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「へ、陛下! 申し上げます! 破産です! 我が国は破産いたします!」
王宮の玉座の間。
普段は威厳ある静寂に包まれているはずのこの場所に、財務大臣の悲痛な叫びが響き渡りました。
国王はこめかみを押さえながら、玉座に深く沈み込みました。
「……落ち着け、財務大臣。破産とは穏やかではないな。またギルバートがくだらん骨董品でも買ったのか?」
「いえ、そんなレベルの話ではありません! 国家規模の『不渡り』が発生しようとしているのです!」
大臣は震える手で、一枚の巨大なグラフを広げました。
そこには、右肩下がりに急降下し、最後には地面(グラフの枠外)を突き破ってさらに下へと伸びる、真っ赤な線が描かれていました。
「これは……なんだ?」
「我が国の『現金残高』の推移です。ご覧ください。リズナ様が出奔(しゅっぽん)されたXデーを境に、断崖絶壁のように垂直落下しております」
「な、なぜだ!? 確かにリズナ嬢は優秀だったが、たかが一人の令嬢がいなくなっただけで……」
「たかが、ではありません!」
大臣が声を荒らげました。
「リズナ様は、単なる公爵令嬢ではありませんでした。彼女は『歩く中央銀行』であり、『人間スーパーコンピューター』だったのです!」
大臣は涙ながらに説明を始めました。
「まず、歳入の部。リズナ様は独自の情報網で『値上がり確実な先物商品』を買い付け、高値で売り抜けることで、国庫の赤字を秘密裏に補填(ほてん)されていました」
「……なんと。余は知らなかったぞ」
「さらに歳出の部。彼女は各省庁の無駄遣いを『その予算はドブに捨てるつもりですか?』という冷徹な一言と、完璧な論理で却下し、年間30%のコストカットを実現していました」
「うむ……確かに、最近は無駄な宴会が減っていたな」
「そして何より……!」
大臣は一枚の請求書の束を叩きつけました。
「『王族浪費ストッパー機能』が停止したことが致命的です!」
「……詳しく聞こうか」
「まず、ギルバート殿下が購入された『夢の永久機関(ただの回る玩具)』への出資、金貨500枚。詐欺でした」
「あのバカ者が……」
「次に、王妃様が『肌に良いから』と大量購入された『南国の美容フルーツ』、金貨300枚。腐らせて廃棄されました」
「妻よ……」
「そしてトドメが、ミア嬢です」
大臣は震える指で、ピンク色の可愛らしい領収書をつまみ上げました。
「『愛の奇跡を起こす聖なる水』、1本につき金貨10枚。これを100本購入されています」
「……水? ただの水か?」
「成分分析の結果、王都の水道水でした。ミア嬢は『これを撒けば、国中の人が幸せになれるんですぅ!』と言って、庭に撒いたそうです」
「……」
国王は言葉を失いました。
リズナがいれば、「水道水に金貨を払うバカはいません。頭を冷やしなさい」と即座に却下し、業者を詐欺罪で告発していたでしょう。
彼女という『理性の防波堤』が決壊した今、王城は欲望と詐欺師の楽園と化していたのです。
「……で、残金は?」
「あと3日持ちません。来週予定されている近衛騎士団への給与支払いが不可能です」
「給与未払いだと!? クーデターが起きるぞ!」
「はい。すでに兵士たちの間では『リズナ商会に転職したほうが給料がいいらしい』という噂が広まり、離職者が相次いでおります」
国王はガタガタと震え出しました。
国の崩壊。
それが魔王の侵略でも、大地震でもなく、『家計簿の管理ミス』によって起きようとしているのです。
「ど、どうすればいい! 増税か? 国民から絞り取るか?」
「なりません! そんなことをすれば暴動が起きます! 唯一の解決策は……」
大臣はゴクリ、と唾を飲み込みました。
「『リズナ・フォン・アークライト』という名の、最強のCFO(最高財務責任者)を呼び戻すことです」
「だ、だが、彼女は隣国で独立しているのだろう? 戻ってくれるか?」
「普通に頼んでも無理でしょう。彼女は『損得』で動く方です。今の泥船のような我が国に戻るメリットがありません」
「ではどうする!」
「……土下座です」
「は?」
「国王陛下、および大臣一同が、プライドを捨てて地面に額を擦り付け、『なんでもしますから助けてください』と懇願するのです。それ以外に、彼女の心を……いえ、彼女の電卓を動かす方法はありません!」
静寂。
王国のトップたちが、揃って土下座をする。
前代未聞の屈辱です。
しかし、国王はゆっくりと立ち上がりました。
「……背に腹は代えられん」
「陛下!」
「国が滅ぶよりはマシだ。それに、よく考えれば……あの娘の小言は耳が痛かったが、言っていることは常に正しかった。余こそが、甘えていたのかもしれん」
国王の目に、悲壮な決意が宿りました。
「使者を送れ! いや、余が直接行く! リズナ嬢に会って、借金の申し込み……いや、復職のお願いをするのだ!」
「ははーっ! 直ちに馬車の用意を!」
慌ただしく動き出す玉座の間。
その隅で、場違いなほど優雅にお茶を飲んでいる人物がいました。
第三王子の幼い弟君です。
「兄上(ギルバート)はバカだねぇ。逃がした魚は大きかったってことさ」
弟君はクスクスと笑い、リズナ商会から取り寄せた『スターライト・パウダー』で自分のコインを磨いていました。
「ま、僕は最初からリズナ義姉上の味方だったけどね。……さて、この国が破産する前に、僕も資産をリズナ商会の株に移しておこうかな」
王族の中で唯一、リズナの薫陶(くんとう)を受けていた賢い弟君もまた、沈みゆく船からの脱出準備を始めていました。
◇
一方その頃、リズナ商会。
「くしゅんッ!」
私は盛大なクシャミをしました。
「お風邪ですか、オーナー?」
「いいえ。誰かが私の名前を叫びながら、救いを求めているような寒気がしただけよ」
私は鼻をすすり、目の前の書類に判を押しました。
『リズナ銀行・設立計画書』。
そう、私の次なる一手は金融業です。
隣国の通貨だけでなく、私の元いた国の通貨も、もうすぐ紙くず同然になるかもしれません。その前に、実物資産(金や土地)を押さえておく必要があります。
「セオドア、王都の不動産価格の暴落予測は?」
「バッチリです。来週には底値になるでしょう。そのタイミングで、王城の一部を『抵当物件』として買い叩く準備も整っております」
「さすがね。王城を改装して、巨大なショッピングモールにするのも悪くないわ」
「テーマパークも良いかと。『愚かな王子の反省部屋』というアトラクションが見世物として人気が出そうです」
「ふふふ、悪趣味ね。採用よ」
私たちは悪魔のような微笑みを交わしました。
私が王城を「買い取る」日が来るのか、それとも国王が泣きついてくるのが先か。
チキンレースの幕開けです。
しかし、その前に。
私の平穏な商会に、招かれざる「勘違い客」がもう一人、突撃してこようとしていました。
次回、第16話『国王の土下座(心の中で)』……の前に。
第16話の予定でしたが、その前にトラブルメーカーが動きます。
ミア様です。
彼女もまた、国王とは違うベクトルで追い詰められ、逆ギレして国境を越えようとしていたのです。
王宮の玉座の間。
普段は威厳ある静寂に包まれているはずのこの場所に、財務大臣の悲痛な叫びが響き渡りました。
国王はこめかみを押さえながら、玉座に深く沈み込みました。
「……落ち着け、財務大臣。破産とは穏やかではないな。またギルバートがくだらん骨董品でも買ったのか?」
「いえ、そんなレベルの話ではありません! 国家規模の『不渡り』が発生しようとしているのです!」
大臣は震える手で、一枚の巨大なグラフを広げました。
そこには、右肩下がりに急降下し、最後には地面(グラフの枠外)を突き破ってさらに下へと伸びる、真っ赤な線が描かれていました。
「これは……なんだ?」
「我が国の『現金残高』の推移です。ご覧ください。リズナ様が出奔(しゅっぽん)されたXデーを境に、断崖絶壁のように垂直落下しております」
「な、なぜだ!? 確かにリズナ嬢は優秀だったが、たかが一人の令嬢がいなくなっただけで……」
「たかが、ではありません!」
大臣が声を荒らげました。
「リズナ様は、単なる公爵令嬢ではありませんでした。彼女は『歩く中央銀行』であり、『人間スーパーコンピューター』だったのです!」
大臣は涙ながらに説明を始めました。
「まず、歳入の部。リズナ様は独自の情報網で『値上がり確実な先物商品』を買い付け、高値で売り抜けることで、国庫の赤字を秘密裏に補填(ほてん)されていました」
「……なんと。余は知らなかったぞ」
「さらに歳出の部。彼女は各省庁の無駄遣いを『その予算はドブに捨てるつもりですか?』という冷徹な一言と、完璧な論理で却下し、年間30%のコストカットを実現していました」
「うむ……確かに、最近は無駄な宴会が減っていたな」
「そして何より……!」
大臣は一枚の請求書の束を叩きつけました。
「『王族浪費ストッパー機能』が停止したことが致命的です!」
「……詳しく聞こうか」
「まず、ギルバート殿下が購入された『夢の永久機関(ただの回る玩具)』への出資、金貨500枚。詐欺でした」
「あのバカ者が……」
「次に、王妃様が『肌に良いから』と大量購入された『南国の美容フルーツ』、金貨300枚。腐らせて廃棄されました」
「妻よ……」
「そしてトドメが、ミア嬢です」
大臣は震える指で、ピンク色の可愛らしい領収書をつまみ上げました。
「『愛の奇跡を起こす聖なる水』、1本につき金貨10枚。これを100本購入されています」
「……水? ただの水か?」
「成分分析の結果、王都の水道水でした。ミア嬢は『これを撒けば、国中の人が幸せになれるんですぅ!』と言って、庭に撒いたそうです」
「……」
国王は言葉を失いました。
リズナがいれば、「水道水に金貨を払うバカはいません。頭を冷やしなさい」と即座に却下し、業者を詐欺罪で告発していたでしょう。
彼女という『理性の防波堤』が決壊した今、王城は欲望と詐欺師の楽園と化していたのです。
「……で、残金は?」
「あと3日持ちません。来週予定されている近衛騎士団への給与支払いが不可能です」
「給与未払いだと!? クーデターが起きるぞ!」
「はい。すでに兵士たちの間では『リズナ商会に転職したほうが給料がいいらしい』という噂が広まり、離職者が相次いでおります」
国王はガタガタと震え出しました。
国の崩壊。
それが魔王の侵略でも、大地震でもなく、『家計簿の管理ミス』によって起きようとしているのです。
「ど、どうすればいい! 増税か? 国民から絞り取るか?」
「なりません! そんなことをすれば暴動が起きます! 唯一の解決策は……」
大臣はゴクリ、と唾を飲み込みました。
「『リズナ・フォン・アークライト』という名の、最強のCFO(最高財務責任者)を呼び戻すことです」
「だ、だが、彼女は隣国で独立しているのだろう? 戻ってくれるか?」
「普通に頼んでも無理でしょう。彼女は『損得』で動く方です。今の泥船のような我が国に戻るメリットがありません」
「ではどうする!」
「……土下座です」
「は?」
「国王陛下、および大臣一同が、プライドを捨てて地面に額を擦り付け、『なんでもしますから助けてください』と懇願するのです。それ以外に、彼女の心を……いえ、彼女の電卓を動かす方法はありません!」
静寂。
王国のトップたちが、揃って土下座をする。
前代未聞の屈辱です。
しかし、国王はゆっくりと立ち上がりました。
「……背に腹は代えられん」
「陛下!」
「国が滅ぶよりはマシだ。それに、よく考えれば……あの娘の小言は耳が痛かったが、言っていることは常に正しかった。余こそが、甘えていたのかもしれん」
国王の目に、悲壮な決意が宿りました。
「使者を送れ! いや、余が直接行く! リズナ嬢に会って、借金の申し込み……いや、復職のお願いをするのだ!」
「ははーっ! 直ちに馬車の用意を!」
慌ただしく動き出す玉座の間。
その隅で、場違いなほど優雅にお茶を飲んでいる人物がいました。
第三王子の幼い弟君です。
「兄上(ギルバート)はバカだねぇ。逃がした魚は大きかったってことさ」
弟君はクスクスと笑い、リズナ商会から取り寄せた『スターライト・パウダー』で自分のコインを磨いていました。
「ま、僕は最初からリズナ義姉上の味方だったけどね。……さて、この国が破産する前に、僕も資産をリズナ商会の株に移しておこうかな」
王族の中で唯一、リズナの薫陶(くんとう)を受けていた賢い弟君もまた、沈みゆく船からの脱出準備を始めていました。
◇
一方その頃、リズナ商会。
「くしゅんッ!」
私は盛大なクシャミをしました。
「お風邪ですか、オーナー?」
「いいえ。誰かが私の名前を叫びながら、救いを求めているような寒気がしただけよ」
私は鼻をすすり、目の前の書類に判を押しました。
『リズナ銀行・設立計画書』。
そう、私の次なる一手は金融業です。
隣国の通貨だけでなく、私の元いた国の通貨も、もうすぐ紙くず同然になるかもしれません。その前に、実物資産(金や土地)を押さえておく必要があります。
「セオドア、王都の不動産価格の暴落予測は?」
「バッチリです。来週には底値になるでしょう。そのタイミングで、王城の一部を『抵当物件』として買い叩く準備も整っております」
「さすがね。王城を改装して、巨大なショッピングモールにするのも悪くないわ」
「テーマパークも良いかと。『愚かな王子の反省部屋』というアトラクションが見世物として人気が出そうです」
「ふふふ、悪趣味ね。採用よ」
私たちは悪魔のような微笑みを交わしました。
私が王城を「買い取る」日が来るのか、それとも国王が泣きついてくるのが先か。
チキンレースの幕開けです。
しかし、その前に。
私の平穏な商会に、招かれざる「勘違い客」がもう一人、突撃してこようとしていました。
次回、第16話『国王の土下座(心の中で)』……の前に。
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