1 / 15
追放されるはずだった私
しおりを挟む追放への序章
「エリナ様、本日もお美しいですわ。」
微笑みながら私に話しかける令嬢たちの言葉は、虚ろに響いた。彼女たちの視線には、尊敬でも親愛でもない、どこか冷たい打算が混じっている。私はそれを感じながらも、顔には出さず微笑み返す。
――リオネル殿下の婚約者という立場がなければ、彼女たちは私にこうして声をかけることもなかっただろう。
「ごきげんよう、皆様。」
完璧な礼儀作法で応じる私に、彼女たちは一瞬言葉を詰まらせた。けれど、すぐに取り繕うように、楽しげに笑い出す。
「エリナ様、本日の舞踏会ではどなたと踊られるのかしら?」
「きっと殿下がお迎えにいらっしゃるのでしょうね。羨ましいわ。」
私に向けられる言葉は、決して心からの祝福ではない。むしろ、羨望と嫉妬、そして侮蔑が込められていた。
――私は王太子妃にふさわしくない。そう思っているのだろう。
「まだわかりませんわ。殿下もお忙しい身ですから。」
柔らかな声で応じながらも、胸の奥に重たいものが沈んでいく。
リオネル殿下――私の婚約者であり、この国の次期王太子は、私に対してほとんど興味を示さない。それどころか、時折冷たい目を向けてくる。まるで私がそこに存在しないかのような扱いに、何度心を傷つけられたかわからない。
「エリナ様、また噂が広がっていますわね。」
背後で控えていた侍女のミーナが、気遣わしげに囁いた。その声に私は反射的に眉をひそめる。
「どんな噂かしら?」
「……エリナ様が他の令嬢を妬んで、意地悪をした、と。」
その言葉を聞いた瞬間、心の奥が冷たく凍りついた。
――まただ。
最近になって、私の周囲では根も葉もない噂が次々と流れ始めていた。それはどれも私を悪役に仕立て上げるものばかりだった。
「ミーナ、誰がそのようなことを?」
低い声で問うと、ミーナは困惑した表情で首を振った。
「誰が広めているのかまではわかりません。ただ、殿下がその噂を信じていらっしゃる、という話も…」
心臓が跳ね上がるのを感じた。
「――リオネル殿下が?」
「申し訳ありません、エリナ様。ただ、皆様がそう噂しているのです。」
私は口元を押さえた。
冷酷と評される殿下が私の婚約者であるという立場が、どれほどの負担となっていたか。それでも私は、次期王妃としての責務を果たすために努力してきた。それなのに、彼がその噂を信じているというのなら――。
貴族たちの視線
その日の舞踏会は、一層厳しいものであった。
私が会場に足を踏み入れると、視線が一斉に私に向けられる。そのほとんどが好奇の目と軽蔑の色を含んでいた。
「見て、エリナ様よ。」
「あの方、本当に悪い噂が絶えないわね。」
囁き声が耳に届くたびに、胸が締め付けられるような痛みを覚える。けれど、私は顔には出さず、背筋を伸ばして歩き続けた。
――私は悪役令嬢なんかじゃない。
心の中で何度もそう繰り返す。しかし、周囲の視線は私の言葉を否定するかのように冷たかった。
そのとき、会場の空気が一変した。
入口に立つ黄金の髪と鋭い青い瞳――リオネル殿下が現れたのだ。
彼の存在感は圧倒的で、誰もがその場で足を止め、道を開ける。私は息を飲み、その視線が私に向けられるのを感じた。
「エリナ・ルフェール。」
鋭い声が私の名を呼ぶ。
「――はっ!」
反射的に礼を取る私に、彼は冷たく言い放った。
「お前の行いについて、話を聞いた。」
その言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。私の背中を冷たい汗が伝った。
裁きの日
舞踏会から数日後、私は王宮に呼び出された。
「エリナ・ルフェール、ここに名誉を持って裁かれるべき罪人として立つ。」
高らかに告げられる声が、広間に響き渡る。
私は立ち尽くし、冷たい床の感触を足元に感じた。
「待ってください! 私は無実です!」
声を振り絞って叫ぶ私に、リオネル殿下は冷ややかな視線を向けるだけだった。
「証拠があるのか?」
「それは…」
周囲の視線が私に突き刺さる中、私の声は小さく消えていった。
「証拠がない以上、お前の罪は動かない。エリナ・ルフェール、お前を追放する。」
その宣告は、私の全てを奪い去るものであった。
追放のはずが
追放の日、私は王宮を後にするはずだった。
けれど、その道中で現れたのは――リオネル殿下だった。
「――お前の罪は消えない。」
冷たい声が私の耳元に響く。
「だが、その罪を償う場所を用意してやる。」
そう告げる彼の瞳は、どこかいつもとは違う光を宿していた。
彼の手が私を引き寄せた瞬間、私の心に芽生えたのは、恐怖か、それとも――。
24
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる
杓子ねこ
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢ヴェスカは、王太子との婚約を回避し、学園でもおとなしくすごすつもりだった。
なのに聖女セノリィの入学とともに口からは罵倒の言葉しか出なくなり、周囲からは冷たい目で見られる――ただ一人を除いては。
なぜか婚約者に収まっている侯爵令息ロアン。
彼だけはヴェスカの言動にひるまない。むしろ溺愛してくる。本当になんで?
「ヴェスカ嬢、君は美しいな」
「ロアン様はお可哀想に。今さら気づくなんて、目がお悪いのね」
「そうかもしれない、本当の君はもっと輝いているのかも」
これは侯爵令息が一途に悪役令嬢を思い、ついでにざまあするお話。
悪役令嬢が意外と無自覚にシナリオ改変を起こしまくっていた話でもある。
※小説家になろうで先行掲載中
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる