮されているのだ。
「ルト様! 連日のようにお招きいただき、私、もう心臓が持ちません!」
マリアさんが、今日も今日とてキラキラした瞳でやってきた。
「ふふ……。今日は特別に、私が『手作り』したタルトを用意したの。さあ、遠慮せずに召し上がれ」
「えっ!? ルト様の手作り!? あ、あの、それって私が食べてしまってもよろしいのですか? 国宝として博物館に寄贈すべきでは……!」
「いいから食べなさい。溶ける前にね」
私はあえて傲慢な口調で命じた。
マリアさんは「ひっ!」と喜び(?)の声を上げ、震える手でフォークを取った。
「(さあ……食べなさい! そして口の中を真っ青に染めて、絶望するのよ!)」
マリアさんがタルトを一口、大きく頬張った。
その瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。
「(来たわ……!)」
彼女の唇の間から、予想通り青い液体がじわりと漏れ出す。
顔色も、みるみるうちに変わっていく。
「……っ!!」
「どうかしら、マリアさん? そのタルト、お味は?」
私が勝ち誇って問いかけると、マリアさんは「ごふっ」と咽せながらも、目を大きく見開いた。
「……ルト様。これ、凄いです。この青色は、もしや……『古代の秘薬』に使われる伝説のハーブですか!?」
「……は?」
「わかります、わかりますわ! 食べた瞬間、口の中に広がるこの刺激的な……科学的な……! これは、ルト様が私の『内面の汚れ』を浄化するために、あえてこの色を選んでくださったのですね!?」
マリアさんは青く染まった唇で、満面の笑みを浮かべた。
ホラー映画のような惨状なのに、その瞳には一点の曇りもない。
「見てください! 私の口が、ルト様の瞳のような気品ある青色に染まりました! 私、一生このままの色でいたいです!!」
「やめて。鏡を見てきなさい。ただの不審者よ」
「いいえ! これはルト様からの『洗礼』です! 私、この喜びを今すぐ殿下に報告して参ります!」
マリアさんは青い口のまま、ドレスを翻して走り去ろうとした。
そこへ、案の定アラリック様が通りかかる。
「やあ、楽しそう……うわっ!? マ、マリア嬢、その口元はどうしたんだい?」
さすがの殿下も、青い口のマリアさんには驚きを隠せなかったようだ。
よし、殿下! 今こそ私が彼女を虐待したと怒りなさい!
「殿下! ルト様が、私のために特製の浄化タルトを! 私の体調を気遣って、解毒作用のある着色料を……!」
「……解毒作用?」
アラリック様は一瞬困惑したが、すぐに私の方を見て、深く感銘を受けたように頷いた。
「なるほど。ルト……君は、マリア嬢が最近、王宮の古い空気に当たって咳き込んでいたのを気にしていたんだね。だから、あえてショック療法として、視覚的にも『毒を出す』という演出を加えたのか」
「……」
「君の演出力には、いつも脱帽するよ。まるで、愛の魔法使いだね」
アラリック様が私の手を取り、うっとりと見つめてくる。
「(……魔法使いじゃなくて、ただの嫌がらせよ!)」
「ルト。君のその献身的な姿勢に応えるために、僕も決めた。明日から、王宮の全職員の制服を、君の好きなその『青色』に新調しよう。君の優しさを、国中に広めるために」
「……迷惑だから本当にやめて。税金の無駄遣いよ」
私の必死の訴えも、アラリック様の「謙虚な婚約者への称賛」に飲み込まれて消えた。
結局、マリアさんは「ルト様色」に染まった自分に酔いしれ、アラリック様は私の「慈悲深さ」に酔いしれるという、地獄のような幸せ空間が完成しただけだった。
「(……もう、何をしても『良い話』にされる。私、この国で一番の『善人』にされちゃうわ……!)」
私の断罪計画は、青い着色料と共に、虚しく胃の中に消えていった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。