ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

文字の大きさ
21 / 28

21

「……いよいよ、詰んだわね」

私は自室で、豪華な刺繍が施された「婚姻届」を前に、魂が抜けたような顔をしていた。

マリアさんの劇団「ルルトン座」の公演は大成功を収め、今や国中が「ルト様を王妃に!」という熱狂的な合唱に包まれている。
私が何を言っても「謙虚な照れ隠し」か「深遠なる教育的配慮」に変換される。
この世界のバグは、もはや修正不能なレベルに達していた。

「お嬢様、旦那様がお呼びです。……今までにないほど、鼻息が荒いですよ」

アンナが、どこか遠い目をして報告に来た。

「(……鼻息が荒い? ついに、ついに私の『悪行』にお父様が気づいて、激怒してくださるのかしら!?)」

私は最後の希望を抱いて、父様の執務室へと走り込んだ。
扉を開けると、そこにはアステリア公爵が、目を血走らせて大量の書類と格闘していた。

「お、お父様! お呼びでしょうか!? 私は、ご覧の通り、家を顧みず遊び歩く放蕩娘ですわよ!」

私はあえて、泥のついた靴で高級な絨毯をガシガシと踏みつけた。
さあ、怒りなさい! 「この不届き者が!」と叫んで、婚約を白紙に戻しなさい!

しかし、父様は私の汚れなど目に入らない様子で、ガバッと立ち上がった。

「ルト! よく来た! 先ほど国王陛下と協議し、決定したぞ!」

「……何をですの?」

「お前の成婚の儀……当初の予定を半年繰り上げ、来月行うことにした!」

「……は?」

私は、耳を疑った。繰り上げる? 結婚を、早める?

「お父様、何を仰っているの!? 私は、私はもっと遊びたいし、贅沢したいし、殿下を困らせたいんですのよ!? そんなに早く結婚させたら、私が王家を滅ぼしてしまいますわ!」

私は机をバンバン叩き、必死に「わがまま令嬢」を演じた。
しかし、父様は私の手を強く握り、涙ながらに語り始めた。

「ルト……。お前がそうやって『もっと遊びたい』と嘘をつくのは、本当は一刻も早く王宮に入って、多忙なアラリック殿下を支えたいという熱い想いの裏返しなんだな……!」

「……違います。一ミリもそんなこと思ってません」

「わかっている! お前は自分の幸せよりも、国の安定を優先しようとしているんだ! 『王家を滅ぼす』などという不吉な言葉をあえて使うことで、自分を厳しく律しようとしている……。お前のそのプロ意識、私は公爵として、そして父として、感動に震えているぞ!」

「(……もう、この人、病院に連れて行った方がいいわ)」

父様は止まらなかった。

「さらに、お前のために国中の名だたる宝飾店を呼び集めた。お前の『贅沢したい』という願いを叶えるため、公爵家の財産の半分を投じて、最高のティアラを用意させる!」

「……え、お父様? それ、ただの親バカ……いえ、散財ではありませんこと?」

「いいや! これはお前への投資、引いては王家の権威を守るための必要経費だ! さあ、遠慮はいらん。もっと、もっとわがままを言え、ルト! お前がわがままを言えば言うほど、私の『父としての喜び』が満たされるのだから!」

「……」

私は、頭を押さえた。
何を言っても「良い話」になるどころか、最近では「私のわがままを聞くこと」が、父様やアラリック様の生きがいになってしまっている。

そこへ、タイミングを見計らったかのように、キラキラしたオーラを全開にしたアラリック様が登場した。

「ルト! 義父上殿からお話は聞いたよ! 来月には、君は僕の本当の妻だ!」

「殿下……。あなたまで、この暴走を止めないのですか?」

「止める理由がないよ。君が『贅沢したい』と言うなら、僕が国中の富を君の足元に積み上げよう。君が『困らせたい』と言うなら、僕は喜んで君の手のひらで転がされよう。……ルト、君のどんなわがままも、僕にとっては至高の愛の囁きなんだ」

「……」

アラリック様が、私の腰を抱き寄せ、うっとりと見つめてくる。
その背後では、マリアさんが「結婚式・号外・ルト様聖母伝説特大号」の原稿を激しく書きなぐっていた。

「(……全滅。私の周り、全員重症のポジティブ病だわ……!!)」

私は、父様の執務室のど真ん中で、天を仰いだ。

結婚を拒否すれば「深い配慮」と取られ。
わがままを言えば「父の喜び」に変換され。
結果として、逃げ場のない結婚式までのカウントダウンが始まった。

「(……ねえ、誰か。本当に誰か一人くらい、私を『最低な女』って言ってよ……。……私、このままじゃ幸せすぎて死んじゃうわよ……!!)」

私の「最終抵抗」は、アステリア家の財政を爆発的に回転させ、私の「聖女伝説」に「家族に愛される奇跡の令嬢」という属性を追加してしまったのだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

良いものは全部ヒトのもの

猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。 ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。 翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。 一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。 『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』 憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。 自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。