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契約結婚の条件
しおりを挟む広大な庭園もかつての繁栄を失い、今や雑草に覆われている。没落貴族エルモア家の一人娘エリーナは、ひび割れた邸宅の一室からその光景を眺めていた。かつては社交界でも名を馳せた一族だったが、父の事業の失敗で一気に転落した。母の病が悪化し、弟たちの学費もままならない現状。家族を救うためにどうにかしたいと願うエリーナだったが、彼女には頼れる財産も、人脈も残っていない。
「お前に縁談が舞い込んできた。」
そんな父の言葉にエリーナは驚きを隠せなかった。さらに驚いたのは、その縁談の相手が冷徹で有名なヴァルデン公爵、アレクシス・ヴァルデンだと聞いたときだった。彼は政財界で名を馳せる大国の公爵で、冷酷無比な人物として知られていた。なぜそんな人物が、自分のような没落貴族の娘と結婚するのか――。
「ただし、これは形式的な結婚だ。」
父の言葉に耳を疑った。形式的な結婚。つまり、感情的な結びつきは不要で、契約に基づいた関係を1年間だけ続けるものだという。結婚期間が終われば離婚する。そして、その見返りとしてエルモア家の借金は全額肩代わりされるとのことだった。
「どういうことですか……?」
「ヴァルデン公爵は世間体を気にしているようだ。結婚生活が1年続けば、あとは互いに自由になるという約束だ。」
エリーナは自分の耳を疑いながらも、心のどこかで安堵している自分に気付いた。公爵との結婚は恐ろしいものだと思っていたが、1年限りで終わるならば耐えられるかもしれない、と。
数日後、エリーナはヴァルデン公爵邸を訪れることになった。広大な敷地に佇むその屋敷は威圧感さえ感じさせるほど豪壮で、規律正しさと冷たさが漂っていた。迎えに来た使用人に案内され、ついにアレクシス・ヴァルデンとの初対面の時を迎える。
彼は驚くほど整った顔立ちをしていた。漆黒の髪に鋭い灰色の瞳、完璧に整った姿勢。それだけで圧倒されそうになる。彼女が息を呑む間もなく、低い声が響いた。
「エリーナ・エルモアか。」
冷たく響くその声に、エリーナはかすかに身を竦めた。彼の表情は無機質で、まるで感情がないように見えた。
「契約の詳細を確認してもらおう。」
アレクシスが机の上に置いた契約書を差し出す。エリーナは震える指でその書類を手に取り、目を通した。契約の内容はこうだった。
1. 結婚生活は1年間とする。
2. 夫婦間の干渉は最小限とする。
3. 契約終了後、速やかに離婚を行う。
「疑問があれば言え。」
そう言われても、エリーナには何も言えることがなかった。ただ黙って頷き、サインをした。
結婚式は簡素ながらも形式に従ったものだった。華やかな装飾が施された会場で、エリーナは公爵夫人としての務めを果たすようにふるまった。しかし、式の間ずっと、アレクシスは彼女に目を合わせようとはしなかった。それどころか、彼の態度には完全に無関心の色が滲んでいた。
結婚生活が始まったものの、エリーナにとってその日々は孤独だった。広大なヴァルデン邸の中で、アレクシスが彼女と顔を合わせることはほとんどなく、会話も最低限だった。与えられた部屋は豪華で、使用人たちは丁寧に接してくれたが、そこには人の温かさがなかった。
ある日、エリーナは夜の廊下を歩きながら、月明かりの差し込む窓辺で立ち止まった。庭園の花々が静かに揺れる様子を眺めながら、彼女はふと深いため息をついた。
「こんな時間に何をしている?」
突然の声に驚き、振り向くと、そこにはアレクシスが立っていた。暗闇の中で彼の鋭い灰色の瞳が彼女を見つめている。
「ただ、少し空気を吸いたかっただけです。」
「無駄に冷えるだけだ。部屋に戻れ。」
短く言い放つと、彼は再び廊下を歩き去った。エリーナはその場に立ち尽くし、胸にこみ上げるやるせなさを押し込めた。
1年間の結婚生活。この日々の中で、エリーナは何を見つけるのだろうか。そして、冷徹な公爵アレクシスの心には、本当に何も宿っていないのだろうか――。
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