3 / 29
3
しおりを挟む
「殿下。今日という今日は、逃がしませんわよ。このお茶会が、私たちの婚約の終着駅となりますわ!」
リペは、バラが咲き誇る東屋で、カイル殿下と対峙していた。
目の前には、彼女が昨晩寝ずに書き上げた『リペ・ブランシュがいかに悪女であるか、及び婚約破棄すべき百の理由』という分厚い書類が置かれている。
これだけ証拠を揃えれば、理知的な殿下のこと、認めざるを得ないはずだ。
「リペ、そんなに怖い顔をしないで。せっかくの最高級のダージリンが、君の熱気で沸騰してしまいそうだ」
「お黙りなさい! さあ、これを見るのです! 第一の理由! 私は極めて傲慢であり、常に他人を見下しております!」
リペは書類の1ページ目を、バン! と机に叩きつけた。
カイルはそれを手に取り、ふむ、と優雅に顎をさすった。
「……なるほど。確かに君は、常に高い視点を持っているね」
「そうでしょう! 傲慢でしょう!」
「いや、これは『王妃としての高潔なプライド』だ。リペ、君は自分が特別であることを自覚している。それは身分の低い者たちに、正しく規範を示すために必要な資質だよ。君の凛とした立ち居振る舞いは、民衆に安心感を与える。合格だ」
「……っ。では、第二の理由! 私は極めてわがままです! 殿下の予定も聞かず、こうして無理やりお茶会を開かせましたわ!」
「何を言うんだい。君が僕に会いたいと言ってくれた。それ以上の喜びがこの世にあるかな? 君が僕の時間を支配したいと望むのは、僕を独占したいという愛の裏返しだろう。束縛は大歓迎だよ、リペ」
カイルは微笑みながら、リペの書いた「わがまま」という文字を、愛おしそうになぞった。
リペの背中に冷たい汗が流れる。
おかしい。論理が通用しない。
「第三の理由! 私は……私は、浪費家ですわ! この前も、使い道のない金の置物を三つも買いましたのよ!」
「ああ、あの可愛らしい猫の置物かい? あれは国営の工房で作られたものだね。君が買うことで、職人たちの生活が潤い、国の経済が回る。君は慈悲深いパトロンだ。実に素晴らしいよ」
「では、第四の理由! 私は殿下のことが、これっぽっちも好きではありませんわ! 愛のない結婚なんて、殿下にとっても不幸ですわよ!」
リペは、ついに最大のカードを切った。
女性に「好きではない」と言われて、ショックを受けない男はいないはずだ。
カイルは一瞬、動きを止めた。
(やったわ……! ついに効いた……!)
リペが勝利を確信した次の瞬間、カイルは深く、深く感動したように顔を覆った。
「……リペ。君は、どこまで僕を試すんだい?」
「……はい?」
「『好きではない』なんて……。そんな残酷な嘘をついてまで、僕の愛の本気度を確かめようとするなんて。君は、僕がその程度の言葉で諦めるような男だと思っているのかい?」
カイルの瞳に、ガチな熱が宿る。
「僕はね、リペ。君のその『ツン』とした態度の裏側に隠された、繊細な『デレ』を見逃さない。君が僕を拒絶しようとするたびに、僕の心には新しい火が灯るんだ。『ああ、彼女はまだ僕に、もっと愛してほしいと強がっているんだな』ってね」
「全っっっ然違いますわよ! 本気で、1ミリも、これっぽっちも!」
「いいんだ、リペ。言葉は時に真実を隠す。だが、君のその真っ赤になった耳たぶは嘘をつけないよ」
「これは怒りで赤くなっているんですのよーっ!」
リペの絶叫も虚しく、カイルの説得(という名のノロケ)はそこから三時間に及んだ。
彼がいかにリペを愛しているか。
リペがいかに王妃にふさわしいか。
そして、今この瞬間も、二人の魂がいかに共鳴し合っているか。
「……というわけで、リペ。君の用意したこの百の理由は、すべて僕への『愛の挑戦状』として受理したよ。明日もまた、君の新しい愛の形を見せてくれるかな?」
夕暮れ時、疲れ果てて魂が口から出かかっているリペに対し、カイルは爽やかな笑顔で書類を返した。
リペは、もはや反論する気力も残っていなかった。
「……セバス、帰りますわよ……」
「お疲れ様です、お嬢様。説得されるはずが、逆に三時間も愛の言葉を浴びせられるとは……。お嬢様も、ある意味、殿下の体力を奪うという点では悪女かもしれませんね」
「セバスのいじわる……。もう、甘いものは当分見たくありませんわ……」
リペはフラフラと馬車に乗り込んだ。
一方、カイルは彼女が去った後も、リペが叩きつけた書類を大切そうに胸に抱いていた。
「リペ……。君が僕のために、これほど文字を書いてくれるなんて。今夜はこれを枕の下に敷いて寝るとしよう」
殿下のポジティブ脳は、今日も絶好調であった。
リペは、バラが咲き誇る東屋で、カイル殿下と対峙していた。
目の前には、彼女が昨晩寝ずに書き上げた『リペ・ブランシュがいかに悪女であるか、及び婚約破棄すべき百の理由』という分厚い書類が置かれている。
これだけ証拠を揃えれば、理知的な殿下のこと、認めざるを得ないはずだ。
「リペ、そんなに怖い顔をしないで。せっかくの最高級のダージリンが、君の熱気で沸騰してしまいそうだ」
「お黙りなさい! さあ、これを見るのです! 第一の理由! 私は極めて傲慢であり、常に他人を見下しております!」
リペは書類の1ページ目を、バン! と机に叩きつけた。
カイルはそれを手に取り、ふむ、と優雅に顎をさすった。
「……なるほど。確かに君は、常に高い視点を持っているね」
「そうでしょう! 傲慢でしょう!」
「いや、これは『王妃としての高潔なプライド』だ。リペ、君は自分が特別であることを自覚している。それは身分の低い者たちに、正しく規範を示すために必要な資質だよ。君の凛とした立ち居振る舞いは、民衆に安心感を与える。合格だ」
「……っ。では、第二の理由! 私は極めてわがままです! 殿下の予定も聞かず、こうして無理やりお茶会を開かせましたわ!」
「何を言うんだい。君が僕に会いたいと言ってくれた。それ以上の喜びがこの世にあるかな? 君が僕の時間を支配したいと望むのは、僕を独占したいという愛の裏返しだろう。束縛は大歓迎だよ、リペ」
カイルは微笑みながら、リペの書いた「わがまま」という文字を、愛おしそうになぞった。
リペの背中に冷たい汗が流れる。
おかしい。論理が通用しない。
「第三の理由! 私は……私は、浪費家ですわ! この前も、使い道のない金の置物を三つも買いましたのよ!」
「ああ、あの可愛らしい猫の置物かい? あれは国営の工房で作られたものだね。君が買うことで、職人たちの生活が潤い、国の経済が回る。君は慈悲深いパトロンだ。実に素晴らしいよ」
「では、第四の理由! 私は殿下のことが、これっぽっちも好きではありませんわ! 愛のない結婚なんて、殿下にとっても不幸ですわよ!」
リペは、ついに最大のカードを切った。
女性に「好きではない」と言われて、ショックを受けない男はいないはずだ。
カイルは一瞬、動きを止めた。
(やったわ……! ついに効いた……!)
リペが勝利を確信した次の瞬間、カイルは深く、深く感動したように顔を覆った。
「……リペ。君は、どこまで僕を試すんだい?」
「……はい?」
「『好きではない』なんて……。そんな残酷な嘘をついてまで、僕の愛の本気度を確かめようとするなんて。君は、僕がその程度の言葉で諦めるような男だと思っているのかい?」
カイルの瞳に、ガチな熱が宿る。
「僕はね、リペ。君のその『ツン』とした態度の裏側に隠された、繊細な『デレ』を見逃さない。君が僕を拒絶しようとするたびに、僕の心には新しい火が灯るんだ。『ああ、彼女はまだ僕に、もっと愛してほしいと強がっているんだな』ってね」
「全っっっ然違いますわよ! 本気で、1ミリも、これっぽっちも!」
「いいんだ、リペ。言葉は時に真実を隠す。だが、君のその真っ赤になった耳たぶは嘘をつけないよ」
「これは怒りで赤くなっているんですのよーっ!」
リペの絶叫も虚しく、カイルの説得(という名のノロケ)はそこから三時間に及んだ。
彼がいかにリペを愛しているか。
リペがいかに王妃にふさわしいか。
そして、今この瞬間も、二人の魂がいかに共鳴し合っているか。
「……というわけで、リペ。君の用意したこの百の理由は、すべて僕への『愛の挑戦状』として受理したよ。明日もまた、君の新しい愛の形を見せてくれるかな?」
夕暮れ時、疲れ果てて魂が口から出かかっているリペに対し、カイルは爽やかな笑顔で書類を返した。
リペは、もはや反論する気力も残っていなかった。
「……セバス、帰りますわよ……」
「お疲れ様です、お嬢様。説得されるはずが、逆に三時間も愛の言葉を浴びせられるとは……。お嬢様も、ある意味、殿下の体力を奪うという点では悪女かもしれませんね」
「セバスのいじわる……。もう、甘いものは当分見たくありませんわ……」
リペはフラフラと馬車に乗り込んだ。
一方、カイルは彼女が去った後も、リペが叩きつけた書類を大切そうに胸に抱いていた。
「リペ……。君が僕のために、これほど文字を書いてくれるなんて。今夜はこれを枕の下に敷いて寝るとしよう」
殿下のポジティブ脳は、今日も絶好調であった。
10
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
さようなら、婚約者様。これは悪役令嬢の逆襲です。
パリパリかぷちーの
恋愛
舞台は、神の声を重んじる王国。
そこでは“聖女”の存在が政治と信仰を支配していた。
主人公ヴィオラ=エーデルワイスは、公爵令嬢として王太子ユリウスの婚約者という地位にあったが、
ある日、王太子は突如“聖女リュシエンヌ”に心を奪われ、公衆の場でヴィオラとの婚約を破棄する。
だがヴィオラは、泣き叫ぶでもなく、静かに微笑んで言った。
「――お幸せに。では、さようなら」
その言葉と共に、彼女の“悪役令嬢”としての立場は幕を閉じる。
そしてそれが、彼女の逆襲の幕開けだった。
【再公開】作品です。
知らぬはヒロインだけ
ネコフク
恋愛
「クエス様好きです!」婚約者が隣にいるのに告白する令嬢に唖然とするシスティアとクエスフィール。
告白してきた令嬢アリサは見目の良い高位貴族の子息ばかり粉をかけて回っていると有名な人物だった。
しかも「イベント」「システム」など訳が分からない事を言っているらしい。
そう、アリサは転生者。ここが乙女ゲームの世界で自分はヒロインだと思っている。
しかし彼女は知らない。他にも転生者がいることを。
※不定期連載です。毎日投稿する時もあれば日が開く事もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる