ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……ついに、この時が来たわね」

私は、応接室のソファに深く腰掛け、目の前で俯くマリアさんを凝視していた。

昨日の「ルト・リュクス(麻の服)」の大流行。
もはや私に常識は通じない。
けれど、今日、マリアさんから「二人きりで話したい重大な告白がある」という手紙をもらった。

この、どこまでも深刻そうな彼女の様子。
……間違いないわ。
ついに彼女の中の「女の毒」が、私の「聖女伝説」に耐えきれなくなったのよ!

「(来るわ……!『本当は殿下のことが好きなの!身を引いて!』でもいい、『あなたの偽善にはヘドが出るわ!』でもいい。とにかく私を絶望の淵に突き落としてちょうだい!)」

私は期待で胸を膨らませ、あえて冷酷な令嬢の顔を作った。

「マリアさん。……何をそんなに黙っているの? 言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃいな」

マリアさんは、ビクッと肩を震わせると、おもむろに顔を上げた。
その瞳には、並々ならぬ決意の光が宿っている。

「……ルト様。私、ずっと隠していたことがあります」

「ええ、聞かせて。どんな汚い本音でも、私は受け止めてあげるわ」

「実は……先日、下町で上演された『不機嫌な聖女』という劇……。あれ、ルト様が裏で監修されたものですよね?」

「……は?」

劇? 監修? 何の話かしら。
私は混乱したが、ここで「知らない」と言っては悪女の名が廃る。
きっと、私が昔書いた「不平不満を書き連ねた日記」か何かが流出して、劇のネタにでもされたに違いない。

「え、ええ。……よくわかったわね」

「やっぱり……! 私、確信していたんです。あんなに皮肉に満ちていて、それでいて最後には誰もが救われる物語……。ルト様にしか書けませんわ!」

マリアさんは、感極まったように身を乗り出してきた。

「最初は、傲慢な令嬢がやりたい放題して自滅する話だと思いました。でも、よく見れば彼女の行動はすべて、腐敗した貴族社会への風刺だった……! 最後、彼女が独りで去っていく背中に、観客全員が涙したんです!」

「(……それ、ただのバッドエンドを美化してるだけじゃないの?)」

「ルト様は、ご自身を『悪役』として描くことで、私たちに『真の正義とは何か』を問いかけられたのですね。……私、あの劇を見て、決心がつきました」

「……決心?」

来たわ! 決心!
「こんな素晴らしい女性には勝てないから、せめて殿下だけでも奪う」とか、そういう展開よね!?

「私、あの劇の素晴らしさを国中に広めるために、劇団『ルルトン座』を設立しました! すでに国王陛下の認可も得て、来月からは王立劇場での独占公演が決定しております!」

「……はぁぁぁぁ!?」

私は、ソファから転げ落ちそうになった。
告白って、新規ビジネスの報告だったの!?

「ルト様! 脚本使用料としてのロイヤリティは、すべて『ルト様・無償教育基金』に振り込ませていただきますわ! これでまた、救われる子供たちが増えますね!」

マリアさんは、後光が差しそうなほどの笑顔で私を拝んでいる。

そこへ、またしても空気を読まないキラキラ王子、アラリック様が登場した。

「やあ、二人とも。劇の話をしていたのかい? ルト、君の書いたプロットは実に見事だったよ。特に『私は自由になりたいだけよ!』というヒロインの叫び……。あれは、義務に縛られた僕たちへの、愛の解放宣言だね」

「……」

「君がそこまで僕たちの自由を願ってくれていたなんて。……ルト、君との結婚生活は、きっと毎日が新しい物語になるだろうね」

アラリック様が、私の手を取ってうっとりと囁く。

「(……自由になりたいって叫びは、私の本気なのよ……!!)」

私は、もう突っ込む気力も残っていなかった。

略奪宣言を期待すれば、劇団を設立され。
嫌味な脚本だと思えば、社会風刺の傑作だと讃えられ。
結果として、私の「聖女(脚本家)伝説」に、文化芸術の保護者という肩書きが加わった。

「(……ねえ、もう誰か。この物語の完結ボタンを押して。……私はただ、静かに暮らしたいだけなのよ……!!)」

私の「マリアの告白待ち作戦」は、王国の演劇文化を復興させ、私の「聖女伝説」を芸術の域へと押し上げるという、最悪の文化的成功を収めてしまった。
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