悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「……これは、どういう意味なのかしら」

ベルンシュタイン公爵邸の私の部屋。

テーブルの上には、王家の紋章が入った豪奢な箱が置かれていた。

中に入っていたのは、以前のお手紙にあった「ドレスの仕立て券」。

そしてもう一つ。

銀色のフレームが繊細な輝きを放つ、真新しい「眼鏡」だった。

「どういう意味、とは?」

セバスが淹れたての紅茶を置きながら尋ねる。

「見て、この眼鏡。すごく高そうでしょう? それに、添えられたメッセージカードよ」

私は震える指で、殿下の直筆メッセージを摘み上げた。

そこには、流麗な筆跡でこう書かれていた。

『君が眉間にシワを寄せていると、周囲が凍りつくようだ。もっと世界をクリアに見てほしい。この眼鏡なら、君の美しい瞳を隠すことなく、視界を確保できるだろう』

「……」

私はカードをテーブルに叩きつけた(バンッ!)。

「これ、完全に私の顔が怖いって言ってるわよね!?」

「左様でございますか? 『美しい瞳』と書いてありますが」

「それは社交辞令よ! 本音は『お前の目つきが悪すぎて心臓に悪いから、これで矯正しろ』ってことよ!」

私は頭を抱えた。

先日のお茶会での騒動。

私がドレスのシミを凝視していた時の顔が、よほど恐ろしかったのだろう。

殿下はそれを聞きつけ、「これ以上、被害者(誤解による)を出さないために」この眼鏡を送ってきたに違いない。

「しかも、こんな高価なものを……。これは『貸し』よ、セバス」

「貸し、ですか」

「ええ。高価な物を一方的に送りつけ、心理的な負担をかける。そして断罪の日に『あれほど世話をしてやったのに、恩を仇で返しおって!』と糾弾するための布石だわ!」

私のネガティブ思考は、今日も絶好調だった。

「お嬢様。素直に好意として受け取る、という選択肢はないのですか?」

「ないわね。だって私は『氷の処刑台』よ? 殿下が私に好意を持つなんて、天変地異が起きてもあり得ないわ」

私は断言した。

これまでの殿下の行動――クッキーを食べたり、デートに誘ったり――も、全ては私の尻尾を掴むための高度な諜報活動に違いないのだ。

「でも、頂き物を無視するわけにはいかないわ。お礼状を書かなくちゃ」

私は立ち上がり、書き物机に向かった。

「丁重に、礼儀正しく、そして『あなたの企みには気づいていますよ』という牽制も含めた、完璧なお礼状を書くのよ」

「……お手柔らかにお願いしますよ」

セバスが不安そうに呟いた。

          ◇

私は筆を執った。

普段、文字を書く時は眼鏡をかけるが、せっかく頂いた新しい眼鏡を試してみることにした。

装着してみる。

「……あら」

驚いた。世界が、信じられないほど鮮明だ。

これまでの眼鏡とは違い、フレームが視界を邪魔しないし、何より度数が完璧に調整されている。

「すごいわ、セバス! 部屋の隅のホコリまで見えるわ!」

「それは掃除が行き届いていないということですので、後でメイドを叱っておきます」

「そういう意味じゃなくて! とにかく、これなら眉間にシワを寄せずに文字が書けるわ」

私は感動しながら、便箋を選んだ。

殿下への手紙だ。軽薄なものは失礼にあたる。

選んだのは、公爵家の倉庫に眠っていた、最高級の和紙のような厚手の黒い便箋。そして、それに映える銀のインク。

「黒に銀。シックで格調高いわね」

私は満足げに頷き、筆を走らせた。

サラサラと……書くつもりが、つい気合が入りすぎて、筆圧が強くなってしまう。

私の書く文字は、父譲りの力強い達筆だ。

太く、鋭く、まるで刃物で切りつけたような書体。

それが黒い紙の上に、銀色で浮かび上がる。

『拝啓 フレデリック殿下』

書き出しからして、すでに「果たし状」の風格が漂っていた。

「……まずは感謝の言葉ね」

私は考えながら筆を進める。

『この度は、身に余る品を賜り、恐悦至極に存じます』

うん、丁寧だ。

『我が眼(まなこ)の不備を補うための配慮、痛み入ります』

「眼の不備」という表現が、なんだかサイボーグのメンテナンスみたいだが、まあいい。

次は、「貸し」についての言及だ。

『頂いた恩は、必ずや返済いたします』

これを、もっと武家風に、覚悟を持って伝えたい。

『此度の借り、決して忘れはしませぬ。我が身命を賭して、いずれ必ず清算させていただく所存です』

よし、決意が伝わる。

そして最後に、次回のデート(という名の尋問会)への意気込みだ。

『次にお会いする時を、首を洗ってお待ちしております』

……あ。

間違えた。

「首を長くして」と書こうとして、なぜか「首を洗って」と書いてしまった。

時代劇の見過ぎだろうか。

「書き直さなきゃ……」

新しい便箋に手を伸ばそうとした、その時。

ガタンッ!

肘がインク壺に当たってしまった。

「あっ!」

銀色のインクが、完成した手紙の上に飛び散る。

バシャッ!

黒い紙の上に、銀色の飛沫が散乱した。

それはまるで、夜闇の中で飛び散った鮮血のアート。

「……」

私は固まった。

「セバス、拭いて! 早く!」

「お嬢様、擦っては駄目です! 滲みます!」

時すでに遅し。

インクの飛沫は、文末の『清算させていただく』という文字の周りに、禍々しい放射線状の模様を描いていた。

さらに、『首を洗ってお待ちしております』の部分が、インクの滲みで『首を……待って……』と、途切れ途切れのダイイングメッセージのようになっている。

「……どうしよう、セバス」

私は完成品(?)を持ち上げた。

黒い紙。

銀の刃のような文字。

飛び散る飛沫。

そして文面は、『借りは返す』『清算する』『首を……』。

「どう見ても、『今からお前の命を奪いに行く』という予告状にしか見えないわ」

「そうですね。怪盗あるいは暗殺ギルドからの犯行声明文としてなら、百点満点です」

セバスが冷静に評価を下した。

「書き直しましょう」

「それが……今のインク壺転倒事故で、予備の便箋が全滅したわ」

「なんと」

「他の便箋は……ファンシーなクマさんの柄しかないわ」

公爵令嬢から王子への手紙がクマさん柄というのも、それはそれで「精神状態を疑われる」リスクがある。

「……送るしかないわね」

私は覚悟を決めた。

「中身を読めば、感謝の気持ちは伝わるはずよ。殿下は賢明な方だもの。きっと行間を読んでくださるわ」

「行間から滲み出る殺意を読まれなければ良いのですが」

セバスの不安をよそに、私は手紙を封蝋で閉じた。

封蝋の色はもちろん、公爵家のカラーである「深紅」。

黒い封筒に、赤い蝋。

毒々しさの役満である。

「よし、これを使いの者に持たせてちょうだい」

「……承知いたしました。使いの者には、遺書を書かせてから向かわせます」

「だから失礼ね!」

          ◇

数時間後。王宮の執務室。

フレデリック殿下は、届いた手紙を前に、肩を震わせていた。

「くっ……ふふっ……!」

彼の目の前には、禍々しいオーラを放つ黒い封筒。

そして、その中から現れた、銀色の殺害予告(お礼状)。

『我が身命を賭して、清算させていただく』

『首を……待って……(インクの染み)』

側近の騎士が、青ざめた顔で進言した。

「で、殿下! これは直ちに警備を強化すべきです! ベルンシュタイン家がついに牙を剥きました!」

「違う、違うんだ」

フレデリックは笑いすぎて涙を拭った。

「これは、彼女なりの『ありがとう』なんだよ」

「はあ!? どこをどう読めばそうなるのですか!?」

「見ろ、この文字を。一生懸命、丁寧に書こうとして、筆圧が強くなりすぎている。そしてこのインクの染み。おそらく、書き終えた瞬間に壺を倒して慌てふためいた姿が目に浮かぶようだ」

フレデリックは、手紙の端についた、小さな指紋の跡を優しく撫でた。

「不器用だなあ。愛おしいほどに」

彼はその手紙を、大事な宝物のように引き出しにしまった。

「返事はどうされますか?」

「不要だ。その代わり……次のデートの準備を進めろ」

フレデリックは立ち上がり、窓の外を見つめた。

「彼女が『清算』しに来るというのなら、受けて立とうじゃないか。……最高のデートで、彼女を完膚なきまでに陥落させてやる」

          ◇

一方、その頃。

私は屋敷で、新たな悩みに頭を抱えていた。

「手紙は出した。次は……デートの服よ」

頂いた仕立て券で作ったドレスが、今日届く予定なのだ。

「どんなドレスかしら。殿下が選んでくださったデザインだもの、きっと清楚で可愛らしい……」

コンコン。

ドアがノックされ、メイドたちが大きな箱を運んできた。

「お嬢様、王室御用達のオートクチュール店から、ドレスが届きました!」

「開けてみて!」

箱が開けられる。

薄紙が取り除かれ、現れたのは。

「……」

深い、深い、ミッドナイトブルーの生地。

そこに散りばめられた、星屑のようなダイヤモンドの装飾。

背中は大胆に開き、スカートは重厚なドレープを描いている。

美しい。息を呑むほど美しい。

しかし。

「……これ、完全に『夜の女王』よね?」

清楚? 可憐? そんな要素は微塵もない。

圧倒的なカリスマ性と、支配力を感じさせる、「ラスボス専用装備」のようなドレスだった。

「殿下……」

私はドレスを前に呟いた。

「私に、この国を統べる『闇の女帝』になれと仰るのですか……?」

(誤解です。単にミディアの青い瞳に似合う色を選んだだけです)

次回のデート。

私がこのドレスを着て、あの眼鏡をかけ、殿下の隣に並ぶ。

それはもはやデートではなく、「魔王と魔女の凱旋パレード」になることが確定した瞬間だった。

「やるしかないわ……」

私は拳を握った。

「殿下の期待に応えて、完璧な『淑女(ただし見た目は女帝)』になってみせるわ!」

方向性は完全に間違っているが、私のやる気だけは十分だった。
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