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囚われの城
しおりを挟む冷たい石の床の感触が、紗耶の意識を現実へと引き戻した。
かすかに残る麻酔のような違和感が、彼女の身体を重くする。ゆっくりと瞳を開くと、見慣れぬ天井が視界に広がった。
「……ここは……」
彼女が横たわっているのは、古びた石造りの牢の中だった。小さな窓には鉄格子がはめられ、外から差し込む薄明かりが壁に影を落としている。
そして――
「目が覚めたか。」
静かな低い声が響く。
紗耶は、はっとして身体を起こした。
そこには、エドモンド公爵がいた。
「エドモンド……!」
彼は壁にもたれかかるように座っていた。手首には頑丈な鎖が巻かれ、身動きが制限されている。それでも彼の表情は変わらず、鋭い視線で牢の外を見据えていた。
「あなたも……囚われて……?」
紗耶が震える声で問うと、エドモンドは静かに頷いた。
「どうやら、私はお前と一緒に捕らえられたようだな。」
「そんな……どうして……?」
「お前を守ろうとした。それだけだ。」
その言葉が、紗耶の胸を締めつけた。
エドモンドがここにいるのは、彼女のためだった。
もし、彼が彼女を見捨てていたら、逃げられたかもしれない。それなのに――
「……ごめんなさい……」
無意識にそう呟いていた。
エドモンドは、わずかに目を細めた。
「謝る必要はない。」
「でも……あなたまで……」
「私の意思で動いたことだ。」
彼は淡々とした口調で言い切る。
それが、かえって紗耶の心を揺さぶった。
彼は決して後悔していない。それどころか、自分がここにいることを当然のように受け入れている。
「……あなたって、本当に……」
「本当に?」
「……わからない人。」
紗耶は小さく呟いた。
エドモンドは、何かを言おうとしたが、次の瞬間――
「目覚めたようだな。」
牢の外から、男の声がした。
二人は、一斉にそちらを見やる。
そこに立っていたのは、背の高い男だった。
年の頃は四十を過ぎたあたりか。鋭い眼光を持ち、貴族らしき服装に身を包んでいる。その表情には、冷酷さと計算高い狡猾さが滲んでいた。
「お前が……?」
エドモンドが低く問う。
男は、ゆっくりと足を進めた。
「初めましてだな、公爵閣下。そして、お久しぶりだ、お嬢様。」
紗耶の心臓が跳ね上がる。
「……あなたは……」
男は、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「私はクラウス・グランヴィル。この城の主だ。」
その名を聞いた瞬間、紗耶の血の気が引いた。
「グランヴィル……まさか……!」
エドモンドが目を細める。
グランヴィル家――それは、かつて王国の影で暗躍し、数々の裏取引を行ってきた貴族の一派だった。だが、数年前に失脚し、表舞台から姿を消していたはずだった。
「お前が、なぜここにいる。」
「ふむ、説明が必要か?」
クラウスは、楽しそうに肩をすくめた。
「簡単な話だ。私は、王国から“消えた”ことになっている。だが、本当に消えたと思うか?」
エドモンドは無言で彼を睨みつける。
「私は、表向きの地位を失った。だが、だからこそ動きやすくなったのさ。裏の世界では、まだまだ私の力は健在だ。」
紗耶は震えながら、彼を見つめた。
「では……なぜ、私を?」
クラウスの笑みが深まる。
「それは、お前が“特別”だからだよ。」
「特別……?」
「お前の血筋には、ある秘密がある。」
「血筋……?」
紗耶は困惑した。
自分の家系は、ただの貴族の家柄だ。特別なものなど何もないはず。
「何を……言っているの?」
クラウスは、牢の鉄格子に手をかけた。
「お前の母親のことを知っているか?」
「母……?」
紗耶の母は、彼女が幼い頃に亡くなった。
だが――
「お前の母は、ただの貴族の娘ではなかった。」
「え……?」
「彼女は、“王家の血”を引いていたのさ。」
紗耶の全身が凍りつく。
「王家の……?」
「そうだ。お前の母の家系は、正統な王位継承権を持っていた。そして、その血を受け継いでいるのが――お前だ。」
「そんな……!」
紗耶は頭が混乱した。
自分が、王家の血を?
「お前の父親は、それを隠し続けていた。」
「どうして……?」
「簡単なことだ。お前の存在が、政争を生むからだ。」
クラウスは薄く笑う。
「もし、お前の出自が公になれば、どうなると思う?」
「それは……」
紗耶は言葉を失う。
王家の血を引く者がいると知れれば、権力を狙う者たちが動き出す。王位を巡る争いが再燃するかもしれない。
「つまり、お前は“鍵”なのさ。」
クラウスはゆっくりと言った。
「お前の存在を利用すれば、私たちは再び王国の中枢に戻れる。そして、お前が邪魔になれば――消すだけだ。」
ぞっとするような冷たい声。
紗耶の身体が震える。
「お前は選べる。私に従えば、お前を“王家の正統な血族”として祭り上げてやる。だが、拒めば――」
彼の目が細められた。
「この世から消えてもらう。」
牢の中の空気が張り詰める。
エドモンドは、静かに口を開いた。
「お前の好きにはさせん。」
クラウスは、興味深そうにエドモンドを見た。
「ほう、公爵閣下は、この娘に肩入れするつもりか?」
「私は、こいつを利用する貴様を許さない。」
「なら、どうする?」
クラウスの笑みが、冷たく深まる。
「お前に、選択肢はあるのか?」
牢の扉が重く閉じられる音が響いた。
紗耶の運命は、大きく動こうとしていた。
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