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「……ああ、ついにこの日が来てしまったわ」
私は、鏡に映る自分を死んだような目で見つめていた。
今日は、王立大聖堂での結婚式。
私の全身を包むのは、この国で最も優れた職人たちが「ルト様への愛」だけで編み上げたという、白銀のウェディングドレス。
その輝きは、もはや私の不浄な魂を焼き尽くさんばかりに神々しい。
「お嬢様、素晴らしいです。もはや人間ではなく、本物の女神のようですよ」
アンナが、ハンカチで目元を拭いながらドレスの裾を整えた。
「アンナ……。私、あきらめないわよ。結婚式の誓いの言葉……あそこで『いいえ』と言って、式を台無しにしてやるんだから!」
「……まだおっしゃっているのですか。もう観念して、幸せの檻に入ってください」
私はアンナの静止を振り切り、重厚な扉の向こう側へと足を踏み出した。
大聖堂の中は、国中の貴族と、選ばれた国民たちで埋め尽くされていた。
私が一歩踏み出すたびに、雷のような歓声と、むせび泣くような感謝の声が降り注ぐ。
壇上には、世界一幸せそうな顔をしたアラリック様が待っていた。
「ルト……。ようやく、君を僕の妻として世界に披露できる。君が今日まで、あえて『悪役』を演じることで僕を試し、成長させてくれたことに、心から感謝するよ」
「(……まだ言ってるわ、この人)」
私は祭壇の前で、アラリック様と向き合った。
さあ、司祭様! 早くあの質問をなさい!
老司祭が、震える声で聖典を読み上げる。
「……汝、アラリック・ル・ヴォルフレッドは、ルト・フォン・アステリアを妻とし、健やかなるときも……」
「誓います! 一生、彼女の『悪事(という名の愛)』に翻弄され続けることを!」
アラリック様が、質問が終わる前に食い気味に宣言した。
会場からは、「おお、なんと情熱的な!」と歓喜の声が上がる。
「……では、ルト・フォン・アステリア。汝は……」
「(来たわ!!)」
私は息を吸い込み、全身の力を込めて、歴史に残る「拒絶」を口にしようとした。
「いいえ! 私は、あなたを……不幸にしてやるわ!! 一生、わがままを言って困らせて、贅沢三昧して、あなたの平穏をぶち壊してやるんだから!!」
会場が、静まり返った。
よし、静寂! ついに、ついにドン引きしたわね!?
ところが。
「……っ!! ああ、なんて……なんて深い誓いなんだ!!」
司祭様が、聖典を放り出して天を仰いだ。
「……は?」
「皆様、お聞きになりましたか!? ルト様は、殿下を『甘やかさない』と誓われたのです! 愛ゆえに厳しく、殿下の魂を常に磨き続けるという、最高位の修羅の愛……!!」
マリアさんが、最前列で号泣しながら叫び、激しくメモを叩きつけた。
「その通りです! 『不幸にしてやる』というのは、『安逸な幸せに浸らせず、常に挑戦し続ける人生を与える』という、究極の激励ですわ!! ルト様、万歳!!」
「ルト……。君は、結婚してからも僕を甘やかしてくれないんだね。……ありがとう。君となら、僕はどこまでも高みを目指せそうだ」
アラリック様が、私の腰を引き寄せ、熱い口付けを交わした。
「(……なんで!? 『いいえ』って言ったじゃない! 言葉の頭を無視して、その後のわがままを全部『教育的指導』に変換しないでよ!!)」
鳴り止まない拍手。
空から降るバラの花びら。
そして、私を「救世主」と仰ぐ数千人の熱狂的な眼差し。
私は、アラリック様の腕の中で、真っ白な灰になった。
嫌われようとすれば愛され。
拒絶すれば称賛され。
逃げようとすれば、世界の中心に据えられる。
「(……ねえ、誰か。本当に誰か一人くらい……『この女、最悪だ』って言って……)」
私の「結婚式ぶち壊し作戦」は、王国の歴史上最も美しい「愛の誓い」として記録され、私の「聖女伝説」に「王を導く不滅の北極星」という、もはや人間を辞めたレベルの属性を追加してしまった。
自由への道は、アラリック様の薬指にはめられた結婚指輪と共に、永遠に閉ざされたのである。
私は、鏡に映る自分を死んだような目で見つめていた。
今日は、王立大聖堂での結婚式。
私の全身を包むのは、この国で最も優れた職人たちが「ルト様への愛」だけで編み上げたという、白銀のウェディングドレス。
その輝きは、もはや私の不浄な魂を焼き尽くさんばかりに神々しい。
「お嬢様、素晴らしいです。もはや人間ではなく、本物の女神のようですよ」
アンナが、ハンカチで目元を拭いながらドレスの裾を整えた。
「アンナ……。私、あきらめないわよ。結婚式の誓いの言葉……あそこで『いいえ』と言って、式を台無しにしてやるんだから!」
「……まだおっしゃっているのですか。もう観念して、幸せの檻に入ってください」
私はアンナの静止を振り切り、重厚な扉の向こう側へと足を踏み出した。
大聖堂の中は、国中の貴族と、選ばれた国民たちで埋め尽くされていた。
私が一歩踏み出すたびに、雷のような歓声と、むせび泣くような感謝の声が降り注ぐ。
壇上には、世界一幸せそうな顔をしたアラリック様が待っていた。
「ルト……。ようやく、君を僕の妻として世界に披露できる。君が今日まで、あえて『悪役』を演じることで僕を試し、成長させてくれたことに、心から感謝するよ」
「(……まだ言ってるわ、この人)」
私は祭壇の前で、アラリック様と向き合った。
さあ、司祭様! 早くあの質問をなさい!
老司祭が、震える声で聖典を読み上げる。
「……汝、アラリック・ル・ヴォルフレッドは、ルト・フォン・アステリアを妻とし、健やかなるときも……」
「誓います! 一生、彼女の『悪事(という名の愛)』に翻弄され続けることを!」
アラリック様が、質問が終わる前に食い気味に宣言した。
会場からは、「おお、なんと情熱的な!」と歓喜の声が上がる。
「……では、ルト・フォン・アステリア。汝は……」
「(来たわ!!)」
私は息を吸い込み、全身の力を込めて、歴史に残る「拒絶」を口にしようとした。
「いいえ! 私は、あなたを……不幸にしてやるわ!! 一生、わがままを言って困らせて、贅沢三昧して、あなたの平穏をぶち壊してやるんだから!!」
会場が、静まり返った。
よし、静寂! ついに、ついにドン引きしたわね!?
ところが。
「……っ!! ああ、なんて……なんて深い誓いなんだ!!」
司祭様が、聖典を放り出して天を仰いだ。
「……は?」
「皆様、お聞きになりましたか!? ルト様は、殿下を『甘やかさない』と誓われたのです! 愛ゆえに厳しく、殿下の魂を常に磨き続けるという、最高位の修羅の愛……!!」
マリアさんが、最前列で号泣しながら叫び、激しくメモを叩きつけた。
「その通りです! 『不幸にしてやる』というのは、『安逸な幸せに浸らせず、常に挑戦し続ける人生を与える』という、究極の激励ですわ!! ルト様、万歳!!」
「ルト……。君は、結婚してからも僕を甘やかしてくれないんだね。……ありがとう。君となら、僕はどこまでも高みを目指せそうだ」
アラリック様が、私の腰を引き寄せ、熱い口付けを交わした。
「(……なんで!? 『いいえ』って言ったじゃない! 言葉の頭を無視して、その後のわがままを全部『教育的指導』に変換しないでよ!!)」
鳴り止まない拍手。
空から降るバラの花びら。
そして、私を「救世主」と仰ぐ数千人の熱狂的な眼差し。
私は、アラリック様の腕の中で、真っ白な灰になった。
嫌われようとすれば愛され。
拒絶すれば称賛され。
逃げようとすれば、世界の中心に据えられる。
「(……ねえ、誰か。本当に誰か一人くらい……『この女、最悪だ』って言って……)」
私の「結婚式ぶち壊し作戦」は、王国の歴史上最も美しい「愛の誓い」として記録され、私の「聖女伝説」に「王を導く不滅の北極星」という、もはや人間を辞めたレベルの属性を追加してしまった。
自由への道は、アラリック様の薬指にはめられた結婚指輪と共に、永遠に閉ざされたのである。
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