悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「……婚約破棄」

その言葉は、物語の冒頭で私が一番恐れていたものだ。

しかし、今の私にとっては、別の意味で現実味のない言葉になっていた。

「破棄なんてできるわけがないだろう。彼女に逆らったら、物理的に城が崩壊するぞ」

「ああ。殿下がもし浮気でもしようものなら、ミディア様は素手で王都を更地になさるだろう……」

貴族たちの間で、私は「歩く天災」として認識されていたからだ。

そんな中。

王宮の大広間にて、再び重要な集まりが開かれることになった。

名目は「ガルド帝国皇太子ジークフリート殿下の送別会」。

だが、誰もが予感していた。これが単なる送別会では終わらないことを。

          ◇

会場の空気は、前回の夜会とはまた違った緊張感に包まれていた。

私が漆黒のドレス(例の「魔王装備」)を着て入場すると、全員がビシッ! と音を立てて直立不動の姿勢をとる。

「ごきげんよう、皆様」

私が軽く手を振る。

「ハッ! 本日も麗しゅうございます、総統閣下!」

誰かが叫び、会場中が唱和する。

「総統はやめて」

私は小声でツッコミを入れたが、もう訂正する気力もなかった。

隣には、筋肉ダルマのジークフリート殿下が、なぜか私の護衛のように立っている。

「師匠! 今日も素晴らしい覇気だ! 周りの雑魚どもが震え上がっているぞ!」

「あなたの声が大きすぎて震えているだけです」

そして反対側には、いつものように涼しい顔をしたフレデリック殿下。

「人気者は辛いな、ミディア」

「誰のせいですか、誰の」

私がジト目で睨むと、殿下は嬉しそうに微笑んだ。

会の中盤。

フレデリック殿下が、スッと壇上に上がった。

会場が静まり返る。

「皆、聞いてくれ」

殿下のよく通る声が響く。

「今日は、我が友ジークフリートの送別と共に、一つ、国としてハッキリさせておきたいことがある」

ザワッ……。

貴族たちが顔を見合わせる。

「巷では、私とミディアの婚約について、様々な噂が飛び交っているようだな。『婚約破棄される』だの、『実は政略結婚で愛がない』だの」

殿下は冷ややかな視線で会場を見渡した。

「火のない所に煙を立てた愚か者が誰かは……まあ、もう改心(洗脳)しているようだから問わないが」

会場の隅で、リリナ嬢が「ヒィッ!」と小さくなって震えていた。

「ここで、私の口から正式に宣言する」

殿下は私を手招きした。

「おいで、ミディア」

私は深呼吸をして、壇上へと上がった。

数千の視線が突き刺さる。

(緊張する……また胃が痛くなってきた……)

私は胃薬の効果が切れたことを恨みながら、殿下の隣に立った。

殿下は私の手を取り、皆に見せつけるように掲げた。

「私、フレデリック・アークライトは、ここにいるミディア・ベルンシュタイン嬢との婚約を、いかなる理由があろうとも破棄しないことを誓う」

「おお……」

「そして」

殿下は私の方を向き、その場に片膝をついた。

「えっ?」

私は驚いて後ずさった。

王子が、公衆の面前で跪くなんて。

「ミディア。君に改めて申し込みたい」

殿下は懐から、小箱を取り出した。

パカッ。

中に入っていたのは、巨大なブルーダイヤモンドの指輪だった。

私の瞳の色と同じ、深く、冷たく、美しい青色。

「私と結婚してくれ。……いや、どうか私の妻になって、一生私を楽しませて(・ ・ ・ ・ ・)ほしい」

プロポーズの言葉が独特すぎる。

「君のその不器用さも、いざという時の強さも(物理含む)、そして私に向ける鋭い眼光も、すべて愛している」

殿下の瞳は真剣だった。

冗談でも、演技でもない。

真っ直ぐな愛の言葉。

(どうしよう……嬉しい)

私は胸がいっぱいになった。

これまでの苦労――悪役令嬢と呼ばれ、笑顔を通報され、魔獣と戦い、皇太子を投げ飛ばした日々――が走馬灯のように蘇る。

それら全てを受け入れて、この人は私を選んでくれたのだ。

「……はい」

私は震える声で答えた。

「私でよければ……謹んで、お受けいたします」

涙が溢れそうになる。

私は感動で顔をくしゃくしゃにしながら、殿下の手を取ろうとした。

しかし。

極度の緊張と、溢れ出る涙を堪えようとした結果、私の顔面筋肉は誤作動を起こした。

眉間にはマリアナ海溝のような深いシワ。

口元は感極まってワナワナと震え、引きつった笑みのような形に。

そして、涙で潤んだ瞳は、照明を反射してギラリと怪しく光った。

その表情は、愛の告白を受けた乙女の顔ではない。

『ようやく私の軍門に下ったか。……一生、逃がさないからな?』

と、契約書に血判を押させる魔王の顔だった。

「ヒッ……!」

会場の最前列にいた貴族が失禁寸前になる。

「み、見たか? あの顔……!」

「『お前は私の所有物だ』っていう、独占欲と支配欲の塊だ……!」

「殿下……脅されているのでは?」

「いや、殿下も相当嬉しそうだぞ? まさか、そういうプレイ……?」

ざわめきが広がる中、殿下は私の指に指輪を嵌めた。

「美しい。最高の表情だ、ミディア」

殿下は私の「魔王顔」を見て、恍惚の表情を浮かべていた。

「君が感極まって、世界を滅ぼしそうな顔をする瞬間が、私は一番好きなんだ」

「……褒め言葉に聞こえません」

私が鼻をすすると、殿下は立ち上がり、私を抱き寄せた。

「愛しているよ」

そして、衆人環視の中で、口づけを落とした。

キャーッ!!

悲鳴にも似た歓声が上がる。

「見たか! 契約成立だ!」

「これでこの国は、最強の夫婦によって統治されることが決定した!」

「我々の命運は尽きた……いや、安泰だ!」

リリナ嬢がハンカチを噛み締めながら叫ぶ。

「おめでとうございます、閣下! 末長く……末長く支配してくださいませぇぇ!」

ジークフリート殿下が斧を掲げて吠える。

「師匠! 結婚おめでとう! 披露宴では余興で俺と決闘してくれ!」

「しません!」

私は殿下の腕の中で、顔を真っ赤にして叫んだ。

(もう、めちゃくちゃだわ……)

でも、殿下の体温は温かく、指輪の重みは心地よかった。

誤解は解けなかった。

むしろ、「最強の悪役令嬢(物理)」というレッテルは、王家公認のものとなってしまった。

けれど。

「……私も、愛しています。フレデリック様」

私が小さく囁くと、殿下は満足げに笑い、私をさらに強く抱きしめた。

「知っているよ。君の顔を見れば、全部分かるからな」

「顔は見ないでください……!」

こうして、私たちの婚約破棄騒動は、「婚約強化(物理・精神ともに)」という形で幕を閉じた。
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