【完結】婚約破棄されたので隠居しようとしたら、冷徹宰相の寵愛から逃げられません

22時完結

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宰相閣下の甘い策略

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    エレノアがヴィンセントと過ごすようになってから、すでに数週間が経っていた。

最初は「逃げる」ことばかり考えていたが、最近は彼の領地のことを知り、領民たちと触れ合ううちに、自然とここでの暮らしに馴染んでいた。

そして何より――ヴィンセントの態度が以前とは少しずつ変わってきていることに気づいていた。

強引で冷酷な彼が、ふとした瞬間に見せる優しさや、心の奥に隠された孤独。
それを知るたびに、エレノアの心は揺れ動いていた。

(……こんなの、慣れたら危険よね)

逃げるつもりだったのに、いつの間にか彼のそばにいることが当たり前になっている――。
そんな自分が怖かった。


ある日の午後、エレノアは書庫で領地に関する記録を読んでいた。
領地の経済や作物の収穫量、村の発展状況――これまで興味のなかったことが、今では自然と気になるようになっていた。

「熱心に読んでいるな」

低く落ち着いた声が響き、振り向くとヴィンセントが立っていた。

「……少し気になっただけよ」

「そうか。ならば、これも読んでみるといい」

彼はエレノアの前に分厚い本を置いた。それはこの領地の歴史をまとめたものだった。

「これは?」

「俺の家――つまり、この領地を治める宰相家の歴史だ」

エレノアは少し戸惑いながらも、その本を手に取った。

「……どうして、私にこれを?」

「お前に知っておいてほしいからだ」

「……?」

ヴィンセントは微かに口元を綻ばせると、彼特有の冷静な口調で言った。

「そろそろ、正式に俺の妻として迎える準備をしようと思ってな」

「……は?」

エレノアは本を落としそうになった。

「ちょ、ちょっと待って、どういうこと?」

「どういうことも何も、そのままだ。お前を正式に俺の妻とする。それだけの話だ」

さらりと言ってのけるヴィンセントに、エレノアは頭を抱えたくなった。

「ちょっと! 私、まだ結婚するなんて言ってないわよ!」

「だからこそ準備をするのだろう?」

「そういう問題じゃ――!」

「エレノア」

ヴィンセントはエレノアの手を取った。

「俺は、もうお前を逃がすつもりはない」

真剣な瞳が、まっすぐにエレノアを見つめていた。


「そもそも私は、自由になりたかったのよ!」

エレノアは精一杯の抵抗を試みた。

「王太子との婚約が破棄された時、私はようやく静かな生活を手に入れられると思ったの! なのに、なぜあなたは――」

「それは簡単なことだ」

ヴィンセントはエレノアの手を強く握った。

「お前が欲しいからだ」

その言葉に、エレノアの心臓が跳ね上がる。

「……っ」

「俺はずっと待っていた。お前が王太子の婚約者である間、手を出せなかった。だが、今は違う。もう、誰にも邪魔はさせない」

「でも……」

「それに、お前もそろそろ気づいているだろう?」

「……何を?」

「俺のそばにいることが、そこまで嫌ではないということに」

「っ!」

ズバリと言い当てられ、エレノアは言葉を失った。

確かに、最初はただ逃げることだけを考えていた。
けれど、最近は彼の言葉や仕草にドキドキすることが増えていたのも事実だった。

(そんなの、認めたくない……!)

「……私は、まだ認めてないわよ」

エレノアはぷいっと顔を背けた。

すると、ヴィンセントは小さく笑い、エレノアの頬にそっと手を添えた。

「いいさ。ゆっくりで構わない」

「……え?」

「お前が自分の気持ちに気づくまで、いくらでも時間をかけよう」

「……っ」

「ただし――」

ヴィンセントはエレノアの耳元に囁くように言った。

「その間も、俺はお前を甘やかし続けるからな」

「な……!」

耳元で囁かれた低い声に、エレノアの体がびくっと震える。

「お前が俺を意識するように、じっくり時間をかけて……俺に夢中にさせてやるよ」

「~~っ!」

エレノアは思わず顔を赤くし、ヴィンセントの胸を軽く押した。

「……もう! ずるいわ!」

「ふっ、そう思うなら、早く俺のものになることを決めるんだな」

ヴィンセントの口元には、珍しく楽しげな笑みが浮かんでいた。

エレノアはムッとしながらも、彼の手の温もりを意識してしまう自分に気づき――ますます混乱するのだった。
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