ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……もう、淑女なんて辞めてやるわ」

私は自室で、豪華な天蓋付きベッドに横たわりながら、虚空を見つめていた。

何をしても、良い話にされる。
贅沢を言えば経済を回したと言われ、横領を自白すれば王子を庇ったと言われ、ハニートラップを仕掛ければ愛の試練だと言われる。
この世界は、私の「悪意」をすべて「聖なる光」で浄化してしまう装置か何かなのかしら。

「お嬢様、また魂が抜けたような顔をされていますね。次はどのような『悪事』を考案されているので?」

アンナが、呆れ顔で私の寝癖を直そうとしてきた。

「アンナ……私、気づいたの。高貴な振る舞いをしながら悪ぶるから、みんな『裏がある』って勘違いするのよ。だったら、根本的な『品格』を捨てればいいのよ!」

「品格、ですか?」

「そうよ! 今日から私は、礼儀作法もマナーも一切無視した『ガサツ令嬢』になるわ! 誰が見ても『こんな女、王妃に相応しくない!』って眉をひそめるような、最悪の女になってやるんだから!」

私はガバッと起き上がり、ドレスの裾を捲り上げてあぐらをかいた。

「(見てなさい、アラリック様。私の品性の欠片もない姿を見て、百年の恋も冷めさせてあげるわ!)」

私はその足で、王宮で開催される最高位の晩餐会へと乗り込んだ。
ここには隣国の外交官や、作法に厳しい大貴族たちが勢揃いしている。
絶好の「断罪」チャンスだわ。

私は給仕が差し出す最高級のナプキンを「いらないわよ、そんなもの!」と撥ね退け、あえて素手でローストチキンを掴んだ。

「(ふふ、驚きなさい! 公爵令嬢が手掴みで肉を貪る姿よ! 汚らわしいでしょう?)」

私はワイルドに肉に噛みつき、隣に座るアラリック様に向かって「んぐんぐ、美味しいわよ! あんたも食べなさいよ!」と、あえて乱暴な口調で叫んだ。

会場が一瞬、凍りついたように静まり返った。
よし! 来たわ! 貴族たちがショックで言葉を失っているわ!

ところが。

「……っ!! なんてことだ、ルト……!」

アラリック様が、震える手で私の「脂ぎった手」を握りしめた。

「君は……君はそこまでして、この国の『形式美の呪縛』を解こうとしているんだね……!」

「……は?」

「見てごらん、マリア嬢。ルトは、今の貴族社会が抱える『過剰な装飾』や『無駄な礼儀』が、いかに人間本来の生命力を削いでいるかを、自らの体を使って証明しているんだ!」

マリアさんが、いつものように鼻息を荒くして立ち上がった。

「その通りです、殿下! ルト様はあえて『手掴み』で食べることで、飢えに苦しむ民衆の気持ちを共有し、特権階級の慢心を戒めていらっしゃるのですわ! 嗚呼、なんて気高い野性味……!」

「……え、ちょっと待って。私、ただマナーを守るのが面倒なフリをしてるだけなんだけど」

「照れなくていいんだ、ルト! 確かに、僕たち貴族は形式にこだわりすぎていた。君のその『剥き出しの魂』を見て、僕も目が覚めたよ!」

アラリック様は、自分もナプキンを放り投げ、素手でパンを掴んで豪快に頬張った。

「うむ! 手で食べるパンは、これほどまでに素材の味がダイレクトに伝わるのか! ルト、君のおかげで僕は、民と同じ『食の喜び』を分かち合う王としての自覚が芽生えたよ!」

「素晴らしいです、殿下! 私も後に続きますわ!!」

マリアさんまでもが、スープの皿を手に取って直接グビグビと飲み始めた。
それを見た周囲の貴族たちが、顔を見合わせ、次々にフォークを置き始めた。

「……なるほど、これがルト様の提唱する『新時代の食卓(ネオ・エチケット)』か!」
「形式に囚われず、本質を喰らう! これこそが真の合理性だ!」
「ルト様、万歳!!」

会場は、手掴みで食事をする貴族たちの熱狂に包まれた。

私は、手に持ったチキンの骨を握りしめたまま、その場に固まった。

ガサツに振る舞えば「革命的な哲学」と言われ。
マナーを破れば「民衆への寄り添い」と言われ。
挙句の果てには、王宮の晩餐会をただのバーベキュー会場に変えてしまった。

「(……ねえ、誰か。本当に誰か一人くらい、私を『育ちが悪い』って罵ってよ……!)」

私の「ガサツ令嬢作戦」は、王国の礼儀作法に革命を起こし、私の「聖女伝説」に「飾らない真実のリーダー」という新たな称号を加えてしまった。

自由への道は、もはやこの国の文化そのものによって、飲み込まれようとしていた。
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