ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……こうなったら、不貞よ。不貞を働くしかないわ!」

私は自室で、拳を握りしめて立ち上がった。

結婚式まであと一ヶ月。
お父様には資産を注ぎ込まれ、アラリック様には溺愛され、マリアさんには教祖扱いされている。
外堀どころか、内堀も埋まって、本丸の天守閣にまで「祝・結婚」の旗が立てられている状態だ。

まともな方法では、この「聖女伝説」という名の包囲網から逃げられない。

「お嬢様、不貞って……。お相手もいないのに、どうされるおつもりですか?」

アンナが、呆れを通り越して憐れみの表情で私を見た。

「適当に作るのよ!『実は私、他に愛している人がいるの!』って殿下の前で宣言するの。そうすれば、さすがの殿下もプライドを傷つけられて、私を冷遇……いえ、婚約破棄してくれるはずだわ!」

私は、ターゲットを物色するために王宮の訓練場へと向かった。
そこには、汗を流して訓練に励む騎士たちが大勢いた。
よし、あの辺りにいる、一番怖そうで、私と関わりのなさそうな騎士にしよう。

「……あなた! ちょっと来なさい!」

私は、隅っこで黙々と剣を振っていた、強面のベテラン騎士カイルを指差した。

「はっ? 自分に何か、アステリア公爵令嬢殿」

カイルは怪訝な顔をしながらも、私の前に膝をついた。
よし、この不愛想な感じ、最高だわ。

「ふふ、アラリック様! 見てくださいまし!」

私は、タイミングよく視察に来たアラリック様と、メモ帳を構えたマリアさんの前に、カイルの腕を強引に掴んで立ちはだかった。

「殿下、驚かないで聞いてください。私、実はこのカイル様と、人知れず愛を育んできましたの! 私の心はもう彼に捧げられています! だから、あなたとの結婚はできませんわ!」

私はカイルの太い腕に密着し、うっとりとした表情を作った。
さあ、カイル様、否定して!
殿下、激怒して!

カイル様は、あまりの衝撃に白目を剥いて硬直している。
そしてアラリック様は——……。

「……ルト。君という人は、どこまで僕を試せば気が済むんだい?」

アラリック様の瞳には、怒りではなく、深い感動の涙が浮かんでいた。

「……はい?」

「わかっているよ、ルト。君は、身分制度というこの国の古い壁を壊そうとしているんだね。あえて無骨な騎士であるカイル殿を選び、僕の前で『愛に身分は関係ない』と身をもって証明しようとしている……。なんて素晴らしい教育的指導なんだ!」

「違います。私はただ不倫……いえ、本気の不貞をしているだけです!」

私が必死にカイルの腕を揺さぶると、今度はマリアさんが激しく書きなぐり始めた。

「ルト様……! 皆様、見ましたか!? ルト様は、長年の功績があるにもかかわらず光の当たらないベテラン騎士に、あえてスポットライトを当てていらっしゃるのです!『全ての国民が私の恋人よ』という、博愛のメッセージですわ!!」

「うおおおおお!!」
「ルト様! 僕たちのような下級の者まで愛してくださるのか!!」

周囲の騎士たちが一斉に跪き、地を震わせるような歓声を上げた。

「……カイル殿、立て。君は今日から、ルトの『博愛精神の象徴』として、王立騎士団の特別顧問だ。彼女の慈悲を、その身で体現してくれ」

「は、ははっ! ありがたき幸せにございます、ルト様!!」

カイル様まで、感極まって私の足元に頭を擦りつけた。

「(……なんで!? なんで不貞の告白が、身分差を超えた博愛の教育に変換されるのよ!?)」

「ルト。君のその広い心に触れて、僕は自分の独占欲が恥ずかしくなったよ。……いいだろう。君が国民全員を愛すると言うなら、僕はその国民の一人として、君を一番近くで支える権利を勝ち取ってみせる」

アラリック様が、私の手を取って跪いた。

「(……ねえ、誰か。本当に誰か。私を『浮気女』って罵ってよ……!!)」

私は、訓練場の砂埃の中で崩れ落ちた。

浮気を捏造すれば「博愛の象徴」と呼ばれ。
騎士を指差せば「功労者への配慮」と讃えられ。
挙句の果てに、騎士団全体の忠誠心がマックスまで跳ね上がった。

「(……私、このままじゃ『全人類の恋人』として、崇拝されちゃうじゃないの……!!)」

私の「不貞捏造作戦」は、王国の階級社会に一石を投じ、私の「聖女伝説」に「万民を愛する女神」という属性を追加してしまったのだった。
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