ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……もう、派手なことは一切辞めるわ」

私は自室で、クローゼットに並ぶ色鮮やかなシルクのドレスを眺めながら呟いた。

「悪女」がダメなら「聖女」にされ、「強欲」がダメなら「経済の母」にされる。
この世界のバグった解釈能力に対抗するには、もはや「無」になるしかない。

「お嬢様、その……手に持っていらっしゃる、ボロ布のような布地は何ですか?」

アンナが、汚物を見るような目で私の手元を指差した。

「これ? これはね、アンナ。私が特注で作らせた『究極の地味服』よ。装飾なし、刺繍なし、染料も最低限。これを着て、私は今日から質素倹約な生活を送るの」

「質素、ですか……」

「そうよ! 王太子妃ともあろう者が、こんな小汚い格好で、地面を這いつくばって草むしりでもしていたら、さすがに国王陛下も『あんなのは王家の嫁じゃない!』って仰るはずだわ!」

私は意気揚々と、麻で作られたゴワゴワの服に着替えた。
髪も結わえず、あえてボサボサのまま。
仕上げに頬に少し泥を塗り、鏡を見た。

「(完璧だわ。どこからどう見ても、ただの村娘。……いえ、それ以下の不審者ね!)」

私はその足で、王宮の中庭へと向かった。
そこでは丁度、他国の賓客を招いた午後のティーパーティーが開かれていた。
私はその華やかな輪のど真ん中に、泥だらけの姿で突撃した。

「あら、皆様。ごきげんよう。私は忙しいので、構わないでちょうだいな」

私は優雅な会釈もせず、ドレスを着た令嬢たちの足元で、ガシガシと雑草を引き抜き始めた。

「(ふふ、驚きなさい。王子の婚約者が、賓客の前で泥にまみれて草を毟っているのよ! 前代未聞の不祥事だわ!)」

会場が、静まり返った。
令嬢たちが扇子で口元を隠し、外交官たちが困惑した顔を見合わせる。
よし、来た! この拒絶の空気!

ところが。

「……っ!! ああ、なんてことだ! ルト、君は……!」

アラリック様が、震える手で私の「泥だらけの手」を掬い上げた。

「君は、自ら泥にまみれることで、この国の『農業の大切さ』を説いているんだね……!」

「……は?」

「見てごらん、マリア嬢。ルトは、着飾るだけの貴族文化に警鐘を鳴らしているんだ。この麻の服……これこそが、自然と共に生きる人間の、本来の美しさではないか!」

マリアさんが、いつものようにどこからか現れ、激しくメモを取り始めた。

「その通りです、殿下! ルト様は、あえて華美を捨てることで、『美しさは内面から滲み出るものだ』という究極の真理を体現していらっしゃるのですわ! 嗚呼、この『素朴(ナチュラル)なルト様』、尊すぎて直視できません……!」

「……え、ちょっと待って。私、ただの汚い女に見えない?」

「いいえ! 君の頬についた泥は、どんなダイヤモンドよりも美しく輝いているよ!」

アラリック様は、賓客たちに向かって高らかに宣言した。

「皆様! これこそが我が国の新たな指針、『誠実なる労働と美』の象徴です! ルトは、王妃となる者が、誰よりも先に土に触れるべきだと教えてくれているのです!」

「……おおお!」
「なんと素晴らしい精神だ!」
「私も明日から、庭の草を毟ることにしよう!」

他国の外交官たちまでもが、感銘を受けたように次々と立ち上がり、私の泥だらけの手を握りに来た。

「(……なんで!? どうして私が『不潔な女』だと言われないのよ!?)」

「ルト様! 私、決めましたわ! この質素なスタイルを『ルト・リュクス』と名付け、王都中の最新ファッションとして流行らせますわ!!」

「やめて。本当にお願いだから、それはやめて」

私の切実な訴えも、アラリック様の「謙虚な婚約者への称賛」にかき消された。

結局、その日の夕方には、王宮中の令嬢たちが麻の服を着て、競い合うように草むしりを始めるという奇妙な光景が広がった。

「(……ねえ、誰か。本当に誰か一人くらい、私を『みすぼらしい』って笑ってよ……!)」

私の「質素倹約作戦」は、王国の貴族文化を根底から覆し、私の「聖女伝説」に「大地の女神」という新たな称号を加えてしまった。

自由への道は、もはやこの国のトレンドそのものによって、完全に舗装されてしまったのである。
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