悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「フレデリック殿下、並びに、ミディア・ベルンシュタイン公爵令嬢の入場です!」

重々しいファンファーレが、王宮の大広間に響き渡る。

巨大な両開きの扉が、ギギーッと音を立てて開かれていく。

その瞬間、会場内の空気がピンと張り詰め、温度が数度下がったような気がした。

(ううっ……胃が痛い……)

私はフレデリック殿下の腕に手を添えながら、必死に吐き気を堪えていた。

緊張だ。極度の緊張が私の胃壁を攻撃している。

殿下から頂いた胃薬を飲んできたはずなのに、全く効いている気がしない。

(大丈夫よ、ミディア。今日の私は「完璧な淑女」なんだから。ドレスだって、店長さんが太鼓判を押してくれた「最強の勝負服」だし)

私は自分に言い聞かせた。

今日の私は、漆黒のベルベットドレスを身に纏っている。

深紅のバラの刺繍がアクセントになり、シックで落ち着いた(と信じている)大人の装いだ。

髪もアップにして、銀縁の眼鏡をかけ、知的な印象をプラスしている。

これなら、きっと誰も私を恐れたりしないはずだ。

「行くぞ、ミディア」

殿下が小声で囁いた。

「はい……」

私たちは、光溢れる会場へと足を踏み入れた。

カツン、カツン。

私のヒールの音が、静まり返った広間に響く。

その瞬間だった。

ザァァァッ……!

まるで波が引くように、目の前の人だかりが左右に割れたのだ。

それはもう、見事なまでの「モーゼの十戒」現象だった。

正面玄関から、玉座のある最奥まで、一直線にレッドカーペット(もともと敷いてあるが、人が避けたことで露わになった)の道が出現した。

(わあ……!)

私は感動した。

(さすがは殿下ね。皆、殿下の威光に恐れ入って、道を譲ってくださったんだわ。この国の貴族たちは、なんて礼儀正しいのかしら)

私は感心しながら、誰もいない花道を歩き始めた。

しかし、私の認識は大きく間違っていた。

貴族たちが道を空けたのは、敬意からではない。

純粋な「生存本能」からだった。

『見ろ……あのドレス……』

『漆黒……喪服か? 誰の葬式をするつもりだ?』

『胸元の赤いバラ……あれは「返り血」のメタファーか……』

『目が……目が笑ってない。眼鏡の奥から「動く者は皆殺し」という殺気が放たれている……』

人々は震え上がり、私の半径十メートル以内に立ち入ることを拒絶していたのだ。

そんなこととは露知らず、私はセバスとの特訓を思い出していた。

『背筋を伸ばし、頭の上に本を乗せているつもりで』

私は顎を引き、背筋をピンと伸ばした。

そして、音もなく滑るように歩く「淑女の歩法」を実践した。

その姿は、傍目にはどう映っていたか。

黒衣の女帝が、一切の無駄な動作を排除し、標的(玉座あるいは生贄)に向かって、音もなく忍び寄る姿。

すなわち、「処刑執行の行進」だった。

「……ミディア」

歩きながら、殿下が声をかけてきた。

「はい、何でしょうか」

私は前を向いたまま(緊張で首が回らない)、小声で答えた。

「今日の君は、一段と素晴らしいな」

殿下の声には、隠しきれない熱が籠もっていた。

「その黒いドレス。君の白い肌と、冷ややかな瞳を引き立てて、最高に美しい。まるで夜の支配者だ」

(夜の支配者……? また変な褒め言葉だわ)

私は少し恥ずかしくなり、扇で口元を隠すことにした。

これも特訓の成果だ。

バサッ!

私は懐から扇を取り出し、勢いよく開いた。

少し緊張していたせいで、力が入りすぎてしまい、扇を開く音が「風を切る音」のように鋭く響いた。

シュパァン!!

近くにいた貴族たちが「ヒッ!」と肩をすくめる。

『抜いた……! 今、隠し武器を抜いたぞ!』

『鉄扇か!? あれで首を飛ばす気か!?』

私は扇の陰で、はにかんだ(つもり)。

「お戯れを、殿下。私はただの、か弱い婚約者ですわ」

「ククッ……か弱い、か」

殿下は肩を震わせた。

「その『か弱さ』で、会場中の人間を沈黙させているのだから、君は大したものだよ」

「え?」

私は周囲を見回した。

確かに、誰も喋っていない。音楽すらも、楽団員が私の姿に見とれて(ビビって)演奏の手を止めているため、静寂に包まれている。

(あれ? どうして音楽が止まったのかしら?)

私は不思議に思い、楽団の方をチラリと見た。

指揮者が私と目を合わせる。

私の眼鏡がキラリと光る。

指揮者は「ひぃっ!」と息を呑み、慌ててタクトを振り下ろした。

ジャジャジャジャーン!!

始まったのは、なぜかワルツではなく、重厚で悲劇的な交響曲のクライマックス部分だった。

(なんでこんな選曲?)

BGMが「ラスボスのテーマ」に変わる中、私たちは会場の中央へと進んだ。

視線の端に、見覚えのあるピンク色の髪が見えた。

リリナ嬢だ。

彼女は会場の隅、柱の陰に隠れるようにして立っていた。

その顔色は蒼白で、ガタガタと震えているのが遠目にも分かった。

(あら、リリナ様。緊張しているのかしら?)

昨日の「演劇の準備」で徹夜でもしたのだろうか。

私は彼女を励ますために、扇を少しずらし、ニッコリと微笑みかけた。

『頑張ってね(劇を)』

私のメッセージ。

しかし、私の笑顔は、この状況下(黒ドレス、殺気、重厚なBGM)では、最悪の形で翻訳された。

漆黒の女帝が、標的を見つけ、口角を吊り上げて嗤った。

『見つけたぞ。次はお前の番だ』

「ひいいいいいッ!!」

リリナ嬢の悲鳴が、音楽にかき消されることなく響いた。

彼女はその場にへたり込み、ドレスの裾を握りしめた。

「く、黒……本気だ……あいつ、本気で私を葬るつもりだわ……!」

リリナの取り巻きたちも、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

「リリナ様、無理です! 勝てません!」

「あんなの人間じゃありません! 魔王です!」

「作戦中止! 撤退しましょう!」

「逃げるな! 戻ってきなさいよ!」

リリナの叫びも虚しく、彼女は孤立無援となった。

私は首をかしげた。

(お友達がいなくなっちゃった。喧嘩でもしたのかしら?)

まあいい。私には私の戦いがある。

私たちは最前列、国王陛下と王妃殿下が待つ玉座の前へと到着した。

「父上、母上。遅くなりました」

フレデリック殿下が優雅に一礼する。

私も慌ててカーテシーをした。

セバス直伝の「完璧なカーテシー」。

サッ。

私は素早くドレスの裾を摘み、流れるような動作で沈み込んだ。

その動きはあまりに洗練されすぎており、まるで「居合抜きの構え」のような隙のなさを放っていた。

「……」

国王陛下が、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

王妃殿下は、扇で顔を隠し、「まあ、なんて強そうな……」と呟いた。

「ごきげんよう、陛下。ミディアでございます」

私は頭を下げたまま挨拶した。

「う、うむ。……顔を上げよ」

国王陛下の声が少し裏返っていた。

私はゆっくりと顔を上げた。

照明が私の眼鏡に反射し、レンズが白く光る。

「……」

国王陛下が玉座の肘掛けを強く握りしめた。

(緊張するわ……。粗相のないようにしなきゃ)

私は瞬きを我慢し、陛下をじっと見つめた。

目礼のつもりだ。

しかし、それは「王位簒奪を狙う野心家の眼光」に見えたかもしれない。

「フ、フレデリックよ」

陛下が引きつった笑顔で殿下に話しかけた。

「素晴らしい婚約者だな。この国を守る『盾』……いや、『矛』として、大いに期待できそうだ」

「はい、父上。彼女は最高です」

殿下は誇らしげに私の腰を抱いた。

「彼女がいれば、我が国に攻め込む愚かな国など存在しなくなるでしょう」

「そ、そうだな。……頼もしい限りだ」

陛下はハンカチで額の汗を拭った。

(褒められてる? よね?)

私はホッとした。

どうやら、「完璧な淑女」作戦は成功しているようだ。

陛下も王妃殿下も、私の威厳ある態度に感心してくださっている(恐怖しているだけ)。

「さあ、ミディア。ダンスの時間だ」

殿下が私の手を取った。

「えっ、もう?」

「主役が踊らなければ、誰もフロアに出られないからな」

確かに、会場の全員が壁際にへばりつき、フロアの中央は無人の荒野となっている。

「分かりました。……お手柔らかにお願いします」

「こちらこそ。……踏まないでくれよ?」

殿下は悪戯っぽく笑い、私をフロアの中央へと導いた。

いよいよ、最初の試練。ダンスだ。

セバスとの特訓成果、「目を閉じて気配で踊る」を発動する時が来た。

私は深呼吸をし、覚悟を決めた。

しかし、その時。

会場の隅で、震える足で立ち上がる人影があった。

リリナ嬢だ。

彼女は、ボロボロの日記とハンカチを握りしめ、涙目で私を睨んでいた。

「まだよ……まだ終わってないわ……!」

彼女は最後の勇気を振り絞り、よろめきながら前へと進み出た。

「待ちなさい!!」

甲高い叫び声が、音楽を切り裂いた。

会場の全員が、ギョッとして声の方を振り向く。

もちろん、私も。

「……?」

私はキッと振り返った。

漆黒のドレスが翻り、眼鏡の奥の瞳が、リリナ嬢を射抜く。

「ヒッ……!」

リリナ嬢は一瞬怯んだが、もう後戻りはできない。

「そ、そのダンス、待ったぁぁぁ!!」

彼女は震える指を私に突きつけた。

「フレデリック殿下! 騙されてはいけません! その女は……その女は、悪魔です!!」

ついに始まった。

リリナ嬢による、一世一代の告発劇。

それは、私にとっての「断罪イベント」の開幕であり、殿下にとっての「最高のショー」の始まりでもあった。
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