3 / 8
社交界の波紋と元婚約者の後悔
しおりを挟む侯爵令嬢セシリアの噂は、侯爵邸での出来事と皇太子アレクシスとの出会い以降、あっという間に社交界に広がっていった。これまで「地味」と見なされていた彼女が、今や高貴な皇太子の猛アプローチを受け、内面に秘めた純粋な輝きを見せ始めたという話題は、貴族たちの間で瞬く間に燃え上がったのだった。
大広間で催される舞踏会の夜、煌びやかなシャンデリアの下、上流階級の人々は格式高いドレスと燕尾服に身を包み、華麗な音楽に合わせて優雅な踊りを披露していた。だが、その中でもひときわ目を引くのは、今まであまり注目されることのなかったセシリアの存在であった。彼女は、控えめながらもその内面に宿る強い光を隠しきれず、どこか神秘的なオーラを放っていた。
社交界の噂好きな婦人たちは、ひそひそと会話を交わす。
「あのセシリア、まさか皇太子に目をつけられるなんて…」
「確かに、彼女は地味と言われていたが、内面の美しさは誰にも負けないと聞くわ」
「私も噂を聞いたわ。エドワードがあんなふうに彼女を見捨てたのは、まさに後悔の種になったに違いない」
その会話に耳を傾ける一人の婦人の瞳は、好奇心と驚嘆に満ち、まるで真実を探り当てるかのように輝いていた。こうした噂は、セシリアの評判を一変させ、彼女の存在をかえって一層魅力的にしていった。
一方、侯爵邸においても、セシリアの変化は家族や使用人たちの間で話題となっていた。母親は娘の姿に安堵と同時に誇りを感じ、父親はかつての不遇な運命がようやく報われたかのように、心の奥底で微笑んでいた。だが、その陰で、かつて彼女の婚約者であったエドワードの姿が、再び暗い影として浮かび上がろうとしていた。
エドワードは、かつて自分が「地味な令嬢」と決めつけ、セシリアを見捨てたことが、今さらばかりに大きな代償となって返ってくるとは思いもしなかった。彼は社交界の一角にひっそりと佇む自分の邸宅の窓辺から、ひとり夜空を見上げながら、複雑な思いに耽っていた。
「あの時、何故あんなにも短絡的だったのだろう……」
エドワードの内心は、かつての傲慢さと自信に満ちた面影を失い、今や深い後悔と虚しさに支配されていた。かつては自分こそが世間の羨望の的であり、未来を切り開くにふさわしい存在だと信じて疑わなかったが、セシリアの変貌と、彼女に寄せられる皇太子の情熱に直面し、己の選択の愚かさを痛感するようになっていた。
翌日の昼下がり、侯爵邸の広間に集う一同は、さりげなく昨夜の舞踏会の話題に花を咲かせていた。貴族たちは、セシリアの姿について賛否両論を述べる中、その真実の美しさや、皇太子アレクシスとの奇妙な関係について、あらゆる憶測を巡らせていた。
「あの皇太子が、あのセシリアを本気で追っているというのは本当かしら?」
「彼はいつも冷徹で知られていたのに……どうして今になって情熱を見せるのかしら?」
と、話し合う声の中に、過去に彼女を見下した者たちの驚きと、心の中に芽生えた疑念が交錯していた。
そんな中、エドワードはひそかに行動を起こす決意を固める。彼は、かつて自分が捨てたセシリアのもとへ、直接会いに行こうと決意したのである。自分の過ちを償い、彼女の本当の価値に改めて気づいてもらいたいという、心からの後悔と望みが、彼を突き動かしていた。
ある日の午後、エドワードはかつての温かな記憶にすがるかのように、侯爵邸へと足を運んだ。入り口で立ち止まり、ため息をつく彼の姿は、以前の誇り高き姿とはまるで異なっていた。彼は、かすかに震える手で扉をノックすると、内側から軽やかな声が返ってきた。
「……どうぞ、お入りなさい」
その声は、優雅でありながらも、どこか遠慮がちな響きを含んでいた。エドワードは、心臓の鼓動が速まるのを感じながらも、深々と頭を下げ、一歩一歩足を踏み入れた。室内は薄暗い照明に包まれており、壁には数々の肖像画が飾られていた。セシリアは、その一角の窓際に座っていた。彼女は、前日の出来事の傷跡を静かに抱えながらも、どこか内に秘めた強さを漂わせていた。
エドワードは、ゆっくりと歩み寄り、声を震わせながら口を開いた。
「セシリア……あの日、私が言ったこと、そしてあなたを捨てたこと……どうか許してほしい」
その言葉は、これまでの傲慢さを捨てたかのように、純粋な後悔と苦悩を込めていた。しかし、セシリアの瞳はその言葉を受け止めると、わずかに曇った表情を浮かべた。
「エドワード……あなたがどれほど後悔しているかは、私には伝わる。しかし、私はもう、過去の私ではないのです」
セシリアの声には、かつての温かな優しさと同時に、今や確固たる自分の意志が込められていた。彼女は、ゆっくりと立ち上がり、エドワードの前に一歩近づくと、穏やかに語りかけた。
「あなたの言葉は、確かに私の心に響きました。しかし、今の私は、ただ過去に縛られて生きることはできません。私は新たな未来を見つめているのです」
その瞬間、部屋の扉が再び開かれ、堂々たる姿の皇太子アレクシスが現れた。彼は、エドワードとセシリアの間に立ち、冷静かつ厳かな眼差しで二人を見据えた。
「エドワード、君の後悔は承知した。しかし、私の世界に入る余地はもうない。セシリアは、私のもとで新たな未来を歩む運命にある」
アレクシスのその一言は、冷徹な断固たる意思を示すと同時に、エドワードの胸に深い刺戟を与えた。エドワードは、言葉を失いながらも、己の愚かさと過ちを改めて痛感し、重い沈黙が場を包み込んだ。
エドワードの心の中では、これまでの自分への絶対的な自信が、一瞬にして崩れ去っていくのを感じた。彼は、かつての栄光の日々にしがみつくこともできず、ただただ深い後悔の念に苛まれるばかりであった。社交界の中では、彼の姿がかすかに見えるたびに、人々は「あのエドワード氏が再びセシリアに近づこうとしている」と噂し、またもや興味津々な視線が集まった。
その後、しばらくの間、侯爵邸では静かな時間が流れた。セシリアは、アレクシスと共に館内を歩きながら、今後の自分の進むべき道を静かに見定めようとしていた。彼女の瞳には、過去への未練と同時に、新たな未来への期待が入り混じっていた。アレクシスは、彼女の横に寄り添いながら、低く囁いた。
「君が選んだ道は、必ず輝かしいものとなる。君の内にある真の美しさを、私は誰よりも知っている」
その言葉に、セシリアは微かに頷きながらも、心の奥で複雑な感情が渦巻いているのを感じた。一方、エドワードは、侯爵邸の外に出ると、暗い庭園の片隅でひとり佇み、過ぎ去りし日々への悔恨と自分自身の無力さを噛みしめるように、夜空を見上げた。
「あの時、あの瞬間に戻ることはできない。だが、もしもあの輝きを取り戻すことができるのなら……」
彼の内面は、かつての誇り高き男としての面影を残しつつも、今や無念さと虚しさに彩られ、ただただ過去への後悔が胸を締め付ける。彼の言葉は、夜の静寂に溶け込み、やがて風に乗ってどこか遠くへと消えていった。
社交界では、セシリアと皇太子アレクシスの関係が次第に確固たるものとして認識されるようになり、彼女の姿は「新たな美しさ」として再評価され始めた。かつての地味な令嬢が、今や華やかな光を放つ存在へと変貌を遂げたことは、誰もが目の当たりにする事実となっていた。上流階級の人々は、彼女の姿に魅了され、彼女に対して温かい視線を向ける一方で、エドワードのかつての選択がいかに愚かであったかを、密かに非難する風潮すらも生じていた。
時折、社交界のパーティや舞踏会の席で、エドワードはかつての自らの栄光と今の惨めな現実を比べながら、内心で激しい葛藤に苛まれていた。彼は、セシリアに対する愛情を捨てきれず、同時に彼女を失った自分自身への嘆きを隠せなかった。だが、どんなに彼が近づこうとしても、アレクシスの存在は常にその前に立ちはだかり、彼に対して冷徹な一線を引いたのだった。
こうして、社交界は新たな秩序と情熱に満ちたドラマに彩られながら、静かに、しかし確実に動き出していた。セシリアは、これまでの裏切りと悲しみを乗り越え、内なる光を取り戻しつつあった。そして、皇太子アレクシスとの関係は、彼女にとって新たな人生の扉を開く鍵となっていった。
その夜、侯爵邸の静かな書斎にて、セシリアは一人、過ぎし日の記憶とこれからの未来に思いを馳せながら、ゆっくりと筆を執った。紙の上に綴られる文字の一つ一つに、彼女は自らの心情と向き合い、そして次第に強くなる自分自身の決意を刻み込んでいった。
「私には、もう過去に縛られる理由はない。新たな愛の中で、真実の自分を見出すのだ……」
窓の外では、星々が静かに瞬き、夜空に広がる無限の闇と希望の輝きが重なり合っていた。その光景は、セシリアの心に深い安堵と未来への期待をもたらし、彼女はゆっくりと息を吐いた。
そして、社交界の中では、今後もセシリアと皇太子アレクシスの関係がどう発展していくのか、また、かつてのエドワードがどのように自らの過ちと向き合っていくのか、誰もが興味津々にその行方を見守ることとなる。すべては、これから紡がれる新たな恋の旋律と、時の流れの中で決して変わらぬ真実の輝きのために……。
こうして、社交界における波紋は次第に収まりつつも、各々の心に刻まれた後悔と希望が、静かに、しかし確実に未来を照らし始めた。セシリアは、かつての悲しみを胸に秘めながらも、新たな愛に向かって歩み出す決意を新たにし、エドワードの後悔と、皇太子アレクシスの熱情が織りなす運命の糸は、いよいよ一層複雑に絡み合っていくのであった。
33
あなたにおすすめの小説
追放令嬢ですが、契約竜の“もふもふ”に溺愛されてます(元婚約者にはもう用はありません)
さら
恋愛
婚約者に裏切られ、伯爵家から追放された令嬢リゼ。行く宛のない彼女が森で出会ったのは、巨大な灰銀の竜アークライトだった。
「契約を結べ。我が妻として」
突然の求婚と共に交わされた契約は、竜の加護と溺愛をもたらすものだった!
もふもふな竜の毛並みに抱きしめられ、誰よりも大切にされる毎日。しかも竜は国最強の守護者で、リゼを害そうとする者は容赦なく蹴散らされる。
やがて彼女は、竜の妻として王国を救う存在へ——。
もう元婚約者や意地悪な義家族に振り返る必要なんてない。
竜と共に歩む未来は、誰にも奪えないのだから。
これは追放された令嬢が、契約竜に溺愛されながら幸せと真の居場所を見つける物語。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
時間を戻した元悪女は、私を捨てた王太子と、なぜか私に夢中の騎士団長から逃げられません
腐ったバナナ
恋愛
王太子アルベルトの婚約者であったユミリアは、前世で悪女の汚名を着せられ、騎士団長ギルバートによって処刑された。
しかし、目を覚ますと、処刑直前の自分に時間が戻っていた。
ユミリアは、静かに追放されることを目標に、悪女の振る舞いをやめ、王太子から距離を置く。
しかし、なぜか冷酷非情なはずの騎士団長ギルバートが、「貴殿は私の光だ」と異常な執着を見せ、彼女を絶対的に独占し始める。
あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました
有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。
けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。
彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。
一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。
かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる