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偽りの夫婦と本当の想い
しおりを挟むアレクシスとのやり取りが増えるたびに、エリーナは自分の中で芽生えつつある感情に気づき始めていた。それは、契約結婚の名目では収まらない彼への興味と、彼の心を知りたいという強い願いだった。しかし、彼の冷徹な態度は変わらず、彼の心に踏み込むことは許されないように感じていた。
一方で、エリーナは使用人たちの間での評判が良くなっていることに気づいていた。誰に対しても親切で、分け隔てなく接する彼女の姿勢は、冷徹で近寄りがたい印象のあるアレクシスとは対照的だった。そのため、屋敷内では「公爵夫人が公爵様の心を変えるかもしれない」と密かに期待されていた。
ある日、エリーナは庭園で使用人たちと話をしているところをアレクシスに見られた。彼はその様子を遠くから静かに見つめていたが、エリーナに気づかれる前に足早に立ち去った。その背中には、どこか苛立ちとも寂しさとも取れる空気が漂っていた。
その夜、エリーナは食事の場で思い切ってアレクシスに話しかけた。
「公爵様、最近はお仕事でお忙しいご様子ですが、たまには休息を取られてはいかがですか?」
「君はいつもそれを言うな。」
アレクシスは少しだけ苦笑したが、すぐに真剣な表情に戻った。
「私は責務を果たすために存在している。それ以上のことを望んでいない。」
その言葉に、エリーナは胸が痛むのを感じた。彼が自分を犠牲にしてまで責務を果たそうとする理由を知りたいと思ったが、それを尋ねる勇気はまだ持てなかった。
しかし、アレクシスがふと視線を下げ、小さなため息をついたのを見て、エリーナは思わず口を開いた。
「それ以上のことを望んではいけないのですか?」
その問いに、アレクシスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。
「君には関係のないことだ。」
その言葉に、エリーナは何も言い返せなかった。自分の想いが彼に届かないことを痛感し、静かに視線を落とした。
翌日、エリーナは街へ出かけることにした。使用人のセバスチャンが同行し、屋敷の買い出しも兼ねての外出だった。街の活気ある雰囲気に触れることで、エリーナは少し気持ちを落ち着けたかったのだ。
街を歩いていると、エリーナは一人の少女に話しかけられた。
「公爵夫人様ですよね? あなたが来ると聞いて、お会いしたいと思っていました。」
その少女はエリーナに感謝の言葉を伝えた。どうやらエリーナが以前、屋敷の余剰品を寄付したことがきっかけで、彼女の家族が助かったらしい。
「本当にありがとうございます。あなたのような方が公爵夫人で、この街は幸せです。」
その言葉にエリーナは驚きながらも微笑み返した。
「そんな……大したことはしていません。でも、お役に立てて嬉しいです。」
そのやり取りを遠くから見ていたセバスチャンは、静かに呟いた。
「やはり彼女は……。」
その夜、エリーナは自室で過ごしていたが、突然セバスチャンが訪ねてきた。
「公爵夫人様、少しお話ししたいことがございます。」
セバスチャンはいつもの穏やかな表情で、彼女に話し始めた。
「実は、公爵様は表向きは冷徹で無感情なように見えますが、その裏で非常に深い思慮と感情を持っていらっしゃいます。ただ、それを他人に見せることを極端に嫌われているのです。」
「それは、どうして……?」
エリーナが問いかけると、セバスチャンは少しだけ躊躇した後に答えた。
「過去に起きた出来事が原因です。それについて詳しくお話しするのは公爵様ご自身にお任せしますが……夫人様がその壁を崩せる可能性は、十分にあると思います。」
その言葉に、エリーナは心の中で誓った。彼の過去を知り、彼を支える存在になりたいと。
翌日、アレクシスが執務室で仕事をしていると、エリーナが突然訪れた。彼女は真剣な表情で彼に話しかけた。
「公爵様、少しだけ時間をいただけませんか?」
「何の用だ?」
アレクシスは軽く眉をひそめたが、エリーナの真剣な様子に根負けし、手を止めた。
「私、あなたのことをもっと知りたいんです。過去のことも、今のことも。」
その言葉に、アレクシスは目を細めた。
「君に私の何がわかる?」
「わからないかもしれません。でも、知りたいと思う気持ちは本当です。」
アレクシスはしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「……君がどれだけ知りたいと思おうと、私の過去に踏み込むことはできない。それが私と君の間にある境界線だ。」
エリーナはその言葉に胸が痛んだが、決して諦めることはしなかった。
「境界線なんて、いつか消えるかもしれません。私は、それを信じています。」
その強い言葉に、アレクシスは何かを言おうとしたが、結局何も言わなかった。ただ、彼の目には一瞬だけ迷いの色が浮かんでいた。
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