ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……もう、無理。完敗だわ」

私は自室のふかふかのソファに沈み込み、白い旗を振るような気持ちで天井を仰いだ。

黒いドレスを着れば「覚悟の象徴」として流行し。
お皿を割れば「伝統の打破」として称賛される。
もはや、この国で私が「悪」を成すことは、物理法則を捻じ曲げるよりも難しいのではないかしら。

「お嬢様、ついに悟りの境地に至られましたか」

アンナが、どこか清々しい表情でお茶を差し出してきた。

「悟ったわよ、アンナ。この世界の人間は、みんな頭の中に強力な『ルト様大好きフィルター』を装備しているのよ。私が泥を投げても、彼らの目には宝石が降っているように見えるんだわ」

「左様でございますか。では、もう大人しく結婚の準備を……」

「いいえ! 最後に、最後にもう一度だけ、あがいてやるわ!」

私はガバッと起き上がった。
まだだ。まだ、最後の手段が残っている。

「名案よ、アンナ。私は今日から『無責任・無気力・無関心』な女になるわ! 王妃としての教育も、公務の引き継ぎも、すべてを放り出して一日中ダラダラしてやるのよ! そんな無能な女、誰も望まないはずだわ!」

私はすぐさま、アラリック様とマリアさんが待つ王宮の執務室へと向かった。
そこには、成婚に向けた最終スケジュールの調整を行う二人の姿があった。

「ルト! ちょうどよかった。式の進行について相談したいことが——」

「知りませんわ。勝手に決めてちょうだい」

私はアラリック様の言葉を遮り、部屋の隅にある豪華な長椅子に寝転がった。
そして、マリアさんが差し出した書類を、見向きもせずに床へ放り投げた。

「(ふふ、驚きなさい。私はもう、一文字も書類なんて読まないわ! 国務なんて興味なし! ただ食べて寝るだけの『穀潰し王妃』の誕生よ!)」

部屋に、不穏な沈黙が流れた。
マリアさんは目を見開き、アラリック様は持っていたペンをポトリと落とした。
よし、来た! ついに私の「無能さ」に、愛想を尽かす時が——。

「……っ!! ああ……! なんて、なんて気高い決断なんだ!!」

アラリック様が、震える声で叫びながら私の手元に跪いた。

「……は?」

「ルト、君は……君はあえて『何もしない』ことで、僕たち家臣や国民の『自立』を促しているんだね!? 君がすべてを完璧にこなしてしまうから、僕たちは甘えていたんだ。君は、自分が引くことで、次世代の育成を図ろうとしている……!」

マリアさんが、いつものように感極まって、床に散らばった書類を拾い集めながら叫んだ。

「その通りです、殿下! ルト様は、あえて『無能』を演じることで、組織における『権限委譲』の重要性を説いていらっしゃるのですわ! 私たちが自分で考え、行動できるように、わざと突き放してくださっている……! ああ、なんと深い教育的配慮!」

「……え、ちょっと待って。私、ただ寝ていたいだけなのよ」

「わかっているよ、ルト。君がどれほど怠惰を装っても、その瞳の奥にある『国民への信頼』は隠しきれない。……よし、わかった! 君が休んでいる間に、僕たちが完璧な王国を作り上げてみせる。君が安心して、一生ダラダラしていられるような、平和な世界をね!」

「素晴らしいですわ、殿下! 『ルト様を働かせないための国家プロジェクト』、今すぐ立ち上げます!」

「……」

私は、長椅子の上で呆然と口を開けた。

公務を投げ出せば「権限委譲」と讃えられ。
わがままを言えば「自立の促進」と解釈される。
挙句の果てには、私が「働かなくていい世界」を作るために、国全体が猛烈に働き始めた。

「(……なんで!? 私がサボればサボるほど、国の生産性が上がっていくじゃないの!?)」

私は、そっと自分の頬を抓ってみた。痛い。夢じゃない。

不徳を働こうとすれば「徳」になり。
無能を晒そうとすれば「賢者」になる。

「(……ねえ、誰か。本当に誰か。私を一人にして。……私、もう何をやっても、この国を救っちゃう運命なの……!?)」

私の「無気力作戦」は、王国の行政改革を劇的に加速させ、私の「聖女伝説」に「未来を見通す沈黙の賢妃」という、最高位の属性を加えてしまったのだった。
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