魔力ゼロの-人形使い(ドールマスター) -最強ドールと契約してダンジョンを攻略します-

仁科異邦

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桜花、現代を攻略中

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休日だった。
朝食を食べ終えた桜花が、俺を見ていた。
「秀馬」
「なに?」
「今日は予定がありますか」
「特にないけど」

「では、外に出たいです」
「ダンジョンか?」
「違います」
桜花が少し間を置いた。
「……街を、見たいです」



商店街に来た。
休日の昼前。人が多い。
桜花は歩きながらずっと周囲を見ていた。
視線が忙しい。
右を見て、左を見て、上を見て。

「……色が多いですね」
「看板とか広告とか」
「源之助様の時代は、街の色は少なかった」
「今は多すぎるくらいだ」
桜花が立ち止まった。
ショーウィンドウの前だった。
服が飾ってある。

「……これは」
「服屋だよ」
「着るものを売っているのですか」
「そう」
「源之助様の時代は、仕立て屋で作るものでした」
「今は既製品を買う方が多い」
桜花がウィンドウを見つめた。

マネキンが着ているワンピースを、じっと見ていた。
「……入ってみてもいいですか」
「いいけど、買うのか」
「見るだけです」
「見るだけ」
「……たぶん」
たぶん、というのが少し気になった。



服屋に入った。
桜花が棚を見て回った。
手に取る。広げる。戻す。
また手に取る。
店員が近づいてきた。

「何かお探しですか?」
「服を探しています」
「どういったものを?」
桜花が少し考えた。
「動きやすくて、でも——」
間を置いた。
「きれいなもの」
店員が微笑んだ。

「ではこちらはいかがですか」
案内された先に、濃い青のシャツがあった。
桜花が手に取った。
じっと見た。
「……青」
「お好きですか?」
「源之助様が好きな色でした」
店員が少し困った顔をした。
俺が代わりに言った。

「似合うと思うけど」
桜花が俺を見た。
「似合いますか」
「似合う、直感だけど」
桜花がまた服を見た。
しばらく悩んでいた。

「……いただきます」



次は飯だった。
商店街の外れに、定食屋があった。
メニューを渡された桜花が、固まった。

「……多い」
「選んでいいぞ」
「全部知らない料理です」
「じゃあ食べたことないやつにしろ」
「全部食べたことありません」
「全部か」
「はい」
俺はメニューを見た。

「じゃあとりあえず日替わりにしろ。無難に美味い」
「日替わり」
「今日は生姜焼き定食だ」
「生姜焼き」
「豚肉を甘辛いタレで焼いたやつ」
「……美味しそうですか」
「美味しい」
「では」
桜花がメニューを閉じた。

「日替わりにします」
即決だった。

料理が来た。
桜花が生姜焼き定食をじっと見た。
箸を持った。
「……箸は使えます」
「そうか」
「源之助様の時代から変わっていないものもあるのですね」
「箸は変わらないな」
桜花が一口食べた。
静止した。

「……」
「どうだ」
「甘い」
「生姜焼きは甘辛いから」
「辛いより甘いです」
「それがタレの味だ」
桜花がもう一口食べた。
また静止した。

「……米が合います」
「生姜焼きと米は鉄板だ」
「鉄板?」
「最強の組み合わせってこと」
桜花が箸を止めた。
「秀馬」
「なに」

「現代の食事は、全体的に美味しいのですか」
「全体的には。まずいものもある」
「まずいものも食べてみたいです」
「なんで」
「比較したい」
「比較のためにまずいもの食うのか」
「美味しいものをより理解するために」
「……まあ分からなくもないけど」
桜花がまた食べ始めた。

黙々と、でも確実に、皿が空いていった。



食後。
桜花がお茶を飲んでいた。
「……緑茶は変わらないですね」
「昔からあるからな」
「源之助様もよく飲んでいました」
「そうか」

「戦いの前に、必ず一杯飲んでいました」
桜花がお茶を見つめた。
「習慣ですか」
「……縁起を担いでいたのだと思います。負けたことがなかったので」
「最後まで?」
桜花が少し間を置いた。

「……はい」
それ以上は言わなかった。
俺も聞かなかった。
お茶の湯気が、静かに立ち上っていた。



帰り道。
桜花が青いシャツの袋を提げていた。
「今日、楽しかったですか」
俺が聞いた。
「はい」
「何が一番よかった」
桜花が少し考えた。
「生姜焼きです」
「服より飯か」
「服も良かったです。でも——」
間を置いた。

「食べたものは、記憶に残ります」
「服は残らないのか」
「形として残ります。でも、食べたものは体に残る気がします」
「感覚的だな」
「ドールですが、感覚があります」
「それは知ってる」
桜花が空を見た。夕方の空だった。

「秀馬」
「どうした?」
「また来てもいいですか」
「どこに」
「街に。あの定食屋に」

「ああ、いつでもいいぞ」
「次は別のものを食べてみたいです」
「何がいい」
桜花が少し考えた。
「唐揚げ定食と、生姜焼き定食を食べ比べたいです」
「それ二人前だぞ」
「食べられます」
「ドールの胃はどうなってるんだ」

「よく分かりません」
「正直だな」
桜花が前を向いた。
「よく言われます」
俺は少し笑った。
桜花は笑わなかった。
でも、手に提げた袋を、少しだけ強く持ち直した。



夜。
部屋に帰ると、桜花が青いシャツを壁にかけた。
眺めていた。
「……着ないのか?」
「明日着ます」
「今日買ったのに」
「明日が楽しみになります」
「そういう考え方か」
桜花がシャツから目を離さないまま言った。

「秀馬」
「なに」
「200年前——街に出ることは、ありませんでした」
俺は何も言わなかった。
「戦いの前か、戦いの後か。それだけでした」
「源之助様と?」
「はい」
「今日みたいな日は」
「……なかったです」
桜花がシャツを見た。

「だから」
短い沈黙があった。
「少し不思議な気分です、でも嫌いじゃない」

俺は電気を消した。
暗い部屋で、桜花の輪郭だけが見えた。
「……おやすみ」
「おやすみなさい」

桜花が目を閉じた。
今日買った青いシャツが、窓からの月明かりに照らされていた。
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