【完結】悪役令嬢に転生したので破滅回避！……したはずが、王太子が執着してきます

目覚めと決意

　暗闇の中、ふと意識が戻る。まるで深い眠りから引きずり出されるような感覚とともに、私は目を覚ました。目の前に広がるのは、豪奢な装飾が施された天井、そして窓から差し込む柔らかな朝日。その光が、まるで別世界の訪れを告げるかのように、部屋全体を包み込んでいた。しかし、私の心はその美しさとは裏腹に、途方もない混乱と不安に支配されていた。

　「ここは……一体どこ？」
　自問自答する私の声は、部屋の静寂の中にかすかに響いた。手を伸ばして胸元に触れると、そこには自分が今まで見たことのない、繊細なレースと刺繍の入ったドレスがまとわれている。鏡の前に立つと、そこに映るのは、かつての私ではなく――異なる瞳、異なる髪色、そして優雅でどこか冷ややかな表情を湛えた“レティシア”という名の女性そのものだった。

　混乱と恐怖、そして奇妙な運命への予感が胸を打つ。記憶の中を必死に探しても、昨晩までの記憶はぼんやりとしか残らず、まるで夢の中の一片の幻のように散り散りであった。だが、ある瞬間、ふと断片的な記憶が胸中に蘇った。かつてプレイしていたあの乙女ゲーム――「運命の旋律」――の中で、私は“悪役令嬢”レティシアとして描かれていたのだ。

　「まさか……私は、本当に転生してしまったの？」
　自らの姿を認めるのに、しばらくの時間がかかった。だが、やがて現実の厳しさが押し寄せ、これまでのゲームのシナリオが、今まさに自分の未来として脅かしていることに気づかされた。記憶の中では、悪役令嬢レティシアは、ヒロインを陰湿にいじめ、物語の中では必ず破滅を迎える運命にあった。婚約が破棄され、国外追放、果ては処刑という暗い未来……。そんな運命に身を委ねるわけにはいかないと、内心のどこかで叫んでいた。

　目覚めた瞬間から、私の中には一つの決意が芽生えていた。「絶対に、あの運命には屈しない！」
　だが、どうすればよいのか。シナリオ通りに動けば、もう避けようのない破滅の未来が待っている。私が転生したこの世界は、既に定められた台本が存在するかのように、細部にまで運命が刻み込まれているように感じられた。しかし、私はその台本の一行一行を、あえて飛ばしてでも生き延びる方法を模索しなければならなかった。

　ゆっくりと立ち上がると、部屋の窓辺に近づき、外の景色を見渡す。広大な庭園、そしてその向こうにそびえ立つ城――。ここは、まさに乙女ゲームの世界そのものだ。全てが美しく整えられ、しかしどこか冷たさも感じられるこの世界に、私の心は次第に覚醒していった。転生の驚きとともに、同時に感じたのは、この世界で自分自身が果たすべき役割への重い責任感であった。たとえ“悪役令嬢”というレッテルを貼られていようとも、私は自分の意志で未来を切り開くと固く決意した。

　部屋の奥に置かれた豪華な机の上に、古びた日記が一冊置かれているのに気づいた。そこには、この世界のルールや、レティシアとしての過去の記録が綴られているらしい。ページをめくるたび、次第にこの世界の運命が、冷徹なシナリオとして定められている事実が浮かび上がってきた。私は、そこに記された数々の失敗と悲劇、そして避けるべき絶望的な結末に対して、怒りと悲しみを覚えた。

　「こんな未来、絶対に避けなければ……」
　自分自身に誓いを立てるように、私は呟いた。ここからは、台本に従わず、真の自分で生き抜くための戦いが始まるのだ。まずは、あの運命に書かれた自分自身の役割を再定義する必要があった。従来のレティシアというキャラクターは、単なる悪役に過ぎない。しかし、私には違う未来が見えている。過去のゲームプレイでは、ヒロインとの激しい対立や、冷酷な運命の末路が描かれていたが、今度はそのすべてを覆すために、細やかな一歩一歩を積み重ねていく覚悟があった。

　しかし、何よりもまず頭をよぎったのは、王太子エドワード殿下の存在だった。日記や書物の中で断片的に触れられていた彼の姿は、冷徹かつ魅力的な人物として描かれていた。彼は本来、ヒロインとの恋愛を結実させる運命にあったが、私がレティシアとして存在する限り、避けるべき存在とされている。しかし、どうしても心の奥底で、あの目に映る冷たい光が、何かを訴えかけているような錯覚すら覚えた。だが今は、まず自分の運命を変えることに専念するべきだ。王太子殿下との関わりは、今は二の次。まずは、自分自身がこの運命を覆すための足掛かりを探し出さなければならない。

　朝の光が次第に部屋を満たす中、窓の外では鳥たちが穏やかにさえずり、庭に咲く花々が風に揺れていた。その光景は、まるで新たな始まりを祝福しているかのように感じられた。私は深く息を吸い込み、今一度自分自身に誓った。「私は、絶対に破滅の未来に身を委ねはしない。たとえどんな困難が待ち受けていようとも、自分の意志で未来を切り開く！」

　その決意は、ただの思い付きではなかった。これまでの人生で何度も、運命に抗うために闘ってきた経験が、私の内面に確かな自信と覚悟を与えていた。たとえ転生という不可思議な出来事に巻き込まれたとしても、私は己の知恵と勇気で、定められた台本を打ち破る力を秘めていると信じていた。

　ふと、部屋の隅に飾られた大きな鏡に目が留まる。そこに映る自分自身――レティシアの瞳は、これまでの悲劇的な運命を背負った者のものではなく、未来への希望と挑戦の輝きを湛えているように見えた。鏡越しに自分を見つめながら、私は静かに微笑んだ。「これが新たな私。今からは、私自身の物語を紡ぐ時だ」と。

　決意を固めた瞬間、胸中にかすかな温もりが広がるのを感じた。それは、自分自身に対する信頼と、これから迎えるであろう数々の試練に打ち勝つための力の源であった。どんなに厳しい運命が待ち受けていようとも、私には歩み続ける覚悟があった。たとえ台本に囚われた運命であっても、その一行一行を自らの意志で塗り替えていく――そんな未来を夢見ながら、私は新たな一歩を踏み出す決意を改めて胸に刻んだ。

　やがて、部屋を出る時刻が近づいた。豪奢な廊下を歩む足取りは、決して軽快ではなかったが、その歩みには確固たる意志が感じられた。外の世界は、華やかでありながらもどこか厳粛な空気に満ち、これから展開される運命の物語を予感させるものだった。宮殿内を進む中で、過ぎ去った時の残響と未来への期待が交錯し、私の内面は複雑な感情に彩られていく。

　この瞬間、私は知っていた。これから先に待ち受ける運命は、必ずしも順風満帆なものではないと。しかし、だからこそ自分の意志で切り拓くべき価値があるのだ。過去のシナリオに従うのではなく、未来を自らの手で描き上げる――それこそが、私が転生して得たこの新たな命の意味であった。

　そして、心の奥でひそかに燃え上がる決意の炎は、外界の冷たい風すらも温かく感じさせるほどの力を持っていた。廊下を抜け、宮殿の奥深くへと進む足取りは、かすかながらも確かな光を求める旅人のようであった。これまでの運命に翻弄されるのではなく、自らが未来を選び、創造する――そんな信念が、私の内側から力強く溢れていた。

　やがて、広間の扉がゆっくりと開かれ、そこに広がる光景は新たな生活の始まりを告げるものであった。そこには、数多くの人々が日常を営む中、私の存在がまるで異物であるかのように感じられる一方で、どこか温かな期待とともに迎え入れられる雰囲気が漂っていた。私は、ただひっそりとした決意と共に、この新たな舞台での生活を歩む覚悟を新たにした。

　―ここから、私の本当の物語が始まるのだ。―
　そう心に誓いながら、私はそっと深呼吸を一つ。未来に対する不安と期待、そしてこれまでの自分では到底理解できなかった運命の重みが、今、確かな力となって胸中を満たしていくのを感じた。

　この瞬間、目の前に広がる世界は、ただの幻想や運命の罠ではなく、自分自身の選択と努力によって塗り替えられる可能性に満ちた、新たな始まりそのものだった。私が歩む道は決して平坦なものではないだろう。しかし、絶望の淵に沈むことなく、未来への希望を胸に抱きながら、今日という一日を、そしてこれからのすべての日々を、自らの意志で輝かせるために――私は、今ここで、新たな決意を固く刻んだのだった。

　部屋を後にし、廊下の先に見える庭園へと足を進めると、朝露に濡れる草花が静かに輝いていた。まるで、私のこれからの未来に向けた小さな祝福のように。その一つ一つが、私の決意の証であり、また新たな希望の象徴のように思えた。胸中に秘めた覚悟とともに、私はゆっくりと歩き出す――自らの手で運命を変えるための、第一歩を踏み出すために。

　今、この瞬間から、私の新たな物語は始まる。台本に囚われた古い運命を振り払い、真実の自分で未来を切り拓く――そう、私の物語は、これから多くの喜びと悲しみ、そして新たな出会いに彩られていく。王太子殿下やその他の登場人物たちとの予期せぬ交錯が、いずれこの物語にどのような影響をもたらすのかはまだ分からない。ただ、ひとつ確かなのは、私自身がこの運命に屈せず、己の意志で未来を切り開くという強い決意を胸に、歩むべき道がここにあるということだ。

　そして、どんな困難が待ち受けていようとも、私の中で燃え盛るその決意は、今後の試練を乗り越えるための灯火となるに違いない。これまでの悲劇的な運命に決して屈することなく、私は新たな希望を胸に、未来へと進む――その決意は、誰にも奪われることはなかった。