ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……いよいよ、詰んだわね」

私は自室で、豪華な刺繍が施された「婚姻届」を前に、魂が抜けたような顔をしていた。

マリアさんの劇団「ルルトン座」の公演は大成功を収め、今や国中が「ルト様を王妃に!」という熱狂的な合唱に包まれている。
私が何を言っても「謙虚な照れ隠し」か「深遠なる教育的配慮」に変換される。
この世界のバグは、もはや修正不能なレベルに達していた。

「お嬢様、旦那様がお呼びです。……今までにないほど、鼻息が荒いですよ」

アンナが、どこか遠い目をして報告に来た。

「(……鼻息が荒い? ついに、ついに私の『悪行』にお父様が気づいて、激怒してくださるのかしら!?)」

私は最後の希望を抱いて、父様の執務室へと走り込んだ。
扉を開けると、そこにはアステリア公爵が、目を血走らせて大量の書類と格闘していた。

「お、お父様! お呼びでしょうか!? 私は、ご覧の通り、家を顧みず遊び歩く放蕩娘ですわよ!」

私はあえて、泥のついた靴で高級な絨毯をガシガシと踏みつけた。
さあ、怒りなさい! 「この不届き者が!」と叫んで、婚約を白紙に戻しなさい!

しかし、父様は私の汚れなど目に入らない様子で、ガバッと立ち上がった。

「ルト! よく来た! 先ほど国王陛下と協議し、決定したぞ!」

「……何をですの?」

「お前の成婚の儀……当初の予定を半年繰り上げ、来月行うことにした!」

「……は?」

私は、耳を疑った。繰り上げる? 結婚を、早める?

「お父様、何を仰っているの!? 私は、私はもっと遊びたいし、贅沢したいし、殿下を困らせたいんですのよ!? そんなに早く結婚させたら、私が王家を滅ぼしてしまいますわ!」

私は机をバンバン叩き、必死に「わがまま令嬢」を演じた。
しかし、父様は私の手を強く握り、涙ながらに語り始めた。

「ルト……。お前がそうやって『もっと遊びたい』と嘘をつくのは、本当は一刻も早く王宮に入って、多忙なアラリック殿下を支えたいという熱い想いの裏返しなんだな……!」

「……違います。一ミリもそんなこと思ってません」

「わかっている! お前は自分の幸せよりも、国の安定を優先しようとしているんだ! 『王家を滅ぼす』などという不吉な言葉をあえて使うことで、自分を厳しく律しようとしている……。お前のそのプロ意識、私は公爵として、そして父として、感動に震えているぞ!」

「(……もう、この人、病院に連れて行った方がいいわ)」

父様は止まらなかった。

「さらに、お前のために国中の名だたる宝飾店を呼び集めた。お前の『贅沢したい』という願いを叶えるため、公爵家の財産の半分を投じて、最高のティアラを用意させる!」

「……え、お父様? それ、ただの親バカ……いえ、散財ではありませんこと?」

「いいや! これはお前への投資、引いては王家の権威を守るための必要経費だ! さあ、遠慮はいらん。もっと、もっとわがままを言え、ルト! お前がわがままを言えば言うほど、私の『父としての喜び』が満たされるのだから!」

「……」

私は、頭を押さえた。
何を言っても「良い話」になるどころか、最近では「私のわがままを聞くこと」が、父様やアラリック様の生きがいになってしまっている。

そこへ、タイミングを見計らったかのように、キラキラしたオーラを全開にしたアラリック様が登場した。

「ルト! 義父上殿からお話は聞いたよ! 来月には、君は僕の本当の妻だ!」

「殿下……。あなたまで、この暴走を止めないのですか?」

「止める理由がないよ。君が『贅沢したい』と言うなら、僕が国中の富を君の足元に積み上げよう。君が『困らせたい』と言うなら、僕は喜んで君の手のひらで転がされよう。……ルト、君のどんなわがままも、僕にとっては至高の愛の囁きなんだ」

「……」

アラリック様が、私の腰を抱き寄せ、うっとりと見つめてくる。
その背後では、マリアさんが「結婚式・号外・ルト様聖母伝説特大号」の原稿を激しく書きなぐっていた。

「(……全滅。私の周り、全員重症のポジティブ病だわ……!!)」

私は、父様の執務室のど真ん中で、天を仰いだ。

結婚を拒否すれば「深い配慮」と取られ。
わがままを言えば「父の喜び」に変換され。
結果として、逃げ場のない結婚式までのカウントダウンが始まった。

「(……ねえ、誰か。本当に誰か一人くらい、私を『最低な女』って言ってよ……。……私、このままじゃ幸せすぎて死んじゃうわよ……!!)」

私の「最終抵抗」は、アステリア家の財政を爆発的に回転させ、私の「聖女伝説」に「家族に愛される奇跡の令嬢」という属性を追加してしまったのだった。
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