九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。

三科異邦

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玄弥の日常

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 実技棟・第三訓練場。
 床は霊力を通す白い石板で覆われ、天井には結界式が張り巡らされている。

「次、西園寺玄弥。相手は――三組、日下部」

 教官の声が響くと、ざわつきが走った。

「また玄弥かよ」
「俺勝ち確定じゃん」

 玄弥は無言で前に出た。
 相手の男子生徒は、余裕そうに肩を鳴らしている。

「悪く思うなよ。課題だからさ」

 開始の合図。

 日下部は霊力を使って霊術を展開する。
 腕に巻き付く霊符が光り、身体能力を底上げする術式だ。

 一方、玄弥の周囲には何も現れない。

「……来い」

 玄弥が踏み込む。
 型だけは教科書通り、無駄のない動き。

 だが。

 日下部は半歩ずらしただけで、玄弥の拳をいなした。

「遅い」

 肘打ち。
 腹に衝撃が走り、息が詰まる。

「ぐっ……」

 背中に回り込まれ、脚を払われる。
 床に叩きつけられ、視界が揺れた。

「終わり」

 霊符の光が強まり、床に展開された術式が玄弥を拘束する。
 四肢が動かない。

 教官が笛を鳴らす。

「勝者、日下部。玄弥は――また課題未達だな」

 クラスの視線が突き刺さる。

「やっぱ霊力出ないのな」
「霊術科なのに霊術使えないとか草」
「剣術科行けばよかったんじゃね?」

 玄弥は何も言わず立ち上がる。
 口の中が鉄の味で満ちている。

 次の組み手。
 相手は女子生徒だったが、結果は同じだった。

 霊装で強化された一撃が肩に叩き込まれ、壁まで吹き飛ばされる。
 結界がなければ骨が折れていたかもしれない。

「……次、玄弥は見学に回れ。これ以上やっても無意味だ」

 教官の言葉が、何より痛かった。

 昼休み。
 玄弥は保健室のベッドに転がっていた。

「またボロボロだね」

 保健委員の女子が、慣れた手つきで包帯を巻く。

「でもこういうの慣れてるでしょ?」
「……」

「西園寺って名家なのに、不思議だよね」

 彼女に悪意はない。
 ただ事実を言っただけ。

 それが余計に胸に刺さった。

 窓の外では、クラスメイトたちが楽しそうに談笑している。
 霊装の話、術式の話、模擬戦の自慢。

 玄弥は天井を見つめたまま、拳を握った。

(……何もできない)

 名家の末裔。
 なのに、霊力は顕現しない。
 式神も、霊装も、契約もない。

 ただ、殴られて終わるだけ。

 それが、彼の日常だった。

 昼休み。

 訓練場から少し離れた中庭のベンチ。
 玄弥は弁当を膝に置いたまま、箸を動かしていなかった。

「……なあ、今日の組み手見た?」

「見た見た。相変わらずだったな」

 すぐ近くで、わざと聞こえる声。

「霊装も出ない、術も使えないって」
「もはや才能ゼロじゃね?」

「西園寺って五大家だろ?」
「看板だけ残って中身スッカスカってやつ?」

 笑い声。

 玄弥は視線を落としたまま、何も言わない。

「なあ玄弥」

 日下部が、わざとらしく近づいてくる。

「今日も霊力使わなかったな」
「もしかして、温存してんの?」

 周囲がくすくす笑う。

「いやいや、使えないだけだろ」
「霊力ゼロなんじゃね?」

「西園寺の血も、もう終わりか」

 誰かがそう言った瞬間、
 玄弥の手の甲に、ぐっと力が入った。

 だが――何も起きない。

 霊力は、反応しない。

「……飯、冷めるぞ」

 玄弥はそれだけ言って、立ち上がった。

「逃げた」
「やっぱ弱いな」

 背中に投げつけられる言葉を、黙って受け流す。



 校舎裏。
 人の気配が消えたところで、玄弥は足を止めた。

「……くそ」

 拳を壁に打ちつける。
 鈍い音だけが返る。

「なぜ、使わぬ」

 背後から、低く落ち着いた声。

 振り返ると、柱の影に葛葉が立っていた。
 認識阻害のせいか、誰も気づいていない。

「霊力、使わなかったな」

 背後から、葛葉の声。

「……使えないだけだ」

 玄弥は即答した。

「最初からそうだった」
「出そうとしても、何も起きない」

 葛葉は一瞬、目を細める。

「それは“今”の話か?」

「?」

「それとも、“昔から”そうだと思い込んでおるだけかの」

 玄弥は眉をひそめる。

「何が言いたい」

 葛葉は、玄弥の前に回り込む。

「本来、おぬしの身体には、確かに霊力が流れておる」
「しかも、かなりの量じゃ」

「……嘘だ」

「嘘ではない」

 葛葉は即座に否定した。

「ただし」
「昔のおぬしは、確かに使えなかった」

 玄弥の喉が鳴る。

「それは才能が無かったからではない」
「“呪い”が、霊力の経路を塞いでおったからじゃ」

 胸の奥が、ひやりとする。

「……じゃあ」

「九尾と契約したことで、その塞ぎは壊れた」
「完全ではないが、使える状態にはなっておる」

 玄弥は、言葉を失った。

「だが、おぬし自身が」
「“使えないものだ”と思い続けてきた」

 葛葉は静かに続ける。

「だから試さぬ」
「最初から、諦めておる」

 玄弥は、拳を握る。

 ――思い返せば。

 術式を組む前から、
 霊力を使う事を想像する前から、
 いつも「どうせ無理だ」と思っていた。

「……本当に使える、のか」

「使えるとも」

 葛葉は小さく頷く。

「九尾との契約は、単に力を貸すだけではない」
「“道を開いた”のじゃ」

 玄弥は、ゆっくりと息を吐いた。

「……じゃあ、俺は」

「スタートラインに立っただけじゃ」

 葛葉は、少しだけ笑った。

「遅れに遅れたがの」

 その言葉は、
 昼休みに浴びせられた嘲笑よりも、ずっと重かった。

 だが同時に――
 初めて、前を向ける言葉でもあった。
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