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「……リペ。一言も喋らなくていい。今は、僕の言葉だけを聞くんだ」
砂塵が舞う廃倉庫の中、カイル殿下の声が低く響き渡った。
いつもの甘くとろけるような声音ではない。それは、極北の氷山を切り出したかのような、鋭く冷徹な響きだった。
リペは、向けられたことのないその「本気の威圧感」に、思わず肩を震わせた。
「ひ、ひいぃっ……! た、助けてくれ! 俺はただ、侯爵令息に命令されただけで……!」
取り巻きの男たちが腰を抜かし、這いつくばって逃げようとする。
しかし、カイルが指をパチンと鳴らすと、影から現れた近衛騎士たちが一瞬にして彼らを取り押さえた。
カイルは、震えるグロス侯爵令息の鼻先に、愛用の宝剣の切っ先を突きつけた。
「……僕の宝物に触れようとした罪、万死に値する。だが、ここで君の血でリペの視界を汚すのは忍びない。……連れて行け。二度と日の光を拝めぬ場所へ」
「や、やめてくれ! あ、あぁぁぁっ!」
絶叫と共に悪党たちが引きずり出されていく。
倉庫内には、縄を解かれたマリアンヌと、立ち尽くすリペ、そしてカイルの三人だけが残された。
「お、お姉様……! 怖かったですわ、私……!」
マリアンヌがリペに抱きつこうと駆け寄る。
しかし、カイルがその間に割って入り、マリアンヌを騎士の一人に預けた。
「マリアンヌ嬢、君も無事でよかった。だが、今は下がっていなさい。……僕には、この『向こう見ずな悪女』に教えなければならないことがある」
「……殿下?」
リペがおずおずと顔を上げると、カイルの瞳には、怒りと、それ以上の「絶望的なまでの不安」が渦巻いていた。
「……リペ。君は、自分がどれほど無茶をしたか分かっているのか?」
「……え、ええ。悪役令嬢として、人質を盾に交渉するという、極めて知的なムーブを……」
「黙れ!!」
カイルの怒号が倉庫を震わせた。リペはビクッと体を強張らせ、言葉を失った。
「交渉だと? もし僕の到着が数分遅れていたら、その刃が君の喉を裂いていたかもしれないんだぞ! 僕がどんな思いでここまで馬を飛ばしたか……君には想像もつかないのか!」
カイルはリペの肩を強く掴んだ。その手は、隠しようもなく震えていた。
「婚約破棄? 自由? そんなもののために、君の命を賭けるな! 君がいない世界で、僕が正気でいられると思っているのか!」
「……で、殿下。私……」
「君が自分を悪女だと呼びたいなら好きにすればいい。だが、僕の前で二度と自分を粗末に扱うな。……これは命令だ。王子の、そして君を愛しすぎて壊れそうな、一人の男としての命令だ!」
カイルはそのまま、リペを壊れ物を扱うように、しかし逃がさない強さで抱きしめた。
リペの頬に、カイルの熱い涙が落ちる。
(……あ、あれ? 私、いつものように『愛のフィルター』で流されると思っていましたのに……)
今回の殿下は、明らかに違った。
リペが「悪役令嬢」という役割に没頭するあまり、自分の命すら舞台装置にしようとしたことに対して、彼は心底から、魂を削るような怒りを覚えたのだ。
「……ごめんなさい、カイル様」
リペの口から、無意識に「殿下」ではない呼び名が漏れた。
その瞬間、カイルの抱擁にさらに力がこもる。
「……もういい。二度と離さない。王宮へ帰るぞ。君の部屋の鍵を、今夜から僕が預かることにする」
「……え? それって、物理的な監禁へとグレードアップしていませんか?」
「ああ、そうだ。君が一人で危ない真似をするくらいなら、僕の鎖に繋がれている方がマシだ」
カイルはリペを抱き上げると、廃倉庫を後にした。
背後では、セバスが静かに眼鏡の縁を直し、メモを取っていた。
「……お嬢様。今回の『悪事』は、殿下の独占欲を最終段階(ファイナルフェーズ)まで進化させてしまったようですね。……もはや、逃げ道は宇宙の果てにもございませんよ」
リペは、カイルの胸の中で、初めて「本当の意味での愛の重さ」を実感し、真っ赤な顔で沈黙するしかなかった。
砂塵が舞う廃倉庫の中、カイル殿下の声が低く響き渡った。
いつもの甘くとろけるような声音ではない。それは、極北の氷山を切り出したかのような、鋭く冷徹な響きだった。
リペは、向けられたことのないその「本気の威圧感」に、思わず肩を震わせた。
「ひ、ひいぃっ……! た、助けてくれ! 俺はただ、侯爵令息に命令されただけで……!」
取り巻きの男たちが腰を抜かし、這いつくばって逃げようとする。
しかし、カイルが指をパチンと鳴らすと、影から現れた近衛騎士たちが一瞬にして彼らを取り押さえた。
カイルは、震えるグロス侯爵令息の鼻先に、愛用の宝剣の切っ先を突きつけた。
「……僕の宝物に触れようとした罪、万死に値する。だが、ここで君の血でリペの視界を汚すのは忍びない。……連れて行け。二度と日の光を拝めぬ場所へ」
「や、やめてくれ! あ、あぁぁぁっ!」
絶叫と共に悪党たちが引きずり出されていく。
倉庫内には、縄を解かれたマリアンヌと、立ち尽くすリペ、そしてカイルの三人だけが残された。
「お、お姉様……! 怖かったですわ、私……!」
マリアンヌがリペに抱きつこうと駆け寄る。
しかし、カイルがその間に割って入り、マリアンヌを騎士の一人に預けた。
「マリアンヌ嬢、君も無事でよかった。だが、今は下がっていなさい。……僕には、この『向こう見ずな悪女』に教えなければならないことがある」
「……殿下?」
リペがおずおずと顔を上げると、カイルの瞳には、怒りと、それ以上の「絶望的なまでの不安」が渦巻いていた。
「……リペ。君は、自分がどれほど無茶をしたか分かっているのか?」
「……え、ええ。悪役令嬢として、人質を盾に交渉するという、極めて知的なムーブを……」
「黙れ!!」
カイルの怒号が倉庫を震わせた。リペはビクッと体を強張らせ、言葉を失った。
「交渉だと? もし僕の到着が数分遅れていたら、その刃が君の喉を裂いていたかもしれないんだぞ! 僕がどんな思いでここまで馬を飛ばしたか……君には想像もつかないのか!」
カイルはリペの肩を強く掴んだ。その手は、隠しようもなく震えていた。
「婚約破棄? 自由? そんなもののために、君の命を賭けるな! 君がいない世界で、僕が正気でいられると思っているのか!」
「……で、殿下。私……」
「君が自分を悪女だと呼びたいなら好きにすればいい。だが、僕の前で二度と自分を粗末に扱うな。……これは命令だ。王子の、そして君を愛しすぎて壊れそうな、一人の男としての命令だ!」
カイルはそのまま、リペを壊れ物を扱うように、しかし逃がさない強さで抱きしめた。
リペの頬に、カイルの熱い涙が落ちる。
(……あ、あれ? 私、いつものように『愛のフィルター』で流されると思っていましたのに……)
今回の殿下は、明らかに違った。
リペが「悪役令嬢」という役割に没頭するあまり、自分の命すら舞台装置にしようとしたことに対して、彼は心底から、魂を削るような怒りを覚えたのだ。
「……ごめんなさい、カイル様」
リペの口から、無意識に「殿下」ではない呼び名が漏れた。
その瞬間、カイルの抱擁にさらに力がこもる。
「……もういい。二度と離さない。王宮へ帰るぞ。君の部屋の鍵を、今夜から僕が預かることにする」
「……え? それって、物理的な監禁へとグレードアップしていませんか?」
「ああ、そうだ。君が一人で危ない真似をするくらいなら、僕の鎖に繋がれている方がマシだ」
カイルはリペを抱き上げると、廃倉庫を後にした。
背後では、セバスが静かに眼鏡の縁を直し、メモを取っていた。
「……お嬢様。今回の『悪事』は、殿下の独占欲を最終段階(ファイナルフェーズ)まで進化させてしまったようですね。……もはや、逃げ道は宇宙の果てにもございませんよ」
リペは、カイルの胸の中で、初めて「本当の意味での愛の重さ」を実感し、真っ赤な顔で沈黙するしかなかった。
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