悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「殿下! ご無事ですか!」

遅れて到着した護衛の騎士たちが、血相を変えて馬から飛び降りてきた。

彼らの目の前に広がっていたのは、異様な光景だった。

街道の真ん中で、巨大な魔馬が白目を剥いてひっくり返っている。

その横には、泥ひとつついていないキラキラの王子様と、夜会服を着て仁王立ちする公爵令嬢(私)。

「遅いぞ」

フレデリック殿下が、不機嫌そうに騎士たちを見やった。

「おかげで、私の愛しい婚約者が、か弱い手を汚すことになってしまったではないか」

「は、はい!? か弱い……手?」

騎士隊長が、地面に転がる魔馬(推定体重五百キロ)と、私の細腕を交互に見た。

魔馬は完全に気絶しており、口から泡を吹いている。外傷はない。あるのは精神的なダメージだけのようだ。

「ミディア嬢が、この魔獣を……?」

「ええ、まあ。……睨んだだけですけど」

私は消え入りそうな声で答えた。

「睨んだだけで、魔獣がショック死(未遂)!?」

騎士たちはザワついた。

「聞いたか? 『眼力(メガンテ)』だ……」

「視線で相手の脳神経を焼き切る高等魔術か……」

「ベルンシュタイン家の令嬢、噂以上の化物だぞ……」

ひそひそ話が聞こえてくる。

(違うのよ。ただ、すごく一生懸命に「どいて」って念じただけなの)

私は泣きたかった。

淑女のたしなみとして、護身術は習っていた。けれど、まさか「顔面」が最強の武器になるとは教わっていない。

「さあ、ミディア。行こうか」

殿下は何事もなかったように私の手を取り、エスコートを再開した。

「魔馬の処理は騎士団に任せればいい。私たちは予定通り、村へ向かうぞ」

「は、はい……」

私は力なく頷いた。

魔獣を睨み倒す令嬢。

もう、「守ってあげたい儚い令嬢」への道は完全に断たれた気がする。

          ◇

馬車は再び走り出し、ほどなくして目的の農村に到着した。

村の入り口には、村長をはじめとする村人たちが総出で出迎えていた。

「ようこそおいでくださいました、フレデリック殿下!」

村長が地面に頭を擦り付けんばかりに平伏する。

「面を上げよ。今日は視察だ。楽にしてくれ」

殿下が爽やかに馬車から降り立つ。

村人たちの顔がパッと明るくなる。王子の美貌は、田舎の村でも効果抜群だ。

「そして、こちらは私の婚約者、ミディア・ベルンシュタイン嬢だ」

殿下が私を紹介し、手を差し伸べる。

私は深呼吸をして、馬車から降りた。

(今度こそ、笑顔よ。村の人たちを怖がらせてはいけないわ)

私は殿下から頂いた眼鏡をしっかりと押し上げ、優雅に微笑んだ――つもりだった。

ヌッ。

馬車の陰から現れたのは、ミッドナイトブルーの重厚なドレスを纏い、銀縁眼鏡の奥から鋭い眼光を放つ女。

背後には、さっきの魔馬との戦い(睨み合い)で纏った余韻、すなわち「覇気」が残っている。

「ヒッ……!?」

村長が息を呑んだ。

村人たちが一斉に後ずさる。

「く、黒い……!」

「夜の……魔女……?」

「殿下が、この世ならざるものを連れてこられた……!」

子供が「うわーん!」と泣き出し、母親が慌ててその口を塞ぐ。

「しっ! 目を合わせちゃダメよ! 石にされるわよ!」

(石にはしません!)

私は心の中でツッコミを入れたが、口に出すと余計に怖がられるので黙っていた。

「ミディア。村の人々が君の美しさに圧倒されているようだ」

殿下は満足げに頷いている。

「さあ、村長。被害状況を案内してくれ」

「は、はい! こちらへ……!」

村長はガタガタと震えながら先導した。

私たちは畑の方へと歩き出した。

畑は荒らされていた。作物が踏み荒らされ、獣の足跡が残っている。

「なるほど。これが例の魔馬の仕業か」

殿下が真剣な表情でしゃがみ込む。

私も隣にしゃがみ、被害状況を確認しようとした。

眼鏡のおかげで、足跡の深さや方向がよく見える。

「……南の森から来ていますね。足跡の乱れ方からして、何かから逃げていたのかもしれません」

私が分析結果を口にすると、村長がギョッとして私を見た。

「な、なぜそれが分かるのですか……?」

「え? 見れば分かりますわ」

私は地面を指差した。

「ほら、ここの土の崩れ方が……」

私が指を差した先には、小さな野ネズミがいた。

チュウッ!

私の指先(と視線)が向けられた瞬間、野ネズミはビクッとして、そのままポテリと倒れて動かなくなった。

「……」

「……」

沈黙。

「し、死んだ……?」

村人の一人が呟いた。

「ミディア様が指差しただけで、ネズミの心臓が止まったぞ……」

「死の指先……!」

「違います! 気絶しただけです!」

私は慌ててネズミを拾い上げた。温かい。ちゃんと生きている。

「ほら、生きてます! ただちょっと、私の気が強すぎただけで……」

言い訳になっていない。

その時、村の奥から「グルル……」という唸り声が聞こえた。

野犬の群れだ。畑の作物を狙って、森から降りてきたらしい。

村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

「ひいい! また来た!」

「殿下、お下がりください!」

護衛の騎士たちが剣を抜こうとする。

しかし、それより早く、私が動いてしまった。

(殿下に近づかせてなるものですか!)

私はネズミを懐に入れ、野犬の群れに向かって一歩踏み出した。

そして、ドレスの裾をバサリと翻し、眼鏡越しに群れのボスとおぼしき犬を睨み据えた。

カッ!!

目力、全開。

『お座り』

声には出さない。魂で語りかける。

すると。

「キャインッ!!」

ボス犬が情けない悲鳴を上げ、その場で裏返った。

それに続き、群れの犬たちも次々と「降参」のポーズをとる。

数十匹の野犬が、一斉にお腹を見せて転がる光景は圧巻だった。

「……」

村は静寂に包まれた。

「……す、すげえ」

誰かが呟いた。

「俺たちが何日も悩まされてきた野犬の群れが、一瞬で……」

「あの方はいったい……?」

村長がおそるおそる私に近づいてきた。

「あ、あの……ミディア様?」

「はい」

私は努めて優しく(引きつった笑顔で)答えた。

「もしかして、あなたは……畑の神様、豊穣の女神様の使いでいらっしゃいますか?」

「は?」

「その恐ろしくも神々しいお姿。そして魔を祓う眼力。間違いねぇ! この村を救いに来てくださった守り神様だぁ!」

「へ?」

村長がひれ伏した。

つられて村人たちも一斉にひれ伏す。

「ありがたや、ありがたやー!」

「女神ミディア様万歳!」

「どうか来年も豊作でありますように!」

なぜか拝まれ始めた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 私はただの公爵令嬢で……!」

私が否定しようと手を振ると、それが「祝福のポーズ」と解釈されたらしく、歓声が上がった。

「見ろ! 女神様が手を振ってくださったぞ!」

「ご利益があるぞ!」

完全にカオスだ。

ふと隣を見ると、フレデリック殿下が肩を震わせて笑っていた。

「くくっ……あはは!」

「殿下! 笑ってないで助けてください!」

「いや、最高だ。君は本当に面白い。魔獣を倒し、村を救い、ついには女神として崇められるとは」

殿下は涙を拭いながら、私の肩を抱いた。

「誇らしいよ、ミディア。君は間違いなく、この国に必要な『最強の王妃』になるだろう」

「最強とかいりません! 私は『最愛』になりたいんです!」

私が叫ぶと、殿下はふと真顔になり、私の顔を覗き込んだ。

「……もうなっているじゃないか」

「え?」

「君はとっくに、私の『最愛』だよ」

殿下の甘い囁きが、鼓膜を揺らす。

周囲の喧騒が遠のいていく。

眼鏡越しに見える殿下の瞳は、冗談の色などなく、真剣そのものだった。

「あ……う……」

私は顔が沸騰するのを感じた。

魔獣には勝てる。野犬も制圧できる。

でも、この王子の直球な愛の言葉には、何の耐性もない。

私は口をパクパクさせ、やがてプシューと音を立ててショートした。

「あ、あわわ……」

白目を剥いて倒れそうになる私を、殿下がしっかりと支えてくれる。

「可愛いな。照れている顔も、まるで茹で上がったタコのようで」

「褒めてませんよねそれ!?」

          ◇

帰りの馬車の中。

私は魂が抜けたように座席に沈んでいた。

村を出る時、村人たちから大量の野菜と「魔除けのお守り(私の似顔絵入り)」を持たされたのだ。

「疲れたか?」

殿下が優しく声をかけてくる。

「……はい。精神的に、もう限界です」

「そうか。だが、君のおかげで村は平和になった。誇っていい」

「平和というか、恐怖による支配だった気がしますが」

「結果オーライだ」

殿下は私の隣に移動してきた。

そして、私の眼鏡に手を伸ばし、そっと外した。

「あ……」

世界がぼやける。

殿下の顔が、光の輪郭となって揺らぐ。

「眼鏡もいいが、やはり私は、直に君の瞳を見たい」

殿下の指が、私の目尻をなぞる。

「吊り上がった目も、鋭い光も、すべてが私にとっては宝石だ」

「……殿下は、物好きですね」

「ああ。世界一の物好きかもしれん」

殿下の顔が近づいてくる。

ぼやけた視界の中で、温かい何かが唇に触れた。

一瞬の出来事。

「……ッ!?」

私が硬直すると、殿下は悪戯っぽく笑った。

「報酬だ。今日の君の活躍に対するね」

「ほ、ほ、報酬……!?」

「足りないか? なら、屋敷に着くまでにもっと……」

「じゅ、十分です! お腹いっぱいです!」

私は顔を真っ赤にして、窓の外へ顔を背けた。

心臓が壊れそうだ。

魔獣よりも、村人よりも、何よりも。

この腹黒王子が一番の「強敵」であることを、私は改めて思い知らされたのだった。

そして翌日。

王都には新たな噂が流れていた。

『悪役令嬢ミディア、農村で「闇の教団」を設立し、村人を洗脳して崇拝させているらしい』

「……どうしてこうなるのよおおお!!」

私の絶叫が、ベルンシュタイン邸に響き渡った。

私の「誤解を解く旅」は、解くどころか、新たな伝説を積み重ねるだけの修羅の道となっていたのである。
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