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模擬戦
しおりを挟む学園の模擬戦は、月に一度ある。
ドール操縦科の実技評価だ。
契約ドールを展開して、指定のコースをクリアする。
いつもはタイム、精度、連携力。三項目を総合評価する。
俺は毎回、見学だった。
魔力がないし、ドールは動かない。
故に評価のしようがない。
だが今回は違った。
「石浜秀馬」
三浦先生が出席簿を見た。
「今回から参加しろ。ドールがいるんだから」
「……はい」
桜花が隣で頷いた。
当然です、という顔だった。
⸻
模擬戦のコースは、学園地下の訓練場だ。
広い。天井が高い。壁
に衝撃吸収材が貼られている。
クラスメイトが続々とドールを展開していた。
汎用型がほとんど。一部にオーダーメイド型もいる。
その中に、桜花がいた。
制服姿で、刀を携えて、静かに立っている。
周囲の視線が集まっていた。
先週の廊下の一件が広まっているらしい。
Bランクの先輩を追い返したという話が、尾ひれをつけて流れていた。
上野が小声で言った。
「注目度やばいな」
「分かってる」
「楽しそうだな桜花さん」
「楽しそうか?」
「なんか目が生き生きしてる」
桜花を見た。
確かに、いつもより目が鋭かった。
「……秀馬」
「なに」
「久しぶりです」
「何が」
「人前で戦うのが」
200年ぶりか、とは言わなかった。
⸻
競技の説明があった。
三浦先生がホワイトボードを指した。
「今回は対人形式だ。ペアを組んでトーナメント。制限時間三分。ドールが戦闘不能、もしくは契約者が戦線離脱で決着」
ざわつきが起きた、いつもの競技ではない。
対人形式は珍しい。
「ペアは抽選」
先生が端末を操作した。
トーナメント表が映し出された。
俺と桜花の名前は、第一試合にあった。
対戦相手。
加藤と、加藤のドール「蒼」。
オーダーメイド型だ。速度特化。
クラスで三本の指に入る実力者。
加藤が俺を見た。
気まずそうな顔だった。
「……石浜、マジか」
「マジだな」
「俺、お前に勝ちたいわけじゃないんだけど」
「俺も別に勝ちたいわけじゃない」
「じゃあ手を抜くか」
「それも違う」
加藤が桜花を見た。
桜花は加藤のドール「蒼」を見ていた。
静かに、でも真っ直ぐに。
「……本気でやるしかないな」
「そうなるな」
⸻
第一試合。
審判の三浦先生が笛を構えた。
「始め」
蒼が動いた。
速い。速度特化の名は伊達じゃない。
開幕から最高速で詰めてくる。
桜花は動かなかった。
待っていた。
蒼の刃が届く――直前。
掻き消えた。
「……っ」
加藤が息を呑む声が聞こえた。
視界の端。桜花は蒼の横にいた。
刀は抜いていない。
蒼が振り返る。
また踏み込むが、消えた。
今度は蒼の後ろ。
刀を、抜かない。
「……なんで」
上野が隣で呟いた。
俺には分かった。
手加減だ。
蒼が三度目の踏み込みをした。
速度が上がっていた。焦りが動きに出ていた。
桜花がようやく動いた。
正面から下がらず、よけず。
真っ直ぐ踏み込む――ぶつかる直前、重心を落とした。
あの形だ。
鍛錬で俺に見せた、あの形。
蒼の腕をくぐり、懐に入る。
刀の柄で、蒼の胴を打った。
刃ではなく、柄で。
乾いた音が訓練場に響いた。
蒼がよろめいた。
桜花がすでに離れていた。
そして三浦先生の笛が鳴った。
「蒼、戦闘不能判定。石浜・桜花の勝利」
一拍遅れて、ざわめきが広がった。
⸻
加藤が蒼に駆け寄った。
「蒼、大丈夫か?」
「……問題ありません」
蒼が立ち上がった。よろめかなかった。
加藤が桜花を見た。
「……手加減したな」
「はい、抑えました」
「なんでだ?」
桜花が答えた。
「蒼は良いドールです。壊す理由がありません」
加藤が固まった。
蒼も桜花を見ていた。
何か、言いたそうだった。
⸻
トーナメントは続いた。
二回戦。三回戦。
桜花は全試合、刃を使わなかった。
全て柄打ちと体術。
相手のドールの動きを封じる動き。
それだけで全員を下した。
クラスが、静かになっていった。
笑いが消え、ざわめきが消えた。
上野が俺に言った。
「お前のクラスでの立場、変わるぞこれ」
「いや、変わってもな」
「良いことじゃないか」
「桜花が強いだけだから」
「でも桜花はお前のドールだろ」
俺は少し考えた。
「……そうだな」
⸻
決勝。
相手は委員長の南条だった。
南条のドールは「鉄」。防御特化型。
クラスで一番の硬さを誇る。
南条が真っ直ぐ俺を見た。
「石浜」
「なに」
「正直に言う。最初からずっと、お前を見くびっていた」
「それに魔力ゼロで、ドールも動かなくて。なんでドール科にいるんだって思ってた」
「ごめん」
南条が頭を下げた。
「でも、今日は本気でいく」
「あぁ、こっちも本気でいく」
⸻
審判の笛が鳴った。
鉄が動いた。
防御特化らしく、重心を低く落として前に出てくる。盾のような構えだ。
桜花が俺を見た。
俺は頷いた。
そして桜花が動いた。
正面から。まっすぐに。
鉄が構えを固める。硬い。
どこから攻めても弾かれる設計だ。
でも桜花は止まらなかった。
鉄の構えの、一点だけを見ていた。
足元、重心の置き場だ。
踏み込んだ。鉄の防御をこじ開けるのではなく、支点ごと崩す。
足払いに近い動きで、鉄のバランスを奪う。
一瞬、鉄が浮いた。
その瞬間。柄打ちをする。
乾いた音が響いた。
鉄がよろめき、立て直そうとした。
だが、桜花がもう一歩踏み込んでいた。
二度目の柄打ち、鉄は膝をついた。
笛が鳴った。
「鉄、戦闘不能判定。石浜・桜花の優勝」
⸻
訓練場が、静かだった。
全員が俺たちを見ていた。
南条が鉄に駆け寄った。
桜花が俺の隣に戻ってきた。
「……秀馬」
「なに」
「先ほど頷きましたね」
「ああ」
「あれは?」
「任せるって意味だ」
桜花が少し間を置いた。
「……今まで通りでしたが」
「今日は意識した」
桜花がまた間を置いた。
「……それは」
言いかけて、止めた。
「どうした?」
「少し、嬉しかったです」
俺は何も言わなかった。
三浦先生が近づいてきた。
「石浜」
「はい」
「来月の学園対抗戦、出ろ」
「……え」
「他校のドール科との交流戦だ。うちの代表として出場しろ」
「でも俺、Fランクですよ」
「ランクは関係ない」
先生が桜花を見た。
「実力で選ぶ」
桜花が俺を見た。
どうしますか、という目だった。
俺は少し考えた。
「……出ます」
桜花が前を向いた。
小さく、でも確かに。
口角が上がっていた。
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