悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「ねえ、見た? 今の」

「見た見た。ミディア様が歩いたあと、雑草が枯れていったわ……」

「覇気で生命力を奪っているのよ……」

学園の渡り廊下。

私が歩くだけで、今日も新たな伝説が生まれている。

雑草が枯れたのは、単に庭師さんが除草剤を撒いた直後だからだ。私の覇気のせいではない。

「はあ……」

私は溜息をつき、眼鏡の位置を直した。

最近、生徒たちが私を避ける距離が、半径五メートルから十メートルに広がった気がする。

このままでは、卒業パーティーの時に誰ともダンスを踊れず、壁の花どころか「壁のシミ」として終わってしまう。

「平和に過ごしたいだけなのに」

私は人気のない旧校舎の方へと足を向けた。

あそこなら人も少ないし、静かに読書ができるはずだ。

          ◇

旧校舎へと続く長い階段。

その踊り場に差し掛かった時だった。

私の視界の端に、ピンク色の何かが映った。

(あら? あれは……)

リリナ嬢だ。

彼女は階段の上段に立ち、キョロキョロと周囲を窺っている。

そして、私を見つけると、ニヤリと口角を上げた。

(何か用かしら? また「宣戦布告」?)

私は警戒した。

彼女に関わるとロクなことがない。昨日の図書室での一件もあるし、ここは気づかないふりをして通り過ぎるのが得策だ。

私は視線を逸らそうとした。

その時。

「ニャー……」

か細い鳴き声が聞こえた。

「え?」

私は立ち止まり、声の主を探した。

リリナ嬢の方ではない。もっと上、階段の横にある高い木の枝だ。

そこには、小さな三毛猫の子猫がしがみついていた。

「(危ない!)」

私は息を呑んだ。

子猫は足を滑らせており、今にも枝から落ちそうだ。あんな高さから落ちたら、ただでは済まない。コンクリートの地面に叩きつけられてしまう。

「(助けなきゃ!)」

私の全身の筋肉が収縮する。

日頃の護身術訓練と、無駄に鍛えられた身体能力。そして、殿下とのデート(魔獣退治)で培った反射神経。

それらが今、フル稼働しようとしていた。

一方、階段の上のリリナ嬢は、私のこの「臨戦態勢」を完全に誤解していた。

(来たわね、ミディア! 私を睨みつけて、今にも飛びかかってきそうな殺気……!)

リリナは心の中でガッツポーズをした。

彼女の作戦はこうだ。

私が近づいてきたタイミングで、自ら階段を転げ落ちる。そして「ミディア様に突き落とされた!」と叫ぶ。

周囲には、買収した男子生徒たち(証人役)を配置済みだ。

これでミディアの「暴力性」を証明し、退学に追い込む。完璧なシナリオだ。

(さあ、来なさい! あなたの破滅の始まりよ!)

リリナは深呼吸をした。

そして、私が階段の一段目に足をかけた、その瞬間。

「きゃあああああ!!」

リリナは悲鳴を上げ、自ら背中から宙に舞った。

「ミディア様に突き落とされたぁぁぁ!」

迫真の演技。

彼女の体は重力に従い、階段を転がり落ちていく。

「イタッ、痛いわ! なんて酷いことを!」

ゴロゴロドスンッ!

リリナは計算通り、踊り場まで転がり落ち、うずくまった。

「ううっ……ひどい……殺されるところだったわ……」

彼女は涙目で顔を上げた。

さあ、目の前には、突き落とした犯人であるミディアが立ち尽くしているはずだ。

「……あれ?」

リリナは瞬きをした。

いない。

目の前に、ミディアがいない。

「え? どこ?」

彼女がキョロキョロすると、頭上から「ダンッ!!」という凄まじい着地音が聞こえた。

「!?」

リリナが振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

階段から五メートルほど離れた芝生の上。

そこに、ミディアが片膝をついて着地していた。

その腕の中には、何か小さな毛玉のようなものが抱えられている。

「……確保」

ミディアの低く、ドスの効いた声が響いた。

「ニャ、ニャー……(気絶)」

腕の中の子猫は、あまりのG(重力加速度)と、目の前にあるミディアの眼力に耐えきれず、白目を剥いて失神していた。

そう。

私はリリナ嬢が悲鳴を上げたのと同時に、木から落ちた子猫を救うために、超高速ダッシュで飛び出していたのだ。

階段なんて無視。

手すりを飛び越え、空中で子猫をキャッチ(捕獲)し、回転受け身をとって着地したのである。

「ふう……間一髪だったわ」

私は額の汗を拭った。

子猫は無事だ。ちょっと気絶しているけれど、外傷はない。

「よしよし、怖かったわね(私が)」

私は子猫の頭を撫でた。

すると、背後からザワザワと人が集まってくる気配がした。

「おい、悲鳴が聞こえたぞ!」

「誰か階段から落ちたみたいだ!」

生徒たちが集まってくる。

そして、彼らが目撃したのは、二つの光景だった。

一つは、階段の下で一人寂しく転がっているリリナ嬢。

もう一つは、そこから遠く離れた場所で、子猫を抱いて仁王立ちしている私。

「……あ、あの、リリナ様?」

男子生徒の一人が、恐る恐る声をかけた。

リリナ嬢は呆然としていたが、ハッと我に返り、叫んだ。

「そ、そうよ! ミディアよ! あいつが私を突き落としたのよ!」

彼女はビシッと私を指差した。

「見て! 私がこんなになるまで暴力を振るって! あいつは悪魔よ!」

会場が静まり返る。

生徒たちの視線が、私とリリナ嬢の間を行き来する。

そして、誰かがボソッと言った。

「……無理じゃね?」

「え?」

リリナ嬢が固まる。

「だって、ミディア様、あんなに遠くにいるじゃん」

「俺、見たし。リリナ様が勝手に転がってる間に、ミディア様がすごいスピードで猫を助けてるところ」

「ああ、俺も見た。残像が見えた」

「あれは『縮地』だな」

目撃者たちの証言が次々と上がる。

「えっ? えっ?」

リリナ嬢は顔面蒼白になった。

「で、でも! 突き落としてから走ったのよ! あいつならそれくらいの速度が出せるはずよ!」

「いやいや、物理的に無理ですって」

理系男子が眼鏡を光らせて反論した。

「リリナ様が落下する速度と、ミディア様が猫をキャッチしたタイミングを計算すると、彼女がリリナ様を押すためには、分身能力が必要になります」

「ぶ、分身……!?」

「あるいは時を止めるかですね」

「そんな馬鹿な!」

リリナ嬢の主張は、私の人間離れした身体能力(猫救出)という事実の前に、あえなく崩れ去った。

私は子猫を抱いたまま、きょとんとしていた。

(何の話をしているのかしら?)

リリナ嬢が転んだのは分かった。でも、なぜ私が突き落としたことになっているのだろう。

「あの、リリナ様。大丈夫ですか?」

私は心配して近づいた。

子猫を抱き、眼鏡の奥から彼女をじっと見つめる。

「足元、お気をつけになった方がよろしいかと……(運動神経なさすぎでは?)」

私の純粋なアドバイス。

しかし、リリナ嬢にはこう聞こえた。

『(私の目の前で)足元がお留守だぜ? 次はないと思え』

「ヒッ……!!」

リリナ嬢は腰を抜かしたまま後退った。

「く、来るな! 化け物!」

「ええ……」

「猫! その猫だって、きっと食べるつもりなんでしょう!?」

「食べませんよ!」

私は心外だった。

「この子は保護したんです。怪我の手当てをして、飼い主を探します」

私は子猫を掲げた。

気絶から目覚めた子猫が、私の顔を見て「フギャー!」と悲鳴を上げ、私の腕の中で暴れる。

「ほら、こんなに元気」

「怖がってるだけじゃん……」

周囲の生徒たちが引いている。

「ち、ちくしょう……!」

リリナ嬢は立ち上がり、ドレスの砂を払った。

「覚えてなさいよ! 今日はたまたま猫がいたから助かっただけよ!」

「はあ……」

「次は絶対に、あなたの化けの皮を剥いでやるんだから!」

リリナ嬢は捨て台詞を残し、びっこを引きながら去っていった。

「……あ、リリナ様! 財布落ちてますよ!」

私は親切に声をかけたが、彼女は「いらないわよ! あげるわよ!」と叫んで逃げてしまった。

(またカツアゲしたみたいになっちゃった……)

私は落ちていた財布を拾い上げた。

「……セバス、これどうしよう」

影から現れたセバスに尋ねる。

「警察に届けるか、あるいは孤児院への寄付金としましょう。彼女も『あげる』と言っていましたし」

「そうね。……あ、この猫ちゃん、飼ってもいい?」

「お嬢様」

セバスは猫を見た。

猫は私の腕の中で、死んだふりを決め込んでいる。

「その子が、お嬢様の顔を見てショック死しなければ、という条件付きで」

「失礼ね! 愛情を注げば伝わるわよ!」

こうして、リリナ嬢の自作自演・第一弾は、猫の命と共に、私の不可解な身体能力によって阻止された。

しかし、これで終わるリリナ嬢ではない。

彼女の執念は、さらなる「捏造工作」へと向かっていくのだった。

          ◇

翌日。

学園の掲示板に、一枚の壁新聞が貼られた。

『ミディア嬢、階段落ちのリリナ嬢を放置し、猫を誘拐して逃走』

「なんでそうなるのよーッ!!」

私の悲鳴が、朝の教室に響き渡った。

私の「人命(猫命)救助」は、なぜか「誘拐事件」として報道されていたのである。

しかも記事の最後にはこう書かれていた。

『目撃者談:ミディア様は、猫を捕獲した際、「旨そうだ」と呟いていた』

「言ってない! 『確保』って言っただけよ!」

訂正しようにも、誰も信じてくれない。

私の悪役令嬢ランクは、今日も順調に上がり続けていた。
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