ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……こうなったら、共犯者を作るしかないわ」

私は自室で、真剣な面持ちでマリアさんと向き合っていた。

ハニートラップさえも「愛の試練」として昇華してしまったアラリック様。
彼を正面から攻略するのは不可能だと悟った私は、ついに禁断の一手に打って出ることにした。

そう、ヒロインであるマリアさんに「悪女」を演じてもらうのよ!

「……ルト様。私に、大切なお話とは?」

マリアさんが、ゴクリと唾を呑んで私を見つめている。
彼女の瞳は、「またルト様が何か素晴らしい慈善事業を提案してくださるのでは」という期待でギラついている。

「いい、マリアさん。よく聞きなさい。……あなた、アラリック様を奪いたくない?」

「……はい?」

マリアさんの動きが止まった。

「今のままでは、私は王太子妃として不自由な生活を送ることになるわ。それは嫌なの。だから、あなたが『悪女』になって、私から殿下を奪い取ってほしいのよ!」

私は彼女の両手を握り、必死に訴えかけた。

「殿下の前で、私をいじめているふりをしなさい。私に冷たいお茶をかけたり、ドレスを破いたりして、『この女、本性は醜いわ! それに比べてマリアはなんて可憐なんだ!』って殿下に思わせるの。わかるわね?」

「……なるほど。ルト様の深いお考え、理解いたしました!」

マリアさんが、力強く頷いた。
お、意外と物分かりがいいわね。

「つまり、ルト様は私に『汚れ役』を演じさせることで、ご自身の王太子妃としての立場をより盤石なものにしようと……! 私が悪女になればなるほど、ルト様の聖女ぶりが際立つ。……素晴らしい、あまりにも高度な政治的策略ですわ!」

「……え、いや、そうじゃなくて。本当に奪ってほしいんだけど」

「お任せください、ルト様! 私、命をかけて『悪女』を演じきってみせますわ! ルト様のさらなる飛躍のために!」

マリアさんの瞳に、見たこともないような狂信的な炎が宿った。
……嫌な予感しかしないけれど、背に腹は代えられないわ。

数日後。
王宮の午餐会にて、ついに作戦が決行されることになった。
アラリック様が、多くの貴族たちと談笑している。

「(さあ、マリアさん。合図通りに、私のドレスにワインをぶちまけるのよ!)」

私はマリアさんに視線を送った。
彼女は、手に赤ワインのグラスを持ち、震える足取りで私に近づいてくる。

「……あ、あら! ルト様、こんなところに立っていらしたなんて……! 私としたことが、うっかり手が……!」

マリアさんが、わざとらしくグラスを傾けた。
よし! これで私のドレスは台無し、周囲はマリアさんを非難し、私は「なんてひどい女なの!」と叫ぶ——……。

バシャッ!

「……へ?」

私のドレスにかかったのは、ワインではなかった。
……なぜか、銀色の粉末のようなものが舞っている。

「……ああっ! ルト様、申し訳ありません! 私、あまりにもルト様が眩しすぎて、ワインの代わりに『最高級のラメ入り香水』を浴びせてしまいましたわ!」

「……はぁぁぁ!?」

私のドレスは汚れるどころか、キラキラと七色に輝き、周囲には高貴な薔薇の香りが漂い始めた。

「……おお! なんと素晴らしい! ルト様の輝きが増していく!」
「マリア嬢、君はルトのために、わざわざ貴重な香水をサプライズで用意していたのかい?」

アラリック様が、感動のあまり私の手を取った。

「見てごらん、ルト。君が歩くたびに光の粒が舞っている。まるで、天から降りてきた女神そのものだ。マリア嬢、君の演出力にはいつも驚かされるよ」

「恐縮です、殿下! ルト様の美しさを引き立てるためなら、私はどんな『悪事(ラメ散布)』も厭いませんわ!」

マリアさんが、ドヤ顔で私にウインクをしてきた。
……違う。全然違うわよ、マリアさん!

私は諦めず、小声で彼女に囁いた。

「……何やってるのよ! 次はもっと直接的に、私を突き飛ばしなさい!」

「……承知いたしました、ルト様!」

マリアさんは鼻息を荒くし、私に向かって猛然とダッシュしてきた。
これよ、これ! 衆人環視の中で私を突き飛ばせば、さすがに暴行罪で……。

「……お、重っ!!」

マリアさんは私を突き飛ばすのではなく、私の足元にダイブし、ドレスの裾をガッチリと掴んだ。

「ルト様ぁぁ! その靴の紐が解けかけております! 万が一にもルト様がお怪我をされないよう、このマリア、盾となってお守りいたしますわ!!」

「……」

周囲からは、「おお、なんという忠誠心」「ルト様は、下級貴族にここまで慕われているのか」と、さらなる賞賛の嵐。

アラリック様は、ついに涙ぐみながら私の肩を抱いた。

「ルト……。君は、マリア嬢に『悪女の役』を演じさせるという高度な訓練を施し、彼女の度胸を試していたんだね。……君の教育者としての才能、僕は一生信じてついていくよ」

「(……もう、この世界からログアウトしたい)」

マリアさんの「悪女芝居」は、私の「聖女伝説」を強化する最強のスパイスにしかならなかった。

私の断罪への道は、キラキラ輝くラメと、マリアさんの過剰な忠誠心によって、完全に封鎖されてしまったのである。
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