【完結】婚約破棄された悪役令嬢、隣国の冷酷王子に拾われて、なぜか愛されています

22時完結

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仮初めの微熱、優しさの理由

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    リリアーヌがアルシュレイン王国の宮廷に身を置くようになって、三週間が経った。

当初は冷ややかな視線に晒されることもあったが、次第に状況は変わってきていた。
彼女の礼儀正しさ、控えめな態度、そして決して出しゃばらない気品ある振る舞いが、周囲の評価を少しずつ覆し始めていたのだ。

「……あの方、王子の傍にいても、決して前に出ないわね」

「お仕着せのドレスに文句ひとつ言わないし、付き人にも優しい。……“悪役令嬢”って、どこかの噂じゃない?」

リリアーヌはそれを聞いても、特に反応を示すことはなかった。
ただ静かに微笑み、ユリウスの横を歩き続けた。

“仮初めの婚約者”であることに変わりはない。
それでも、自分に与えられた立場を全うする――
それがリリアーヌの誇りだった。

 

***

 

「お前は、もっと図々しくていい」

ある夜、ユリウスはワインを片手にそう言った。
ふたりは王宮の私的な離れにいた。ユリウスの書斎に設けられた小さなサロンで、夜毎ふたりだけで過ごすひとときは、今や日課のようになっていた。

「図々しい……?」

「そうだ。もう少し俺に頼れ。遠慮してるのがわかる」

「……私のことを拾ってくださったあなたに、これ以上の迷惑はかけたくありませんわ」

ユリウスはグラスを置き、ゆっくりと立ち上がると、ソファに座るリリアーヌの前に膝をついた。

「……俺が迷惑だと思ってると、まだ思うか?」

その真剣な視線に、リリアーヌは思わず言葉を失う。

ユリウスは続けた。

「お前が俺の傍にいることに、意味がある。お前の品位と美しさは、俺の“盾”になっているんだ。……それに」

「……それに?」

「俺は、お前が側にいると……妙に、心が落ち着く」

その一言は、静かに胸に響いた。

ユリウスは立ち上がり、窓の外を眺める。

「俺は冷酷だと噂されている。実際、必要ならどんな命令でも出すし、どれだけ血を流すことになっても任務を遂行する。……だが」

「……?」

「そんな俺に、“綺麗なもの”が必要だった。お前は、その役を……完璧に演じている。たまに、演じているようには見えないほどに」

リリアーヌは思わず、小さく笑った。

「それは……役ではなく、ただの私ですわ。あなたの隣で、こうして静かに過ごせることが、私の癒しなのですもの」

ユリウスはそれを聞いて、しばし沈黙したあと、ぽつりと呟いた。

「……それは反則だな」

「え?」

「“ただの私”って言われると、守りたくなる」

リリアーヌは一瞬、息を呑んだ。
そして、胸がじんわりと熱くなるのを感じた。

ユリウスは優しくて、不器用で、誰よりも真っ直ぐで――
気づけば、そんな彼に惹かれつつある自分に、気づき始めていた。

 

***

 

翌朝、リリアーヌは少し体が重いと感じながらも、予定されていた朝の挨拶の場に向かおうとしていた。
だが、部屋を出る前にユリウスの側近――ジークが慌てて駆け込んできた。

「リリアーヌ様! ユリウス殿下の命令です。本日は部屋で休まれるようにと」

「え? なぜですの?」

「殿下が、昨晩の様子から風邪を疑われ……すでに侍医を手配しております!」

その言葉通り、次の瞬間には侍医が現れ、リリアーヌはあっさりと検診され、熱を計られた。

「軽い風邪でしょう。ご無理はなさらず、今日は一日安静に」

使用人に囲まれ、ふかふかのベッドに寝かされたリリアーヌは、なんとも居心地の悪い気分になった。

「……こんなことで騒がれてしまうなんて」

「当然だろう」

「ひゃっ……!」

急に背後から声がして、リリアーヌは驚いて身を起こす。
扉の前には、いつものように涼しい顔のユリウスが立っていた。

「……寝てろ。お前、顔が赤い」

「そ、それは風邪だからです!」

「だな。だから寝ろと言ってる」

「そんな……せっかく今日、お客様がいらっしゃる日だったのに……」

「客なら俺が対応する。お前は俺に任せて、寝るだけでいい」

その強引さに、思わず笑みがこぼれる。

「……本当に、なんでもやってくださるのですね」

「お前が休むなら、俺はなんだってする。……休まないなら、力づくでも寝かせるが?」

「脅しですか?」

「忠告だ」

ユリウスはそう言って、ベッドの傍に椅子を置き、リリアーヌの手をそっと取った。

「熱、少し下がってきたな」

「……はい。ユリウスが、こうして傍にいてくださるからでしょうね」

その言葉に、ユリウスの手がほんのわずか震えた。
そして彼は、リリアーヌの手をそっと握り直しながら、目を細めた。

「……お前が俺の“本当の妃”なら、こうして手を取る理由も、言い訳も要らないのにな」

「――!」

その言葉に、リリアーヌの鼓動が跳ねた。
熱のせいだけではない、胸の奥からこみ上げる熱――それは、確かに“恋”のそれだった。

 

***

 

夕暮れどき、目を覚ましたリリアーヌの傍には、まだユリウスがいた。

「……ずっと、ここに?」

「ああ。お前、寝顔が妙に安心するんだ」

「……そんなことを言う方じゃないと思っていましたのに」

「俺は冷酷な王子だ。言いたいことも言えずに黙って生きてきた。……でも、今は違う」

ユリウスは立ち上がり、窓のカーテンを開けた。

差し込む夕日の光が、彼の横顔を照らす。

「お前がそばにいると、俺は“言葉”を使いたくなる。もっと伝えたいと思う」

リリアーヌはそっと手を胸に当てた。
そこには確かに、彼の言葉で膨らんでいく想いがあった。

“仮の婚約者”――
そのはずなのに、もう気持ちは止まらない。

「……ユリウス」

「ん?」

「私……この国に来て、本当に良かったと、思っていますわ」

「……俺もだ」

その静かな返事は、熱を帯びた空気のなかで、優しく響いた。

やがて、ふたりは窓の外を見つめたまま、言葉を交わさず、ただ隣に座っていた。
その静けさは、誰よりも確かで、誰よりも甘い時間だった。

そしてリリアーヌは思った。
――もしこれが“仮”ではなく“本物”なら。
――私は、彼の隣で、ずっと生きていきたい。

その願いが、叶う日が来るのかどうか。
まだ誰にも、わからない。

 
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