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婚約破棄、そして自由のはずが…
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新たな朝が宮廷に訪れると、薄明かりの中で一陣の冷気が流れるように、私の心にもまた一抹の不安が走った。しかし、決意を固めたあの日の炎は、既に消え去る気配など見せなかった。先ほどまで書斎で練り上げた計画通りに、今日こそは王太子との縁を断ち切る日―その覚悟が、内側から静かに、しかし確固たる力として溢れていた。
宮廷の廊下を歩く私の足取りは、かつての優雅な令嬢とは異なり、明らかに一線を引く冷静なものだった。煌びやかな装飾が施された回廊を進むたびに、周囲の視線が一瞬ざわめくのを感じる。だが、私はその視線すら、計画遂行のための舞台装置と割り切るしかなかった。何故なら、今日この瞬間こそ、私が運命を書き換えるための大切な一歩なのだから。
正面玄関を抜け、広大な大広間へと足を踏み入れると、既に多くの貴族や家臣たちが集い、ささやかながらも今日の儀式に心を躍らせている様子が伺えた。窓から差し込む柔らかな光と、天井から吊るされたシャンデリアの煌めきが、まるで一幅の絵画のように空間を彩っている。だが、私の内心は冷静そのもの。今日の焦点は、いかにして王太子という運命の鎖を断ち切るかということに尽きる。
大広間の中央に設けられた講壇へと向かう途中、そっと耳を澄ますと、遠くから穏やかな音楽が流れてくるのが聞こえた。楽器の調べは、まるでこの一瞬の静寂を祝福するかのようであったが、私の頭の中ではすでに未来への対策が次々と計算されていた。心の奥底に秘めた覚悟――「もう二度と、あの不幸な運命には逆らえない」という思いが、固く胸に根付いているのを実感する。
そして、運命の瞬間が訪れた。大広間の隅に配置された玉座の前、王太子が既に姿を現していた。高貴な佇まいと、誰もが認める優雅な振る舞いに、周囲は自然と彼に敬意を表している。しかし、私の目が捉えたその瞳には、いつしか冷めた光が宿っているように思えた。あの瞳は、かつて私が憧れた“理想の人物”ではなく、破滅への導火線そのものとして、今やただの“危険な存在”に映っていた。
私は一歩一歩、決意の足取りを乱すことなく、玉座へと向かった。家臣たちの視線が一斉に集まる中、私は深呼吸をひとつ。心の中で、何度も計画を再確認する―「王太子に対し、感情を一切交えず、冷静に断ち切るのだ」と。そうして、ゆっくりと、しかし確実に彼の前に立ち、静かな声で口を開いた。
「王太子殿下、本日は……私の意志をお伝えするために参上いたしました。」
その声は、かすかに震えながらも、冷静な響きを保っていた。大広間にいた者たちの視線が、一斉に私に注がれる。王太子は、最初は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに厳粛な面持ちに変わった。
「エリシア・フォン・ローゼンベルク。何故、ここに……」
王太子の声は、冷たく、そして少しの困惑を隠せない響きを帯びていた。だが、私は即座に、今まで練り上げてきた台詞を紡ぎ出す。
「私、エリシアは、今後、王太子殿下との関係を一切断絶させていただきたく存じます。これまでの諸事情、ならびに私自身の未来のため、どうかご理解賜りたく……」
その言葉とともに、私の心はこれまでのすべての重荷から解放されるかのように、一瞬の軽やかさを得た。しかし、その瞬間の静寂は、同時に大広間全体を包み込む重苦しい空気ともなった。
王太子は、しばらく言葉を失ったように私の瞳を見つめ、そして、ゆっくりと口を開いた。
「……お前が……本気でその決意を抱いているのだな」
その一言には、言い知れぬ哀しみと、微かな怒りが混ざっているように感じられた。聴衆の中には、さまざまな表情が交錯し、歓喜と驚愕の声が小さく漏れ始めた。だが、私にとっては、これまでの数々の危機を乗り越えるための必然の儀式に過ぎなかった。
「はい。私は、決して自らの未来を犠牲にすることはできません。これまでの運命に従うだけでなく、あえて新たな道を切り開く覚悟がございます。」
その宣言は、まるで冷徹な剣のように、会場の空気を切り裂いた。王太子の横顔には、一瞬、複雑な表情が浮かんだが、すぐにその顔は堅く引き締まる。
「ならば、これにてお前との婚約は、正式に解消することとしよう。」
王太子の宣言は、形式的でありながらも、その背後に潜む痛みを隠し切れないものであった。
瞬く間に、大広間はざわめきに包まれ、家臣や貴族たちは動揺と困惑を隠せずにいた。だが、私の胸中には、一縷の安堵と、かすかな解放感が広がっていく。
「これで……ようやく、私の未来は自由になるはず。」
心の中でそう呟きながらも、何故かその言葉には、どこか皮肉な響きが混じっているように思えた。
しばらくの沈黙の後、王太子は重々しい表情で続けた。
「エリシア、お前の決意が固いことは理解した。しかし……」
その後に続く言葉は、誰もが予想し得なかった静かな拒絶とも取れるものだった。私の瞳に映る王太子の表情は、ただの理性だけではなく、どこか心の奥底で悲哀を隠しているようであった。
大広間の一角では、上流貴族たちの間で、ささやかな噂が流れ始める。「あの令嬢、本当に冷静だわ」「王太子も、少しばかり戸惑っているように見える」など、耳に届く言葉の数々が、私にとっては単なる背景音のようにしか感じられなかった。しかし、その一方で、私自身もまた、これまで感じたことのない孤独と、どこか虚しさを覚えずにはいられなかった。
解消の宣言と同時に、公式な儀式は終了し、各々の役割に応じた動きが始まった。王太子は、無言のままその場を後にし、従来の威厳を保ちながらも、どこか心に重い影を落としているように見えた。私自身は、意外なほどに静かで、しかし確固たる決意のもと、館内を歩みながら新たな自由の感覚に浸っていた。
だが、その自由は、私がかつて夢見た穏やかな日常とは程遠いものだった。解消の一報が広まると、すぐに家臣たちが私の元へと駆け寄り、ささやかながらもお祝いの言葉を掛けてくる。しかし、心の奥底で、私には一抹の不安がくすぶっていた。
「本当にこれで、全てがうまくいくのだろうか……」
と、内心で問いかける私の思考は、すぐに次なる計略の必要性を告げる合図となった。
昼食後、庭園へとと誘われた私は、ひとり静かに石畳を歩いた。広大な庭園は、今やまるで新たな人生の幕開けを象徴するかのような、荘厳でありながらもどこか寂しげな風情を漂わせていた。咲き乱れる薔薇の香り、木々のざわめき、そして風に乗って運ばれる遠い国の音色―すべてが、私に対して「自由」という言葉の本来の意味を問いかけるようであった。
歩みを進めるうち、ふと、庭園の片隅にひっそりと佇む一角に、見慣れぬ姿の男がいることに気づいた。彼は、端正な顔立ちと、どこか厳格さすら漂わせる装いで、私の存在に気付いた様子もなく、ただひたすらに遠くの花々を見つめていた。その眼差しは、冷静でありながらも、何かを決して語ろうとしない秘めた情熱を感じさせ、なぜか私の心に、どこか警戒心と好奇心が同時に芽生えるのを感じた。
その瞬間、私の中に「本当の自由とは何か」という問いがふと浮かんだ。これまでの計画では、婚約破棄によって運命の鎖を断ち切り、孤独な自由を手に入れることが全てであった。しかし、今、目の前に広がる広大な庭園と、あの静かなる佇まいの男の姿が、まるで新たな可能性と未知なる試練を予感させるかのようであった。
――もしかすると、この先、また別の運命が私を待っているのかもしれない。
心の奥で湧き上がる疑念とともに、私はその男に近づくことなく、ただ遠くからその存在を見守るに留めた。自由になったはずの私だが、どこかでその自由が、誰かの計算された策略の一端であったかのような、不思議な予感を捨て去ることはできなかった。庭園を彩る色とりどりの花々の中で、私の心は再び複雑な感情に揺れ動き始める。過去の悲哀、未来への不安、そして新たに芽生えた何か―それは、これまでの冷徹な決意と相反するかのような、微妙な温もりだった。
やがて、宮廷内に流れる時間はゆっくりと進み、公式の儀式が完全に終息した後も、各々が自らの役割を果たす中で、私には一瞬の隙間が生まれた。執事や家臣たちが次々と寄り添い、今後の進路についてささやかな相談を交わす中で、私は一人、静かに書斎へと戻る決意を固めた。書斎の窓から差し込む陽光は、先ほどまでの重苦しい大広間とは打って変わり、どこか優しげな光を放っていた。だが、その光の中にも、私が知り得ぬ新たな運命の影が、ひそかに潜んでいることを、心のどこかで感じずにはいられなかった。
書斎に戻り、改めて今日の出来事を思い返す。王太子との断絶の瞬間、そしてそれを目の当たりにした多くの貴族たちの動揺。それらは、私がかつて夢見た甘美な自由の始まりであるはずだった。にもかかわらず、どこかで、まるで全てが計算されたかのような静けさと、次なる嵐の前触れのような空気が漂っている。紙一枚に記された今後の計略、そして未来へ向けた微かな希望。その一方で、私の胸中には、これまでの決意を覆すかのような、言葉では言い表せぬ不安が確実に芽生えていた。
そのとき、書斎の扉が静かに開く音に、私は顔を上げた。再び、あの不思議な佇まいの男が、影のように現れたのである。彼は、これまでの儀式の混乱とは無縁のように、ただ静かに、しかし確固たる歩みで書斎の前に立っていた。彼の目は、私をじっと見つめると、どこか温かみと冷徹さを併せ持つ微笑を浮かべた。
「エリシア嬢。今日のご決断、痛切に感じました。だが、自由とは、ただ単に縛りから解放されることだけではないと、私は思うのです。」
その一言は、これまでの計画を覆すかのように、私の内面に大きな波紋を広げた。彼の声は柔らかく、しかし確固たる響きを持ち、まるで私の心の奥底を見透かすかのようであった。
その瞬間、私は自らの心が、今までの冷徹な決意だけでは満たされなかったことを悟った。王太子との縁を断ち切った今、やっと自由になったはずだった。しかし、その自由は、孤独と不安、そして新たな可能性の狭間で揺れ動く、複雑な感情の塊であった。男の言葉が、まるで静かなる警鐘のように鳴り響き、私の内面に眠っていた忘れかけた感情を呼び覚ます。
「……あなたは、一体……」
問いかける私の声は、かすかに震えながらも、どこか期待と恐れを同時に含んでいた。
「私は、クラウス・フォン・アイゼンハルト。かねてより、貴女の存在に注目しておりました。今日のご決断は、ただの破局ではなく、新たなる始まりだと確信しております。」
その名を告げるとともに、クラウスの瞳に宿る熱い情熱と、同時に冷静な計算が、私に対して一層の重みを感じさせた。彼の言葉は、これまでの私の世界観を根底から揺さぶるものであり、そして、私が思い描いていた“静かな自由”の幻想を、一瞬にして打ち砕くかのようであった。
クラウスの存在が、私の前に突如として現れた瞬間、これまでのすべての計画が一変する予感がした。王太子との婚約解消は、確かに成功を収めた。しかし、今この時、全く予想していなかった新たな運命の扉が、静かに、しかし確実に開かれようとしていた。
――本当に、自由になったといっていいのだろうか。
私の心は、複雑な感情とともに、次第に新たな選択を迫られるようになっていた。クラウスの微笑み、そしてその言葉の一つ一つが、私のこれまでの理論を超える何かを秘めていることを示唆しているように感じられた。
「どうして……あなたは、私に?」
私の問いかけに、クラウスはただ静かに頷くと、柔らかい声で続けた。
「自由になった貴女には、誰にも決めさせるべきでない未来があります。私が、その未来への鍵を握っていると、長い間信じておりました。」
その言葉を聞いた瞬間、私の内面は、理性と感情との間で激しく揺れ動いた。今までの計画が、いかに緻密であったとしても、全てを覆す新たな出会いの前に、私の心は無防備に晒されるのだと痛感せずにはいられなかった。
自由と呼ばれるその境地は、単なる縛りからの解放ではなく、また違った意味での縛り―誰かに新たな心の扉を開かれること、そしてその先に待つ未知の未来を受け入れる覚悟を必要とするものなのだと、クラウスの言葉はそっと囁くように響いていた。
その日、宮廷を後にする時刻が近づく中で、私の胸中には、これまでに経験したことのないほどの葛藤が渦巻いていた。破滅の回避と自由への執念、そして新たに芽生えた未知の感情――全てが、一つの旋律のように交錯し、私の運命をさらに複雑な方向へと導こうとしていた。
「これが、本当に私の選ぶべき道なのか……?」
その問いは、今後の運命を決定づける大きな岐路であり、決して容易な答えが見出されるものではなかった。
そして、書斎の窓から見下ろす宮廷の庭園は、これまで以上に神秘的な輝きを放っていた。薄曇りの空と、そこから漏れる柔らかな光が、まるで新たな未来の幕開けを告げるかのようでありながらも、どこか哀愁を漂わせていた。私の中で、冷静に構築した計画は、今や一つの岐路に立たされ、全く新しい物語の始まりを予感させるものとなっていた。
――今日の出来事は、決して単なる婚約破棄という一瞬の成功ではなかった。むしろ、私がこれまで閉ざしてきた心の扉を、誰かが静かに叩き始めた瞬間であり、その先に待つ運命の未知なる可能性を、強く予感させるものだった。
クラウス・フォン・アイゼンハルトという男の出現は、私にとって、今まで避け続けた“新たな愛”の兆しであり、同時にこれまでの決意を覆す、避け難い宿命の序章であった。
その夜、宮廷の中庭に散らばる月明かりの下で、私は一人、深い思索に耽った。婚約破棄に成功し、自由を手に入れたはずのはずだった。しかし、心のどこかで、これまでの計画をはるかに超える運命の波が、密かに近づいていると感じずにはいられなかった。
「本当に……自由になれるのだろうか」
自問する私の瞳は、月光に照らされ、未来の不確かさと、そこに潜む新たな情熱の兆しを映し出していた。
そして、夜が深まるにつれて、静かな宮廷の中で流れる時間は、かすかな期待とともに、次なる朝を予告しているかのようであった。
――婚約破棄という一つの選択が、私に何をもたらすのか。その答えは、まだ見ぬ未来の中に、静かに、しかし確実に姿を現すだろう。
宮廷の廊下を歩く私の足取りは、かつての優雅な令嬢とは異なり、明らかに一線を引く冷静なものだった。煌びやかな装飾が施された回廊を進むたびに、周囲の視線が一瞬ざわめくのを感じる。だが、私はその視線すら、計画遂行のための舞台装置と割り切るしかなかった。何故なら、今日この瞬間こそ、私が運命を書き換えるための大切な一歩なのだから。
正面玄関を抜け、広大な大広間へと足を踏み入れると、既に多くの貴族や家臣たちが集い、ささやかながらも今日の儀式に心を躍らせている様子が伺えた。窓から差し込む柔らかな光と、天井から吊るされたシャンデリアの煌めきが、まるで一幅の絵画のように空間を彩っている。だが、私の内心は冷静そのもの。今日の焦点は、いかにして王太子という運命の鎖を断ち切るかということに尽きる。
大広間の中央に設けられた講壇へと向かう途中、そっと耳を澄ますと、遠くから穏やかな音楽が流れてくるのが聞こえた。楽器の調べは、まるでこの一瞬の静寂を祝福するかのようであったが、私の頭の中ではすでに未来への対策が次々と計算されていた。心の奥底に秘めた覚悟――「もう二度と、あの不幸な運命には逆らえない」という思いが、固く胸に根付いているのを実感する。
そして、運命の瞬間が訪れた。大広間の隅に配置された玉座の前、王太子が既に姿を現していた。高貴な佇まいと、誰もが認める優雅な振る舞いに、周囲は自然と彼に敬意を表している。しかし、私の目が捉えたその瞳には、いつしか冷めた光が宿っているように思えた。あの瞳は、かつて私が憧れた“理想の人物”ではなく、破滅への導火線そのものとして、今やただの“危険な存在”に映っていた。
私は一歩一歩、決意の足取りを乱すことなく、玉座へと向かった。家臣たちの視線が一斉に集まる中、私は深呼吸をひとつ。心の中で、何度も計画を再確認する―「王太子に対し、感情を一切交えず、冷静に断ち切るのだ」と。そうして、ゆっくりと、しかし確実に彼の前に立ち、静かな声で口を開いた。
「王太子殿下、本日は……私の意志をお伝えするために参上いたしました。」
その声は、かすかに震えながらも、冷静な響きを保っていた。大広間にいた者たちの視線が、一斉に私に注がれる。王太子は、最初は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに厳粛な面持ちに変わった。
「エリシア・フォン・ローゼンベルク。何故、ここに……」
王太子の声は、冷たく、そして少しの困惑を隠せない響きを帯びていた。だが、私は即座に、今まで練り上げてきた台詞を紡ぎ出す。
「私、エリシアは、今後、王太子殿下との関係を一切断絶させていただきたく存じます。これまでの諸事情、ならびに私自身の未来のため、どうかご理解賜りたく……」
その言葉とともに、私の心はこれまでのすべての重荷から解放されるかのように、一瞬の軽やかさを得た。しかし、その瞬間の静寂は、同時に大広間全体を包み込む重苦しい空気ともなった。
王太子は、しばらく言葉を失ったように私の瞳を見つめ、そして、ゆっくりと口を開いた。
「……お前が……本気でその決意を抱いているのだな」
その一言には、言い知れぬ哀しみと、微かな怒りが混ざっているように感じられた。聴衆の中には、さまざまな表情が交錯し、歓喜と驚愕の声が小さく漏れ始めた。だが、私にとっては、これまでの数々の危機を乗り越えるための必然の儀式に過ぎなかった。
「はい。私は、決して自らの未来を犠牲にすることはできません。これまでの運命に従うだけでなく、あえて新たな道を切り開く覚悟がございます。」
その宣言は、まるで冷徹な剣のように、会場の空気を切り裂いた。王太子の横顔には、一瞬、複雑な表情が浮かんだが、すぐにその顔は堅く引き締まる。
「ならば、これにてお前との婚約は、正式に解消することとしよう。」
王太子の宣言は、形式的でありながらも、その背後に潜む痛みを隠し切れないものであった。
瞬く間に、大広間はざわめきに包まれ、家臣や貴族たちは動揺と困惑を隠せずにいた。だが、私の胸中には、一縷の安堵と、かすかな解放感が広がっていく。
「これで……ようやく、私の未来は自由になるはず。」
心の中でそう呟きながらも、何故かその言葉には、どこか皮肉な響きが混じっているように思えた。
しばらくの沈黙の後、王太子は重々しい表情で続けた。
「エリシア、お前の決意が固いことは理解した。しかし……」
その後に続く言葉は、誰もが予想し得なかった静かな拒絶とも取れるものだった。私の瞳に映る王太子の表情は、ただの理性だけではなく、どこか心の奥底で悲哀を隠しているようであった。
大広間の一角では、上流貴族たちの間で、ささやかな噂が流れ始める。「あの令嬢、本当に冷静だわ」「王太子も、少しばかり戸惑っているように見える」など、耳に届く言葉の数々が、私にとっては単なる背景音のようにしか感じられなかった。しかし、その一方で、私自身もまた、これまで感じたことのない孤独と、どこか虚しさを覚えずにはいられなかった。
解消の宣言と同時に、公式な儀式は終了し、各々の役割に応じた動きが始まった。王太子は、無言のままその場を後にし、従来の威厳を保ちながらも、どこか心に重い影を落としているように見えた。私自身は、意外なほどに静かで、しかし確固たる決意のもと、館内を歩みながら新たな自由の感覚に浸っていた。
だが、その自由は、私がかつて夢見た穏やかな日常とは程遠いものだった。解消の一報が広まると、すぐに家臣たちが私の元へと駆け寄り、ささやかながらもお祝いの言葉を掛けてくる。しかし、心の奥底で、私には一抹の不安がくすぶっていた。
「本当にこれで、全てがうまくいくのだろうか……」
と、内心で問いかける私の思考は、すぐに次なる計略の必要性を告げる合図となった。
昼食後、庭園へとと誘われた私は、ひとり静かに石畳を歩いた。広大な庭園は、今やまるで新たな人生の幕開けを象徴するかのような、荘厳でありながらもどこか寂しげな風情を漂わせていた。咲き乱れる薔薇の香り、木々のざわめき、そして風に乗って運ばれる遠い国の音色―すべてが、私に対して「自由」という言葉の本来の意味を問いかけるようであった。
歩みを進めるうち、ふと、庭園の片隅にひっそりと佇む一角に、見慣れぬ姿の男がいることに気づいた。彼は、端正な顔立ちと、どこか厳格さすら漂わせる装いで、私の存在に気付いた様子もなく、ただひたすらに遠くの花々を見つめていた。その眼差しは、冷静でありながらも、何かを決して語ろうとしない秘めた情熱を感じさせ、なぜか私の心に、どこか警戒心と好奇心が同時に芽生えるのを感じた。
その瞬間、私の中に「本当の自由とは何か」という問いがふと浮かんだ。これまでの計画では、婚約破棄によって運命の鎖を断ち切り、孤独な自由を手に入れることが全てであった。しかし、今、目の前に広がる広大な庭園と、あの静かなる佇まいの男の姿が、まるで新たな可能性と未知なる試練を予感させるかのようであった。
――もしかすると、この先、また別の運命が私を待っているのかもしれない。
心の奥で湧き上がる疑念とともに、私はその男に近づくことなく、ただ遠くからその存在を見守るに留めた。自由になったはずの私だが、どこかでその自由が、誰かの計算された策略の一端であったかのような、不思議な予感を捨て去ることはできなかった。庭園を彩る色とりどりの花々の中で、私の心は再び複雑な感情に揺れ動き始める。過去の悲哀、未来への不安、そして新たに芽生えた何か―それは、これまでの冷徹な決意と相反するかのような、微妙な温もりだった。
やがて、宮廷内に流れる時間はゆっくりと進み、公式の儀式が完全に終息した後も、各々が自らの役割を果たす中で、私には一瞬の隙間が生まれた。執事や家臣たちが次々と寄り添い、今後の進路についてささやかな相談を交わす中で、私は一人、静かに書斎へと戻る決意を固めた。書斎の窓から差し込む陽光は、先ほどまでの重苦しい大広間とは打って変わり、どこか優しげな光を放っていた。だが、その光の中にも、私が知り得ぬ新たな運命の影が、ひそかに潜んでいることを、心のどこかで感じずにはいられなかった。
書斎に戻り、改めて今日の出来事を思い返す。王太子との断絶の瞬間、そしてそれを目の当たりにした多くの貴族たちの動揺。それらは、私がかつて夢見た甘美な自由の始まりであるはずだった。にもかかわらず、どこかで、まるで全てが計算されたかのような静けさと、次なる嵐の前触れのような空気が漂っている。紙一枚に記された今後の計略、そして未来へ向けた微かな希望。その一方で、私の胸中には、これまでの決意を覆すかのような、言葉では言い表せぬ不安が確実に芽生えていた。
そのとき、書斎の扉が静かに開く音に、私は顔を上げた。再び、あの不思議な佇まいの男が、影のように現れたのである。彼は、これまでの儀式の混乱とは無縁のように、ただ静かに、しかし確固たる歩みで書斎の前に立っていた。彼の目は、私をじっと見つめると、どこか温かみと冷徹さを併せ持つ微笑を浮かべた。
「エリシア嬢。今日のご決断、痛切に感じました。だが、自由とは、ただ単に縛りから解放されることだけではないと、私は思うのです。」
その一言は、これまでの計画を覆すかのように、私の内面に大きな波紋を広げた。彼の声は柔らかく、しかし確固たる響きを持ち、まるで私の心の奥底を見透かすかのようであった。
その瞬間、私は自らの心が、今までの冷徹な決意だけでは満たされなかったことを悟った。王太子との縁を断ち切った今、やっと自由になったはずだった。しかし、その自由は、孤独と不安、そして新たな可能性の狭間で揺れ動く、複雑な感情の塊であった。男の言葉が、まるで静かなる警鐘のように鳴り響き、私の内面に眠っていた忘れかけた感情を呼び覚ます。
「……あなたは、一体……」
問いかける私の声は、かすかに震えながらも、どこか期待と恐れを同時に含んでいた。
「私は、クラウス・フォン・アイゼンハルト。かねてより、貴女の存在に注目しておりました。今日のご決断は、ただの破局ではなく、新たなる始まりだと確信しております。」
その名を告げるとともに、クラウスの瞳に宿る熱い情熱と、同時に冷静な計算が、私に対して一層の重みを感じさせた。彼の言葉は、これまでの私の世界観を根底から揺さぶるものであり、そして、私が思い描いていた“静かな自由”の幻想を、一瞬にして打ち砕くかのようであった。
クラウスの存在が、私の前に突如として現れた瞬間、これまでのすべての計画が一変する予感がした。王太子との婚約解消は、確かに成功を収めた。しかし、今この時、全く予想していなかった新たな運命の扉が、静かに、しかし確実に開かれようとしていた。
――本当に、自由になったといっていいのだろうか。
私の心は、複雑な感情とともに、次第に新たな選択を迫られるようになっていた。クラウスの微笑み、そしてその言葉の一つ一つが、私のこれまでの理論を超える何かを秘めていることを示唆しているように感じられた。
「どうして……あなたは、私に?」
私の問いかけに、クラウスはただ静かに頷くと、柔らかい声で続けた。
「自由になった貴女には、誰にも決めさせるべきでない未来があります。私が、その未来への鍵を握っていると、長い間信じておりました。」
その言葉を聞いた瞬間、私の内面は、理性と感情との間で激しく揺れ動いた。今までの計画が、いかに緻密であったとしても、全てを覆す新たな出会いの前に、私の心は無防備に晒されるのだと痛感せずにはいられなかった。
自由と呼ばれるその境地は、単なる縛りからの解放ではなく、また違った意味での縛り―誰かに新たな心の扉を開かれること、そしてその先に待つ未知の未来を受け入れる覚悟を必要とするものなのだと、クラウスの言葉はそっと囁くように響いていた。
その日、宮廷を後にする時刻が近づく中で、私の胸中には、これまでに経験したことのないほどの葛藤が渦巻いていた。破滅の回避と自由への執念、そして新たに芽生えた未知の感情――全てが、一つの旋律のように交錯し、私の運命をさらに複雑な方向へと導こうとしていた。
「これが、本当に私の選ぶべき道なのか……?」
その問いは、今後の運命を決定づける大きな岐路であり、決して容易な答えが見出されるものではなかった。
そして、書斎の窓から見下ろす宮廷の庭園は、これまで以上に神秘的な輝きを放っていた。薄曇りの空と、そこから漏れる柔らかな光が、まるで新たな未来の幕開けを告げるかのようでありながらも、どこか哀愁を漂わせていた。私の中で、冷静に構築した計画は、今や一つの岐路に立たされ、全く新しい物語の始まりを予感させるものとなっていた。
――今日の出来事は、決して単なる婚約破棄という一瞬の成功ではなかった。むしろ、私がこれまで閉ざしてきた心の扉を、誰かが静かに叩き始めた瞬間であり、その先に待つ運命の未知なる可能性を、強く予感させるものだった。
クラウス・フォン・アイゼンハルトという男の出現は、私にとって、今まで避け続けた“新たな愛”の兆しであり、同時にこれまでの決意を覆す、避け難い宿命の序章であった。
その夜、宮廷の中庭に散らばる月明かりの下で、私は一人、深い思索に耽った。婚約破棄に成功し、自由を手に入れたはずのはずだった。しかし、心のどこかで、これまでの計画をはるかに超える運命の波が、密かに近づいていると感じずにはいられなかった。
「本当に……自由になれるのだろうか」
自問する私の瞳は、月光に照らされ、未来の不確かさと、そこに潜む新たな情熱の兆しを映し出していた。
そして、夜が深まるにつれて、静かな宮廷の中で流れる時間は、かすかな期待とともに、次なる朝を予告しているかのようであった。
――婚約破棄という一つの選択が、私に何をもたらすのか。その答えは、まだ見ぬ未来の中に、静かに、しかし確実に姿を現すだろう。
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